第55話 穏やかな?新年二日目


 楽しくも賑やかな元旦の次の日。朝六時に起きて朝食のお節を食べた後、道場に行く支度をして最寄り駅から学校方向とは反対の隣駅にある道場に行った。新年の初稽古に参加する為だ。


 まだ、午前七時を少し過ぎただけというのにほとんどの人が来ていた。小さい子は親同伴だ。俺は早速着替えて隅で柔軟体操をしていると


「麗人おはよう」

「おはようございます。秀子さん」


 今日の彼女は胸の晒しを緩くしている。今日は激しい稽古はしないから大丈夫なんだろう。


「今年も始まったわね。今年も一年宜しくね」

「はいこちらこそ宜しくお願いします」

「一緒に柔軟しましょうか」

「はい」


 お互いの手を握って横方向に引っ張って肩や脇を伸ばす体操だ。次にお互いの肩を押さえて両方がばねの様に上下させ肩甲骨や肩回りを柔らくする。


 この方法は下を向いていて前が見えないから良いけど。すれすれには前が見える。秀子さんの胴着の胸元が垂れているのは、何となく秀子さん意識してやっている感じがするのは気の所為か。


 後はお互いが自分で柔軟をする。そうこうしている内に師範と師範代が道場に現れた。


 師範が神棚を背にしてこちらを向くと師範代や俺達が一斉にお辞儀をした。そして師範が神棚に向うと二礼二拍一礼する。その後、俺達は後ろに下がるとこの道場に古くから伝わる古武道の型を師範が踊った。全てにおいて要所要所に隙の無い踊りだ。


 それが終わると師範代達が揃って型を行う。次に参加者皆でいつもの稽古の型をして、最後に全員で神棚に一礼し、新年の初稽古は終わる。一時間弱だけど気が引き締まる思いだ。


 そして帰りに二十歳以下の子は、お年玉替わりのお土産と言っても可愛いお餅と近くの神社のお守りの入った箱を貰って帰るのだ。


 俺もまだ十六才、それを貰ってから帰ろうとすると見慣れた子が寄って来て

「麗人お兄ちゃん、この前テレビに出ていた?」

「何の事かな。俺はその時は寝ていたから」

「そっかあ、お兄ちゃんそっくりの人がテレビに映っていたよ」

「そうか、俺もその人見たかったな」


「ほら帰りますよ。早乙女さん、綺麗でしたわよ」

 ばれているの。


「あははっ」

 頭の後ろ撫でながら笑っていると秀子さんが


「麗人、この後、うちに来ない?両親が会いたがっているわ」


 どうしようかな。今日はこの後用事が無いけど。秀子さんの家には行ったことがない。

「止めておきます。行った事も無いし」

「いいじゃない。偶には私の家に来たら」

 そうすれば麗人の家に行けるハードルも下がる。


「そこまで言うなら。ちょっと家に連絡します」

 俺は、正月三が日のお母さんが出ている番組は、全て年末までに収録した番組だと聞いているのでお母さんに電話して


『お母さん、道場の後、ちょっと秀子さんの家に寄って来る』

『うん、お昼前には帰るから』

『分かった』


「大丈夫です」

「私、着替えて来るから待っていて」

「はい」

 俺も着替えるんだけど。


 俺は着替えて道場の玄関で待っているといつものパンツスタイルにコートを着た秀子さんがやって来た。


 東郷さんの家は、道場から俺の家とは反対方向の二つ目の駅。直ぐ近くだ。前に一度送って来た事が有るが、やはり大きな屋敷という言葉がぴったりの家だ。


 俺達が行くと大きな門が中心から左右に開かれた。

「さっ、入りましょう」


 入ると門が閉じた。自動ドアか?


 更に三十メートル位歩くとほんと屋敷と言う名に相応しい玄関が有った。秀子さんが近付くと玄関がガラガラと開いて中から少し年を重ねた感のある女性が出て来た。


「秀子、お帰り。その人は?」

「早乙女麗人さん。私の彼よ。麗人。私のお婆ちゃん」

「初めまして、早乙女麗人です」

 彼氏じゃないんだけど。


「そう。早乙女さん、中にどうぞ」

「はい」


 中に入ると横に広い玄関の上がり縁に衝立が有り、その後ろに長い廊下があるようだ。両横にも廊下がある。


「さっ、麗人上がって」

「はい」


 衝立を避けて後ろに伸びる真直ぐな廊下を歩くと左横に広い庭園の様な庭が有る。少し歩くと右の障子が開いた部屋に男の人と女の人が座っていた。


 秀子さんに連れられてそのままその部屋に入り、大きな和製の座卓の下座に座った。


「お父様、お母様、早乙女麗人さんです。来て頂きました」


 男の人は俺をジッと睨む様に見ると

「私が東郷平十郎(とうごうへいじゅうろう)、秀子の父だ。隣に座っているのが秀子の母、東郷澄子(とうごうすみこ)だ」

「早乙女麗人です。初めまして」


 お母様と呼ばれている人が

「秀子、綺麗な方ね。本当に男なの?肌は白くてきめ細やかだし、喉仏も出ていないし、何より顔が…」

「お母様、それ以上は麗人に失礼です。彼はれっきとした男性です。私の夫となる人です」

「「えっ?!」」


 秀子さんのご両親が驚いた。俺も驚いている。

「玲子さん。それはまだ」

「いずれそうなるでしょ。だからいいじゃない。私の夫になる人と言っても」

「秀子さん、それでも…」


「どうやらまだ早乙女君は、まだ秀子の事をそうは思っていない様だが」

「麗人…」


 仕方なしに、俺は秀子さんと今の状況になった事情を話した。父親の方が難しい顔をしている。


「なるほど、まだではあるが、可能性はあるという事か。早乙女君は秀子の事をどう思っているのかね?」

「秀子さんは、同じ道場の稽古仲間です。今は事情で偽彼女をして頂いていますが、周りが落着いたら元の関係に戻りたいと思っています」

「秀子、お前の思いと早乙女君の思いは随分離れている様だが?」

「お父様、今はです。これからです」


「秀子さん、俺はそろそろこの辺で」

「麗人、私の部屋に行かない?」

「今日はこの辺にしておきます」

「そう」


 麗人ももう少し口裏合わせてくれてもいいのに。



 私は門まで麗人を送ると家の中に入った。先程の部屋に行って


「お父様、初めて連れて来た人にあの様な聞き方は酷いです」

「そうか、秀子が気に入った男だ。どういう人間か確かめたくてな。媚びるでもなく、気を遣うでもなく、男としては良いだろうが、人間としては、どうなのかな」


「そんな事有りません。麗人はとても気遣いのある優しい人です。もし今度連れて来て、同じ事を言うなら、私はこの家を継ぎませんから」

「そうか」


 私は、その後自分の部屋に戻った。そしてソファに座ると


 せっかく、やっと麗人をうちに呼ぶことが出来たのに。あれでは彼が来づらくなってしまうじゃない。でも夫って言葉は早すぎたかな?



「母さん、お前はどう思う?」

「秀子は頭の良い子です。あなたの言う様な人間なら、あの子が好きになるとは思いませんけど」

「そんな事分かっている。

 しかし、あの子が秀子の生涯を共にする男というのは、どうも受け入れがたい」


―――――


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宜しくお願いします。

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