第53話 高校に入って初めてのお正月


 賑やかだったクリスマスも終わり、冬休みに入った。俺は早速冬休みの宿題に取り掛かった。

 今日から大晦日まで六日ある。何とか終わるだろう。そう思っていたのだが、


「麗人、大晦日の夜は空いているわよね」

「空いているけど何か?」

「お母さん、大晦日のWHKの番組に審査員で呼ばれているのよ。一緒に行かない?」

「お母さん、行かないに決まっているだろう。そんなところ行ったら…」

「いいじゃない。偶にはお母さんの傍に居てよ」

「傍に居るのは良いんだけど」

 お母さんのお願いは断りにくい。


「行くって言っても、お母さんは審査員席だろう。俺はどうすればいいの?」

「お母さんの後ろに座っていればいいのよ」

「お父さんと美麗は?」


「一緒でも良いけど多分来ないでしょ」

 なんか嫌な予感しかない。


 夜になって、皆が揃った所で美麗に聞くと

「私は行きたくないわ。そんな所に座って万一お兄ちゃんと一緒に映ったら、学校が大変になる。家に居る」

「しかし、花蓮。麗人をそんな所に座らせてテレビにでも映ったらどうするんだ?」

「別になにも関係ないでしょ。綺麗な男の子が座っているとしか見えないわよ」

「それで済むか?」


「いいじゃない。二人共いつも麗人と一緒でしょ。私は仕事柄とはいえ、麗人と過ごす時間が二人に比べて少ないんだから」

「麗人、構わないのか?」

「お母さんのお願いだから」

「そうか」



 という訳で、三十日まで冬休みの宿題を終わらせた俺は、三十一日大晦日の日に渋谷にあるWHKに行く事になった。



 当日はお母さんのマネージャの薄井さんが車で迎えに来た。俺は、白色のシャツと黒のパンツそれに濃紺のジャケットで行く事にした。客なんだからいいだろう。

「おはようございます。花蓮さん、麗人君」

「おはよう、薄井」

「おはようございます。薄井さん」


 私、薄井美琴。霧島花蓮(芸名)が芸能界デビューした時から彼女のマネージャをしている。


 今日、麗人君を一緒に連れて行くと聞いた時、驚いたけど前にも連れて行っている。花蓮の考えは分かっている。

 彼をいずれ芸能界デビューさせようと思っているんだ。気持ちは分からないでもないけど、彼にはその気があるとは思えない。さて、どうなるやら。



 俺とお母さんは薄井さんの運転する車でWHKのホールの駐車場に入った。エレベータで控室のあるフロアに行ってエレベータを降りると


―えっ?!

―あっ!

―おっ!


 テレビで見た事のある芸能人が一杯いるけどみんな俺達を見て驚いている。お母さん、流石有名人。


 あっ、向こうから眼鏡を掛けたおじさんっていうか、思い切り局の人だと分かる男の人が早足で歩いて来た。


「おはよう花蓮ちゃん。後ろに立っているのがお子さん?」

「ええ、麗人よ」

「でも、確か男の子と聞いていたけど?」

「麗人は男の子よ」

「え、ええ、えええーっ!いやだって、昔の花蓮ちゃんその人じゃないか。俺はてっきり娘さんかと」

「娘はいるけど、今日は家よ」

「ま、まあ、とにかく控室に行ってくれ。直ぐに呼びに行くから」


 その男の人は踵を返すと直ぐに元来た方向に早足で歩いて行った。

「お母さん、誰あの人」

「この番組のディレクターよ。全体を統括している」

 へーっ、ただのおっさんにしか見えなかったけど。



 お母さんの控室でお母さんと薄井さんと一緒に待っていると十分もしない内にメイクの人が入って来た。

「霧島さーん」

「えっ?!あ、あの…」


「ああ、息子の早乙女麗人よ」

「む、息子?」

 なんか、目を丸くして気絶しそうになっている。薄井さんが支えているけど、大丈夫かな?


 何とかメイクを終わらせると、次に衣装の人が来た。メイクの人と同じ反応だ。


 こういうのって自前じゃ無いんだ。着替えを始めようとしたので

「俺、外で待っている」

「麗人、良いのよ。中に居なさい。外に出ると目立ちすぎるわ」

「分かったけど」


 仕方なしに反対方向を向いている事にしたけど、目の間に鏡がある。嫌でもお母さんの着替え姿が映ってしまっている。


 お母さんは抜群のプロポーションだ。俺と美麗を産んで、年齢も四十を過ぎているのに全く崩れていない。息子とはいえ、はっきり言って目の毒だ。下を向いてスマホを見ていると

「麗人、どうかしら」


 後ろを振り向くと綺麗な和服姿になったお母さんがいた。

「とても綺麗だよ」

「そう、良かったわ。麗人も着る?」

「冗談は止めて下さい。着ませんよ」

「あら残念だわ」


「私も見たかったなぁ」

「薄井さんも冗談言わないで下さい」



 少し待っているとドアが開いて

「霧島さん、お願いしまーす」


 若い女の子が入って来た。

「えっ?!」

「気にしなくて良いわ。私の息子よ」

「む、息子?え、ええ、えええーっ?!」


 何でみんな同じ反応するんだ。




 白黒歌合戦とかいう毎年大晦日にやっている番組のホールに来たけど、お客さんは、まだ入っていない。舞台や客席の一番前には、見た事のある人達がいる。


 お母さんは、案内の人に言われて審査員席のほぼ真ん中に座った。

「麗人、私の後ろに座っていて」

「ここ?」

「ええ、それでいいわ」


 みんな、俺を見て誰?って顔している。

―誰、あの子?

―霧島花蓮じゃない?

―でも霧島花蓮は目の前に居るじゃない。

―じゃあ、あの子は?


 ふふっ、麗人の事を皆にしっかりと覚えて貰わないとね。



 俺は何もする事なく、芸能人の予行演習みたいな事を見ていると、横から椅子の間を歩いて来た男の人が

「君、綺麗だね。名前なんて言うの?」

「近藤さん、息子を誘っても無理ですよ」

「えっ?息子。女の子じゃないの?」

「はい、俺は早乙女麗人って言います」

 立ち上がって見ると、その男の人を見下ろす形になった。


「うおっ、背高いねえ。じゃあまた」

 そのまま、急ぎ足で椅子の間を歩いて行った。変な人だな。


―ねえ、聞いた。男の子だって。

―誘ってみようかしら。

―うふふっ、今日の夜空いてないかな?


 俺、帰りたくなって来たよ。あんた達、有名人だろう。文秋砲とか五月蠅いんじゃないか?



 一時間位いたけど、一度控室に戻った。

「麗人、どう?お母さんの仕事場」

「うーん、気持ち悪い人が多い」

「ふふっ、慣れてね」

「そんな事言われても」



 それから再度、メイクの人や衣装の人が来て、お母さんのメイクや衣装の直しをしたりしていた。


「麗人、お腹空いているなら、その仕出し弁当食べていいのよ。この局はお金持ちだから美味しいわよ」

「お母さんはどうするの」

「一度、番組で紹介されたら一時間位映らないからその間に食べに来るわ」

「じゃあ、俺もそれでいいよ」



 それから更に一時間ほどして会場に行くともう一般のお客さんが入っていた。満席だ。俺は、お母さんや他の芸能人と一緒に席まで歩いていると

―ねえ、誰あの子?

―霧島花蓮にそっくりだけど。

―でも背が高すぎない。百八十は超えているよ。

―うーん。分からない。


 俺はお母さんの後ろに座ると、話内容からしてこの列は全員、特別な人だけが座っているようだ。チラチラ見られるけどその位なら気にしない。


 そして白黒歌合戦が始まった。




「おい、霧島花蓮の後ろにいる女性をアップで映せ。彼女と一緒にな」

「了解」




 私、早乙女美麗。お父さんと一緒に白黒歌合戦を見ている。何時も見ないけどちょっと不安な事が有った。


「あっ、お兄ちゃんが」

「やっぱりな」


 お兄ちゃんがお母さんと合わせてテレビ画面いっぱいに顔を映し出されている。だから心配だったのに。


 白黒歌合戦を家族で見ていた…


 九条さん曰く「そんな。麗人がテレビに出ている」

 八頭さん曰く「知られてしまうのは不味いわ」

 望月さん曰く「麗人…。なんで」

 新垣さん曰く「えっ、どういう事?霧島花蓮の後ろに麗人がいる」


 東郷さん曰く「仕方ないわねぇ。叔母様ももっと早く私に麗人を…」


 その他大勢…。

「さ、早乙女様が…。テ、テレビに!」


―――――


 はてさてどうなる事やら…。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひ作品へのフォローとご評価★★★を頂けると嬉しいです。ご感想もお待ちしております。

宜しくお願いします。

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