第56話 冬休みも終わりに近づき
新年三日目は、家でのんびり過ごすつもりだ。お父さんは、箱根から帰って来る大学対抗の番組をお酒を飲みながらのんびり見ている。
お母さんは薄井さんと何やら今後のスケジュールについて打ち合わせをしているようだ。
俺と美麗はと言うと
「お兄ちゃん、初売り始まったよ。行こうよ」
「初売り?行かないよ。今日は家でテレビを見たり本を読んでのんびり過ごすつもりだ」
「えーっ、付き合ってよ。私一人で行って、大変な目に遭ったらどうするの?一生責任とって貰うわよ」
「友達は?」
「みんな忙しいの」
ほんとは連絡していない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「分かったよ。仕方ないなぁ」
「じゃあ、直ぐ着替えてくるね」
「ああ」
リビングで一緒にテレビを見ていたお父さんに
「美麗に付き合って来る」
「ああ、頼むな」
ほとんどこっちを見ないでお酒を飲みながらテレビを見ている。母校は出ていないのに楽しいのかな。
「お兄ちゃん、お待たせ。あっ、まだ用意していないの?」
「すぐ支度して来る」
「お母さん、行って来まーす」
「行ってらっしゃい。麗人、美麗を頼んだわよ」
「はい」
美麗は、お母さんに似て本当に可愛い。兄の俺が言うのもなんだが、その辺の子では太刀打ちできない。
今日も可愛い冬のコーデをしている。俺はと言うといつもの格好だ。黒のパンツにシャツにダウン。まあ、男としては当たり前だけどね。
駅まで行く間に
「美麗、何処に行くんだ?」
「今日は渋山に行こうかなって思って」
「あそこ行くのか?」
「だってお店一杯有るし」
「分かるけど」
「今日松の内だし、流石にスカウトは、いないでしょう。変な輩はお兄ちゃんが居るから大丈夫」
まあ、確かに正月三日からスカウトは仕事していないだろう。
駅に着いて電車に乗った。まだ仕事が始まっていないから空いていると思ったのだけど、座る事は出来なかった。
「お兄ちゃん、思ったより混んでいるね」
「そうだな。まだ三日目だからな」
―ねえ、あの子。
―うん、間違いないと思う。
―一緒にいる女の子妹さんかしら。
―可愛いわねぇ。
―そう言えば二人共似ていない?
―私もそう思う。
周りの話声を無視して最寄駅から六つ目の街に着いた。俺が小さい頃はここが終点だったけど、今は結構遠くまで行くらしい。
他の乗客と一緒に電車を降りて地上に出るまでエスカレータを四本も乗り継いで行かないといけない。前なら階段を降りるだけだったのに。
「お兄ちゃん、先にピルコ行って見ようか」
「ああいいぞ」
そう言えば、去年のクリスマスの時、秀子さんに連れられて行ったっけ。
そこのビルに着くまでに二回ほどチャラい奴に声を掛けられたけど、簡単に撃退した。中に入って美麗の後を付いて行くと
―ねえ、あの子達。
―間違いないわ。
―今からサイン貰っておこうか。
―そうねえ。
「美麗、少し早く歩くか」
「うん」
やっぱりあの番組で映ったのは失敗だったようだ。
美麗が気に入った洋服を見つけたようでそのショップに入って
「お兄ちゃん、どうかなこれ」
「美麗が着たら何だって似合うよ」
「そういう事じゃなくて、きちんと見て」
美麗が手に取っているのは、真っ白なウールのセーターだ。チラッと値札を見ると、えっ!これ買うの?君中学生だろ。
「お兄ちゃん、値札見ないの。お母さんからカード使って良いって言われているから大丈夫」
美麗が選んでいると店員が寄って来た。
「お客様、お色も色々有りますよ。お持ちしましょうか」
「いいです。まだ見ているだけなので」
「畏まりました」
何故か店員が傍にいる。他の客も選ぶような振りをして近付いて来ている。
「美麗。他のお店も見るか?」
「うん」
俺達がそのショップを出ると後ろで何か言い争っている。どうしたんだ?
更に三店舗位見てから、
「お兄ちゃん、別のとこ行こうか」
「分かった」
どうもこのビルのテナントの商品は美麗のお目に叶わなかったようだ。今度はそのビルをでた後、坂を下る様にして数年前に元公園の所に出来た公園を兼ねた四階建てのビルに来た。確かここはアクセサリが多かったような?
美麗がアクセサリを見ていると
「麗人!」
声の方を向くと九条先輩だ。ここで会うとは。
「九条先輩」
「妹さんも一緒なの?」
「はい、妹の美麗です」
「初めまして早乙女美麗と言います」
「あら、丁寧なご挨拶。私は九条静香。麗人の一つ先輩で麗人と同じ園芸部よ」
「園芸部?お兄ちゃん、そんなのに入っているの?」
「美麗、そんなは無いよ。自然は大切にしないと」
「ごめん。でも知らなかったな」
「二人はお買物?」
「はい」
「九条さん、私は今、兄と買い物を楽しんでいます。他人が邪魔しないで頂けますか」
あら、厳しい事。
「分かったわ。麗人。また学校でね。白黒歌合戦見たわよ」
やっぱり見られたか。
「お兄ちゃん、私あの人嫌い。お兄ちゃんの事大好きオーラが出まくり。気分悪くなった。他のお店行こう」
「あ、ああ」
参ったな。先輩も妹居るんだから見逃してくれればよかったのに。
麗人の妹さん、美麗って言うんだ。兄妹揃ってなんて美人なんだろう。流石霧島花蓮の子供達だわ。益々麗人を他の人に譲れなくなった。でも妹さんに嫌われたような?
美麗はその後、二店舗ほど寄って、可愛いイヤリングを買った。それからまた別のビルのお店に行ってフワフワっとした、真っ白なウールのセーターを買った。これ一着で諭吉様が六枚飛んでいる。少し高すぎないか?
それから二人で喫茶店によってから家に戻った。
だけど…。
「お母さん、お父さん聞いて。お正月だからスカウトなんていないと思ったら、見てよこれ。せっかくのお気に入りの洋服なのに」
何故か俺が持っていた美麗の洋服の袋には七枚もの名刺が入っている。
「それにチャラい男から声を掛けられたのが五回よ。もうお兄ちゃんを何とかしてよ」
「おい、それは無いだろう。美麗が可愛すぎるのが問題なんだろう」
「何言っているのよ。まだ鏡見足りて無いの。お兄ちゃんにでしょう。袋持っていたのおにいちゃんだし」
「いや、あれは投げ入れる所があの袋しかなたっからじゃないか」
「そんな事ない!」
「あらあら、仲が良い事。仕方ないわ。二人共お父さんとお母さんの子供だもの。それより麗人。今度お母さんの出ているドラマにちょっとだけ、ほんのワンカットで良いから出て見ない。薄井と話して丁度いい作品が…」
「お母さん、麗人はまだ十六だぞ。高校一年生だ。そんな事したら勉強に支障が出る」
「そんな事無いわよ。私の子だもの。大丈夫よね麗人」
俺はなんて言えばいいんだ。でも
「お母さん、今は一年生三学期で重要な時期だよ。その話はまた今度にして」
「えっ、時期が合えば出てくれるのね」
「俺はそういう意味で言っては…」
はぁ、段々お母さんの手の平の中に引きよせられている様な。
残りの数日は、もう一度美麗と一緒に映画を見に行った。今度はデパートの有る街の映画館だ。
帰りに一緒に食事してデパートにも寄ったけど、また十枚ほどの名刺が買った洋服の入ったバッグに入れられた。どうにかしてくれ。
後は、もう外に出るのは懲り懲りと二人で家で本を読んで過ごした。そう言えば今年妹は受験生だよな。何処の高校受けるつもりだ?
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