第107話 あの二人にはバレない事もあるけど予定外の事もある


 八月に入り、塾では普通に行っている前期夏期講習を俺、健吾、雫の為にやって貰った。場所はあの個室。


 これは、幸い?にも文子さんにはばれなかった。芦屋さんも仕事が入っているのか気付かれていない。


 前期夏期講習は俺も変装しないで紅さんの運転する車で入口まで行って降りるのだけど逆手に取った芸能界入りが有効だったのが、CMが功を奏しているのか、入口を入ってもキャアキャア騒がれる事は無くなった。でも、注目は思い切り浴びている。


 講師は例によって、国語と英語は秀子さんだ。彼女もあの二人が居ない事がいいのか講義中凄くご機嫌がいい。


 道場にも行けている。俺のお陰?かどうか知らないが、道場への入門依頼は、来年四月まで一杯だそうで、それ以降は欠員補充程度しか出来ないそうだ。


 師範がとても喜んでいてくれて

「麗人のお陰だ。師範代にも手当を多めに出せている」


 山下先輩が嬉しそうに

「麗人、今度焼肉でも一緒に行くか。全部上で行けるぞ」


 と言っていた。そう言えば、山下先輩、本業は持っているけどここの師範代もアルバイト的にやっているんだった。

 流石に外で焼き肉は行けないので気持ちだけ貰いますと言っておいた。


 秀子さんは、最近組手でやたら俺を指名して来る。本当は山下先輩達とやりたのだけど、彼女の言う事は何故か師範も笑って聞いている。狡い!


 一週間の前期夏季集中講習も終わり、明日から一週間はドラマ撮影といっても一時間ドラマの十五分位だからたいしたことないと思っている。


 そしてそれが終わったら後期夏季集中講習迄一週間空いている。そこを狙って健吾と雫と一緒に海水浴に行く事にしている。家族以外にはまだ誰もバレてはいない。


 そんな久々の気分のいい予定があると思いながら、紅さんの車でスタジオに行った。スタッフの紹介や読み合わせの為だ。まあ、一週間だけだしと思っていたのだが、


「麗人、久しぶり。会いたかったわ」


 全くの、本当に全くの予定外。彼女がこのドラマに出演するとは思ってもみなかった。


「九条先輩、久しぶりです」

「このドラマの脚本書いたの私のお母さんの知り合いなの。それでね。端役の端役なんだけど、出演させて貰う事が出来たんだ。見たわよCM。やっぱり麗人は女性役が似合うわ」

 俺は男です。


「静香ちゃん、早乙女さんと知り合いなの?」

「はい、高校時代は、同じ園芸部に所属していました」

「そうか、それなら息合せるのも簡単だな。良かったよ。相手が早乙女さんだと委縮するからね」

「ふふっ、大丈夫です」


 どうも先輩が話をしている人が脚本家らしい。


今日は、スタッフの顔合わせとドラマのストーリーの確認だ。それと俺の場面を優先して撮って貰うという事で、そこの場面の確認も一緒にしている。


 あっという間に午後八時になり、明日に持ち越された。帰りの車の中で

「紅さん、九条先輩が俺と同じ場面に出演する事知ってました?」

「知らなかった。今日が顔合わせだもの。有名な俳優が出るのは知っていたけど、あんなちょっと出の子まで把握はしてなかったわ。

 私も台本見たけどエクストラレベルの出演なんだもの」

「そうですか」

「なにか不味い事でもあるの。だったら、今度からあの子が出ないドラマとかにするけど」

「聞く限りにおいては、脚本家と知り合いだったみたいだし、今回だけかと思っているんですけど」


 その次の日も俺の出る場面の普段着での練習や声合わせをした。ロケも少しあるという事だけど、早朝を狙って撮るようだ。

 でも見た目は真昼間の様に大勢のエクストラが出ている。


 テレビでも見る有名な女優さんが、俺の相手をしてくれるのだけど

「早乙女君って、本当に綺麗ね。体もしっかりしているし、どうかな今度」

「俺は受験生なのでそんな時間有りません」

「あら、じゃあ大学に入ったら良いの?」

「そ、それは」


「そういう話をされては困ります、長沢正美さん。麗人君はまだ十八です」

 その人は紅さんを見ると


「そうね、じゃあ二十歳になったらね。レ・イ・ト」

 俺やっぱりこの業界止めようかな?


かと思えば

「君が早乙女君か、映画見たぞ美しき殺し屋。素晴らしかったな。どうだ、今度俺が主演している刑事ものがあるんだ。出てくれないか?」

「いや、俺に言われても」


「駄目ですよ、渡辺崑さん。麗人君のマネージャは私です。勝手にそんな話をしないで下さい」

「おっ、紅ちゃん、もっと優しくしてよ」

「駄目です!」


 全く、想像はしていたけど、やっぱり相当注意しないと、麗人君は見た目は申し分ないほど素敵だけど、心の中はまだ高校三年生なんだから。



 九条先輩との場面が出て来たけど、本当に少しだけだった。俺が信号で待っている時に横に並んで、じっと俺の顔を見て青になったらそのまま歩いて行く役。変な絡みが無くて良かった。


 そうしているうちに一週間が過ぎた。やっと終わったと思っていたら監督が


「紅ちゃん。今度予定している映画の主役に早乙女君出せないかな?彼にピッタリの役なんだ」

「主役をやれるほどの時間は彼に有りません」

「でも美しき殺し屋で主役やったじゃないか」

「あれは去年だったからです」

「じゃあ、準主役では」

「駄目です」

「もう、厳しいな紅ちゃんは。じゃあ、大学生になったら頼むよ。早乙女君は絵になるんだ」

「その時にお話しください」

「分かった。その時は頼むよ。じゃあ、またな、早乙女君」

「はい」

 やっぱりこの業界に入るのミスったかな?


 でもこの後は健吾と雫で海水浴だ。楽しみだ。


―――――

この作品を読んで、笑っちゃうとか、なんじゃこりゃと思われた方、次も読みたいなと思われた方ぜひフォローと★★★(ご評価)を頂けると嬉しいです。ご感想もお待ちしております。


宜しくお願いします。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る