第50話 八頭音江の思惑
女子運動部の麗人勧誘は失敗した。せっかく助言したのに。元々頭が良い子達では無かったが、あそこまで馬鹿だとは思わなかった。
でも私が入れ知恵した事は話してない様だ。まあ彼女達の自尊心だったのかもしれない。
それから数日して、今度は男子運動部の人達が麗人の勧誘の為、試合を申し込んだ。空手部と剣道部の部長は都大会でも上位にいる人達。
麗人が武道を学んでいるとは噂で聞いていたけど、空手部と剣道部の両方の部長を負かすなんて出来ないと思っていた。
だからどちらかに敗れて入部した時点で、勝った方の部長を利用して茶道部にも入ってもらおうとした。
でもまさか両方に勝つとは思わなかった。流石私が見込んだ人。本来は女子運動部か男子運動部に入部させ園芸部を辞めさせる事によって、あの女、九条から麗人を遠ざけさせ、私が彼に近付くのが目的だったのに。不甲斐無い人達だ。
こうなったら、私自身で動くしかない。でもその前に考査の結果で九条さんを打ちのめさないと気分が悪い。だからここの所油断した考査にも対策して臨んだのに。
結果はまさかの同一位。あの女、頭に来る。今までは駒を使ってあの女から麗人を引き離し私が取り込もうと考えていたけど、こうなったらあの女は無視して私が直接麗人に接触するしかない。
なんで私が麗人にここまで入れ込んでいるんですって?
当たり前じゃない。私は八頭財閥の令嬢。イケメンだ、頭が良いだとか言っている男など興味のかけらもない。
私に相応しい男は、周りが振り向く様な美しくて素敵な容姿、優秀な頭脳、強靭な体、そして武道に秀でた男。だけどそれだけでは足りない。もっと何かを。
だから早々に私の目の前に私に相応しい男が現れるなんて思っていなかった。
だけど、まさかすべを兼ね備えて男がこんなに早く現れるなんて…。
早乙女麗人は、今芸能界で最も人気のある女優早乙女花蓮の息子だと知った。姉が彼の母親を知っていたからだ。だから別荘で彼と遭遇した時、教えてくれた。
『あの子達、早乙女花蓮の息子と娘よ』
麗人は誰にも譲る訳には行かない。いえ私しか彼に相応しい女性はいない。そう考えて彼の攻略を考えていたけど、使った駒が役不足だった。
私は麗人が園芸部の部活という名の水やりをしない日の放課後、彼のいる1Aの教室に行って彼が出てくるのを待った。
少しして彼が教室から出てくると
「麗人」
「……………」
また面倒な人が現れたな。ここは無視を決めるか。俺が聞こえなかった振りをしてそのまま廊下を歩いて行こうとすると
「待って」
いきなり腕を捕まえられた。
「いきなりなんですか。放してください」
「駄目よ。お願いがあるの」
「………………」
振りほどくのは簡単だが思ったより腕が華奢の様だ。無理して下手に怪我をさせても不味い。仕方なく俺が黙っていると
「ねえ、茶道部の部室に来てくれないかしら」
「意味が分からないんですけど。それに彼女が迎えに来ています」
「今日は水曜日。彼女は迎えに来ない日よね」
そこまで知っているのかよ。
「麗人頼むから」
「さっきから俺を名前呼びしていますけど、俺はあなたから名前呼びされる理由は無い。勝手に人を名前呼びするような人とは話を出来ません」
「分かったわ、早乙女君。来てよ茶道部へ」
なんか誤解する言い様だな。
「とにかく手を放してくれませんか」
「放せば来てくれる」
「行きません」
「じゃあ、放さないわ」
―ねえ、見た。
―うん、あの手があるのね。早乙女君の手や腕に触れる方法。
―ふふっ、良い方法見つけたわ。
―うんうん。
また、要らぬ誤解をされている。仕方なく少し強く振りほどくと
「きゃっ!」
しまった。彼女の手を振りほどいた勢いで彼女のお腹と腰に腕が当たってしまった。
「すみません。大丈夫ですか?」
八頭さんはお腹を押さえながら
「大丈夫よ。でもこんな事したんだから茶道部の部室に来て」
なんて条件を出すんだ。わざとか?しかし
「分かりました。でも行くだけですよ」
ふふっ、私の腕を振り解く時、彼の腕が私のお腹に当たる様にしていた。こんなに上手く行くなんて。
私は、早乙女君を校舎から繋がっている茶道部の部室に連れて来た。部室の前では部員が待機している。
誰が来ても部室に入らせない様にする為だ。私が視線で合図を送ると理解したと目線で送って来た。
「さっ、入って早乙女君」
部室の更に奥にもう一つ入口が有った。そこが茶室の様だ。テレビなどでよく見る小さな入口は、別に有るけど、俺達は普通のドアから入った。
俺は入る直前一瞬躊躇したけど
「はい」
中に入ると思ったより広い。畳の大きさだと四畳位だろう。茶室の中を見ていると
「早乙女君、そこに座って」
言われた所に座ると八頭さんが
「今から君の為にお茶を点てます。飲んで下さい」
俺が何も返事をしないままに彼女を見ていると偶にテレビで見る様な作法で準備をし始めた。
お茶の香りってこんなに良いんだ。彼女の所作と一緒に見ているお茶から良い香りが漂って来る。
「どうぞ」
俺は、作法なんか分からないから前に出された茶碗に入ったとても濃い色をしたお茶を少しだけ飲んだ。
苦いかと思ったけど結構甘いと言うか旨味がある感じだ。そのまま全部飲み干してから茶碗を元の所に置くと
「如何ですか」
「美味しかったです」
「茶道は心を落ち着かせ、お客様にお茶を嗜んで頂く事で楽しい会話やお互いの心の会話を楽しみます。
今日早乙女君に来て貰ったのは、私があなたとそういう事をしたいと思ったからです」
「そうですか」
何が言いたいんだろう?
「早乙女君、私はあなたの彼女になりたいとか安い気持ちを打ち明ける為にここに来て頂いたのではありません。
私はあなたと一つになりたい。あなたに私の全てを捧げたいのです。今直ぐとは申しません。今は私を理解して貰いたいのです。
茶道部にお入りください。そして私を理解して欲しいのです。お望みならいつでも私を捧げます。この通りお願いします」
綺麗な所作でお辞儀をした。でもなんか、飛んでも無い事を言い始めたぞ。自分で言っている事が分かっているのか?
あっ、寄って来た。
「お願いです。早乙女君、いえ早乙女様。私を理解して下さい。深く理解したいのならいつでも私を自由にして下さい。お願いします」
「八頭先輩…」
「音江とお呼びください」
「言えませんよ。八頭さん、気持ちは嬉しいのですが、今は受け取る事は出来ません。はっきり言います。俺は女性に興味無いんです」
「えっ、まさか?!」
「違います。変な誤解しないで下さい。今は、そういう気持ちになれないと言っているんです」
「で、ではいずれ私を理解してくれますか?」
「それは分かりません。話が終わったなら帰らせて頂きます」
「あの」
「何ですか」
「またお誘いしても宜しいですか」
「その時の都合によります」
俺は、茶道部の部室を出て昇降口に向いながら
彼女は強引に何をする訳でもなく、お茶を点ててくれて、そして俺はそのお茶を飲んだ。彼女の気持ちも聞いた。そして断った。
しかし、九条先輩や望月さんの様な強引さはない。こういう人が一番面倒だ。参ったな。
ふふっ、上手く行ったようね。他の女達の様に強引に攻めても落ちない事は今まで見ていれば十分に分かる。だから、敢えて控えめに乙女としての私を出した。
もし、麗人がこれに乗ってくれれば、後は…。
―――――
茶道につきましては、私の気持ちを書いています。変な事は書いていないと思いますが、
ご配慮頂けると幸いです。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひ作品へのフォローとご評価★★★を頂けると嬉しいです。ご感想もお待ちしております。
宜しくお願いします。
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