第54話 新年は静かに過ごしたい


 麗人が白黒歌合戦に思い切りのアップでテレビに映ってから数分後、


 ルルル、ルルル、ルルル。


「はい、WHKコールセンターです」

「「「はい、こちらWHK…」」」


 ルルル、ルルル、ルルル。


「局長、電話が鳴りやみません」

「どうした?」

「先程、映した審査員席の後ろに居た女性は誰かという問い合わせが」


 ルルル、ルルル、ルルル。

「仕方ない、コールセンターお客様窓口を一度クローズしろ」

「はい」


 花蓮ちゃん目的達成かな。



 それから三時間後、そんな事何も知らない俺達は、控室に戻りお母さんの着替えが終わり、お化粧も落として出演者だけが通る廊下を歩いていると


―ねえ、明日は元旦よ。朝日一緒に見よう。

―ねえ、良かったらこれから…。

―なあ、俺と一緒に。

―おう、いいじゃないか。俺と一緒に行こうぜ。


「お母さん」

「皆さん、この子は私の子よ。母親のいるまで勝手に声を掛けないで」

「では、霧島さん。正式に」


「ちょっと待ってよ。何抜け駆けしようとしているのよ」

「何言ってんの。青木坂のセンターとか言われてちやほやされている子供にこの子は渡せないわ」


 どうも青木坂のセンターと言われている子が、俺も知っている結構有名な歌姫と言い争っている。


「叔母さんが何言っているの」

「失礼ね。こう見えてもまだ三十手前よ。二十歳にも満たない小娘に言われる筋合いは無いわ」


 そこにどこかで見たおじさんが近付いて来て、


「花蓮ちゃん、このまま外に出るのは不味い。こっちに来て」

「どうしたの?」

「いや、ちょっと。とにかくこの廊下を歩くのは不味い」

「分かったわ」

 どうしたんだ?


 俺達は、他の出演者の言い争いを無視して今日初めに会ったディレクターの人に連れられて地下駐車場に行くと

「君達の車の前後にダミーを走らせる。その間に帰ってくれ」

「そういう事。分かったわ」

「お母さんどういう事?」

「薄井、出して」

「はい」


 俺は良く分からないが、俺達の前を走った車は、出口でカメラやスマホを持った人達に囲まれて身動きが取れなくなっていた。

「薄井、今よ」

「はい」


 俺達の車は、いかにも業者の車を装いながら別の出口を出た。


 上手く行ったわ。これで麗人のデビューは出来たも同じ。


 全く、分かっていたけどここまでの反響とは。しかしこの子これからどうするのかしら。まだ十六でしょ。まあ、私の仕事がまた出来たわ。



 俺達は家の玄関に着くともうとうに新年を迎えていた。

「薄井ちゃん。今日はありがとう。今年も頼りにしているわ」

「はい、花蓮さん。こちらこそ」


 それだけ言うと薄井さんは車をゆっくりと走らせて行った。

「麗人、今日はご苦労様」

「えっ、俺後ろで見た居ただけど」

「ええ、それで十分だわ」


 門の鍵を開け中に入り更に玄関のドアを開けて家の中に入って

「ただいま」


「お帰り花蓮」

「お帰りなさい。お母さん、お兄ちゃん」


 何故か美麗の顔が固かった。

「お兄ちゃん、お疲れ様。今日は疲れているでしょうから明日話しましょう」

 何を言っているんだ?


「分かった。お母さん、先にお風呂入って。俺も入ったら寝るから」

「麗人ありがとう。分かったわ」


 

 俺がベッドに潜り込んだのは結局午前二時を過ぎていた。



「お兄ちゃん起きて」


 スー、スー、スー。


「お兄ちゃん起きて」


 スー、スー、スー。


 こうなったら

「お兄ちゃん、キスしちゃうよ」


 小さい頃、私が寝坊したお兄ちゃんにやっていた寝坊助お兄ちゃんの目覚まし方法。ゆっくりとお兄ちゃんの唇に私の唇を近付けると


 ビシッ!


 痛い!


「美麗。もう駄目だよ」

「えーっ!いいじゃない。今年もしようよ。新年の挨拶」


 ブチュ!


 毎年何故か美麗は、子供の様に元旦だけ口付けして来る。もう中学生なのに。少しだけ勝手にさせていると


「ふふっ、お兄ちゃんは誰にも譲らないから。早く起きてね。もう八時過ぎたよ」


 思い切り小悪魔の笑顔で俺の部屋を出て行った。


 ベッドから起きて部屋着に着替えてから一階に降りて洗面所で顔を洗うと


 はぁーっ、今年も美麗にやられた。


 何かなー。また一段と女性っぽくなっていないか。おかしいな。そろそろ男っぽくなって欲しいんだけど。


 ダイニングに行くとお父さん、お母さんそれに美麗が座っていた。


「おはよう」

「「「おはよう、麗人」」」


「さっ、麗人も起きて来た事だ。朝食にしようか」


 我が家の元旦の朝食は、お母さんが作った、いつ作ったのか?おせちと豪華な魚貝の料理だ。

「それでは」


 皆でお屠蘇と言ってもお父さんとお母さんは本物のお神酒、俺と美麗は透明なジュース、これが大事、を鶴亀の金杯に注いで

「「「「明けましておめでとうございます」」」」


 そうして飲み干すと元旦の朝食が始まる。



 三十分程して

「そろそろお雑煮にしましょうか」

「そうだな。お父さんはまだ飲むけど子供達はお腹が空いているだろう」

「「うん」」


 お母さんが手伝って?美麗が作った出汁に焼き立てのお餅を入れて食べる。とても美味しいお雑煮だ。


 それも食べ終わると


「初詣は何時頃行こうか?」

「あなた、やっぱり午前中がいいわ」

「そうだな」

「お母さん、昨日の事で覚悟して行かないと」

「あら、美麗何の事?」

「やっぱり」

 あれはやっぱりお母さんが意図的に。


「どうしたんだ美麗?」

「お兄ちゃんは、撮れらた方だから知らないだろうけど」


 美麗はいきなりテレビをビデオモードにすると

「これよ」


 そこには、俺とお母さんが画面一杯に映し出されていた。そして周りの審査員やお客様の表情も。

「こ、これって。お母さん」

「あら、麗人テレビ映りも良いわね」

 やられた。お母さんはこれが目的で、あのディレクターとか言う男の人に…。


「まあ、いいじゃない。みんなで初詣行きましょう。一杯人が居るから分からないわよ」


 はぁ、お母さん何という…。


 お母さんと美麗は和服でお父さんも和服、俺はいつもの恰好で近くの有名な神社に皆で歩いて行くと


―ねえ、あの家族。

―いつも会うけど。

―違うわよ。あの背の高い女性。

―あっ、昨日白黒歌合戦の霧島花蓮の後ろに座っていた。

―えーっ、確かに。


 ほら見ろ。こうなる。とは言っても下手に声を掛けて来る人はいない。そこは助かるけど。だけど…。


「麗人、明けましておめでとう」

 いきなり声を掛けられた。綺麗な和服姿の東郷さんだ。


「あら、秀子ちゃん。明けましておめでとう」

「東郷さん、明けまして…」

「麗人、秀子でしょ」

「…秀子さん、明けましておめでとうございます」

「ふふっ、おめでとう。今年も宜しくね」


「秀子さんはもう初詣は?」

「ええっ、終わったわ。明日の初稽古は来るの?」

「勿論行きます」

「そう、じゃあ、明日ね」

 それだけ言うとさっさと駅の方に向った。


「麗人、秀子さんとは上手く行っているのか?」

「お父さん、どういう意味?あの人とは契約偽彼女だよ」

「そうよ。お父さん、お兄ちゃんは、まだ彼女作らなくていいの!」

「あらあら、美麗のお兄ちゃん思いは今年も凄いわね」

「当たり前でしょ」


「はははっ、なるほど。じゃあ、初詣終わったら家に帰って、お酒でも飲むとしようか」

「もう、あなたったら」


 

 何となく、和やか?に始まった新年では有ったのだけど。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひ作品へのフォローとご評価★★★を頂けると嬉しいです。ご感想もお待ちしております。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る