第86話 三学期が始まる
私、九条静香。もうすぐ大学入学共通テストだ。このテストで結果を残さないと帝都大への入学は出来ない。
麗人の事は気になるけど、流石に今はこちらが優先だ。彼は今年の四月には三年生になる。先ずは私が帝都大理学部に合格した後、彼にまた近付けばいい。
園芸部には妹の美奈を入れてあるから、望月美紀の動きは分かる。しかし、学年が一年違うとこんなに距離が離れるものなのか。早く大学に入学して手を打たないと。
私、八頭音江。もうすぐ大学入学共通テストだ。これは手を抜けない。ここで高得点を取っておけば、個別試験も楽になる。
でも、早乙女麗人との距離は離れるばかりだ。彼が主役を務める映画が上映された。見たくて堪らないけど、今の状況は勉強を一日もおろそかに出来ない。
悔しいけど、彼へのアプローチは大学入学後だ。彼も今年は三年、受験生になる。何とかきっかけを掴むことが出来るかも知れない。
ふふっ、麗人お兄様の主演映画『美しき殺し屋』が上映された。私は出演者として当然チケットは手に入る。
当日は、変装してボディガードと一緒に車で映画館に行った。勿論VIP席。流石に普通の席には座れない。
撮影している時に見せた麗人お兄様の美しさもこうしてスクリーンで思い切り大きくアップされて見ると堪らない。
彼の優しい顔を少しだけキリッと強調する様なお化粧をしているけど、それが彼の綺麗さを際立たせている。
彼の腕に抱かれて見たい。演技では無く本当の姿で。なんでこんなに胸が苦しいんだろう。
スナイパーとしてターゲットを打ち抜いた時に見せる一瞬の寂しそうな目。これは脚本家から指示された表情ではない。彼が持つ役者としての本能だ。
あの人は、まだそれに気付いていないけど、高校二年生の男の子が簡単に出来る役ではない。
持って生まれた役者としての血、霧島花蓮が生んだ子として持っているものだ。誰にも渡したくない。絶対に渡したくない。あの二人、東郷秀子、と早乙女美麗は要注意人物だ。
「お嬢様、もう帰りますよ」
上映が終わり館内に明りが付いた後も感傷に浸ってしまったようだ。帰りの車の中で
「お嬢様、早乙女麗人そんなに気になりますか?」
「ふふっ、そうね」
芦屋真名は自分が日本でも売れっ子の女優だという事を分かった上で、早乙女麗人と同じ学校に転校した。
元の京王高校なら、周りから騒がれる事も無く学校生活を送れただろうに。そんなに好きなのか、この男?が。
しかし、この方は、いずれ一族の長となる身分のお方。その相手が早乙女麗人となると、お父様、いや一族の人達はどう思うんだろう。
私の様な一介のボディガードには分からない。だがこの方にもしもの事が絶対に起きない様にするのが私の仕事。どんな人間からもこの方を守るのが私の役目だ。
三日から全然外に出ていない。一日位、いや半日でいいから出たいのだが。俺は、仕方なく三学期に勉強する教科書の予習をしていた。
美麗は優美ちゃんが遊びに来ているから適当に時間を潰せるようだ。
お父さんとお母さんは、薄井さんが運転する車でVIP席が有るという映画館に行っている。
仕方ないというか、こんな事、いずれは皆忘れる。そうしたらまた自由に外で好きな事が出来るはずだ。
健吾や雫と会えればな。あっ、その手が有った。何で早く気が付かなかったんだ。
しかし、連絡は取ってみたものの、二人共、休みが後数日で終わるという事で忙しい様だ。まさか今宿題やっていないよね。
そしてやっと三学期の始業式の日になった。本当は健吾や雫と一緒に登校したいのだけど、俺と一緒に歩いたら彼らに迷惑が掛かる。仕方ないけど車で登校だ。今日からは美麗も一緒だ。
さっき、紅さんが家の前に着いたと連絡が有った。お父さんは既に仕事に出かけている。
「美麗、行くぞ」
「うん。お母さん行って来るね」
「二人とも行ってらっしゃい」
「「行って来まーす」」
学校の校門に近付くと…やっぱり。なんか凄い人の数だ。一体何人いるんだ。
俺を守る会の人達と警備会社の人が、他校の生徒と一般の人が校内に入らない様にしている。いつまでこんな事しているんだろう。
俺と美麗が車から降りると
―きゃーっ、早乙女麗人よ。
―妹さんもいる。
―もっと近くに。
―写真は、撮るだけなら良いのよね。
「皆さん、これ以上近付かないで下さい」
車から降りた俺達を直ぐに警備会社の人が取り囲んだ。守る会の人達は俺達が校舎に行く道を確保してくれている。
「早乙女様、早く校舎に」
―ちょっともっと近くに行かせてよ。
「駄目です」
「行くぞ、美麗」
「うん」
昇降口で美麗と別れて自分の下駄箱に行くと…。もう閉まってなくてカードが溢れ出ていた。
「麗人、着いたか。凄いな。みんなファンレターじゃないか」
「健吾、雫。悪い、一緒に拾ってくれ」
「勿論だ」
持って来たビニール袋にカード多分ファンレターとか言う奴だろうを全部入れ終わると俺はローファーを上履きに履き替えた。ローファー、放課後まで有るか心配だ。
教室に三人で入ると、何故か俺の方を皆ジッと見ている。静かでかえって怖い。
「早乙女君、おはよ」
一番先に声を掛けたのは望月さんだ。
「望月さん、おはよ。なあ、どうしたんだ。この雰囲気?」
「あのね。学校が始まる前にクラスのグルチャで早乙女君にはむやみに近づかない、声を掛けないという約束が交わされたの」
「えっ、挨拶位良いのに」
―聞いたか。
―ああ、聞いた。
―ねえ聞いた。
―うん、聞いた。
「「「「「「早乙女君、おはようございまーす」」」」」」
「「「「「早乙女、おはよう」」」」」
「うおっ」
凄い声でみんなが挨拶してくれた。
「みんな、おはよう。今年も宜しくな」
「「「「「「やったぁ、早乙女君が挨拶してくれた」」」」」」
「「「「「聞いたか。早乙女が俺達に挨拶してくれたぞ」」」」」
やっと誠也、川上、相模、それに田畑さんが近付いて来た。
「麗人、見たぞ。凄いな。尊敬するよ」
「止めてくれ、言われた事をやっただけだ」
「そんな事ない。早乙女君の持って生まれた資質よ」
―そうよ、そうよ。
「とにかく、あの映画を見てから急に麗人が遠くの人になってしまった感じがしてな。ちょっと声を掛けずらくなったんだ」
「誠也らしくない。俺は皆と同じこのクラスの生徒だ。これからも宜しくな」
「ああ、こちらこそだ」
なんか、女子が胸の前に手を当てて、目頭を熱くしている。
俺は珍しく右手を差し出した。誠也は一瞬躊躇したが、彼も右手を差し出してお互いに握手をした。
―きゃーっ、田所君だけ。
―今よ、田所君の右手は早乙女君の右手。
―行くわよ。
「うわーっ。ちょ、ちょっと待ってく…」
誠也の右手が女子達に触りまくられている。ごめん誠也。
やがて予定が鳴り担任の桜庭先生が入って来た。今日も白いスーツでパッツンパッツンだ。
「皆さん、体育館で始業式が行います。廊下に出て下さい」
俺の周りは、誠也、川上、相模、健吾、雫で囲まれている。他のクラスの子の抜け駆けで騒ぎにならない様にする為だ。皆ありがとう。
でも、俺達2Aが体育館の中に入って行くと
―おーっ、レイだ。美しき殺し屋だ。
―きゃーっ、早乙女様だ。
―本物よー。
―う、美しすぎる。
―だ、駄目ー。
―行って抱き着きてぇ。
―駄目だ特別校則を忘れたか。
―そんなものどうでもいい。停学になっても一度でいい。早乙女を…。
―おい、こいつを押さえろ。
―あ、ああ。
―い、行かせろう。
なんか、凄い騒ぎになっている。生徒指導の先生が舞台に上がって、
「みんな、静かにしなさい」
鎮まらない。
「静かにしてくれ」
鎮まらない。
「静かにしろう。停学にするぞー!」
鎮まった。
やっと鎮まって舞台の教壇に校長が上がって来た。
「コホン、えーっ、えっ?」
皆どっち見ているんだ?私の方を見ていない。
「生徒の皆さん、前を向くように」
変わらない。
「生徒のみなさーん。こっち向いて」
変わらない。
「こっち向け、この野郎ー。コホン、いや失言。皆さん、こちらを向きましょう」
変わらない。
「教頭、何とかしなさい。きょ、教頭?
教頭よ、お前もか?!」
それから全クラスの担任の先生が持ちクラスの前に行って、
「「「「「全員、前を向く様に」」」」」
やっと、校長先生のお話が始まったが、校長先生井が何故かもう疲れている。どうしたんだろう。
始業式も無事?に終わり教室に戻った。少しして桜庭先生が入って来た。
「皆さん、三学期が始まりました。今年は受験生になります。学業に専念して志望大学を目指しましょう。ではこれから連絡事項を言います」
桜庭先生の話も終り、今日は下校になった。昇降口に行くと何故か俺のファンクラブの人が俺の下駄箱の前になっている。
「皆さんどうしたんですか?」
「あっ、早乙女様の履物を盗もうとする輩が現れるかも知れないので、見張っていました」
「ありがとう、でもそこまでしなくても大丈夫ですよ」
「いえ、それは駄目で。上履きは持って帰る様にお願いします」
「そ、それも?!」
「はい、早乙女様の履物はモリカリで出品すれば百万の値がつきます」
「はい、だからお持ち帰りください」
「麗人お兄様、当然です。私は教室にも何も残していません。お兄様もそうした方が良いと思います」
「芦屋さん、本当ですか」
「ええ、本当です。前の学校でもそれが起きて問題になりました」
本当かよ。しかし、明日からもこれ続くのかな?
―――――
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