第95話 今年も遠足は騒がしい


 そして金曜日になった。


 俺と美麗は、いつもより少し早く紅さんの車で校門まで行った。学校の前には大型バスが何台も停まっている。学年毎に時間差で出発するが、凄い光景だ。


 俺が、校門に行くと今日も俺のファンの人達がいたけど、挨拶をすると皆さん笑顔で帰って行くので、もう止めてくれてもいいのにと思ってしまう。何とかならないかな?



 一度教室に入って、一年生が出て、二年生が出て、最後に三年生がグラウンドに集まった。


 皆の前で学年主任が注意事項を話した後、割り当てられたバスに乗るのだが、乗る前に芦屋さんと田畑さんがじゃんけんをしている。


「勝った。芦屋さん、行きは東雲さんと私が座るけど、帰りは交代しましょうか」

「そうですね。そう言ってくれると嬉しいです」


 田畑さん、帰りは交代すると言っている。芦屋さんもそういう事を田畑さんから言われたのでしつこくは言わない様だ。望月さんの時とは雲泥の差だな。流石田畑さんだ。



 バスに乗ると俺と健吾、雫と田畑さんになった。俺の斜め前の席に芦屋さんが座った。桜庭先生が最後に乗って点呼と隣の人の確認を指示するとバスは順番に動き出した。


「麗人、これが最後だな」

「ああ、早いものだ。しかし、今年も一年の時と同じ場所のフィールドアスレチックとはな」

「桜庭先生がLHRの時、本当は水族館だったけど、麗人と芦屋さんを考慮して、一般入場者を入れない様に一日借りすると言った時は驚いたよ。まあ仕方ないけどな」

「何か、悪い事した感じだ」

「それは気にしなくて良いんじゃないか?」


 そんな話を健吾としている内にスポーツ公園内に在るフィールドアスレチック場に着いた。同じ場所だが、今年はコースが違うらしい。


全員がバスから降りると学年単位で集まって学年主任が注意事項を説明している。俺達三年生の学年主任も


「今年のコースは、バスの中で配られているアスレチック場のAコースだ。ルールは前に着た時と同じようにチェックポイントで先生が立っているから、そこでコースに掛かれているチェックポイントにチェックして貰えばいい。


 それ以外にもチェックポイントの間で先生が立っているから何か有ったらすぐに声を掛ける様に。


 それと皆十分知っていると思うが、ここでも特別校則は有効だ。3Aにいる早乙女麗人君と芦屋真名さんに対して写真を取ろうとしたり、むやみに体に触るような事しない様に。


 あと、2Aにいる早乙女美麗さんも同じだ。どこかで会ってもさっき言った事の無い様に。それでは皆でフィールドアスレチックを楽しもう。各クラスの一番班はスタート地点に行くように。五分間隔で出るぞ」



 俺達は、三番目のスタートだ。一番目、二番目が順番でスタートしていく。そして俺達の番になった。


「行きましょう。麗人お兄様」

「ああ、行こうか健吾、雫、田畑さん」


 最初はなだらかな坂道だ。ただ歩くところは土と所々に岩が有ったりする。十分も歩くとチェックポイントに先生が立っていた。


 田畑さんがマップにチェックを入れて貰うと

「次は渡橋がある。落ちても問題ないが、なるべく橋の上を通過するように」

「分かりました」


 渡橋までは三分程で着いたのだが、橋と言ってはいるけど、丸太橋だ。二本並んでいるので歩けることは歩けるが、一班、二班の人達が随分横に落ちて下を歩いている。

「麗人、一見簡単に見えるけどな」

「ああ、何か有るのかな」


 俺を先頭に渡り始めると丸太の材料はサルスベリだ。これは確かに難しい。ゆっくりと歩いて行くのだけど、足元がつるつるしている。


「あっ!」

「えっ?」


 俺の直ぐ後ろを歩いていた芦屋さんが、滑りそうになり、俺の腰に抱きついて来た。


―きゃーっ、見た。

―見たぁー。

―芦屋さんが早乙女君に抱きついている。

―お、俺も抱き着きてぇ。

―お前は男だろうが。

―いや、今はジェンダーレスだ。

―そ、そうだな。抱き着きてぇ。


 俺が進もうとしても芦屋さんが放さない。

「芦屋さん、もう大丈夫でしょう。放してください」

「えっ、もう少し」

「駄目です」

「もう」


 芦屋さんが調子に乗っている、それなら私もどこかで。意図的じゃないなら良いだよね。…たぶん?



 俺が渡り終えて後ろを見ると田畑さんが結構遅れている。手助けする訳には行かないし見ているだけにしていると、あっ、足が滑った。あーっ、下に落ちた。


 あれっ、起きない?急いで健吾と一緒に傍に行って

「田畑さん大丈夫?」

「あっ、うん。早乙女君、手を貸して」

「はい」


 ふふっ、早乙女君が手を差し出してくれた。私はその手をしっかりと握って

「ありがとう。助かった」

「足は大丈夫?」

「うん、大丈夫見たい」

「じゃあ、行こうか」

「うん


「…あの手を放してくれると」

「あっ、やだぁ。私とした事が。おほほ」

 どう見ても怪しい。


「田畑さん、今のは特別校則違反では無いですか?」

「芦屋さん、そんな事は無いです。手を出してくれたのは早乙女君からです」

「そ、それはそうですけど」

 どう見てもわざと落ちてお尻着いたんだ。でもこの手が有った。


 この二人の会話何か引っかかる。



 五人で何とか渡橋を渡り終えて、次のチェックポイントに行くと田畑さんがマップにチェックして貰った。そして先生が、


「次はロープのスライダーだ。楽しんで来い」

「はい」


 ここも三分程すると前にやったロープで滑り降りるやつだ。二人同時に滑る。五人いるので

「俺が最後に滑るから」

「麗人いいのか?」

「ああ、先に行ってくれ」

「分かった」


 健吾と雫、それに田畑さんと芦屋さんの順で滑り降りた。俺が紐を引っ張ってロープを戻すともう後ろのグループは近くまで来ていた。

 直ぐにロープに摑まって降り始めると結構気持ちが良い。髪の毛が真後ろに流れている。


―ねえねえ、見てる。

―見えてる見えてる。

―綺麗だわねぇ。

―あーっ、あのロープになってみたい。

―私もあのロープの様に早乙女君に抱き締められたい。


 好きな事言って下さい。そんな声を無視してロープから降りると直ぐにロープが戻された。


 早いなと思って見ていると何故か俺がつかまっていたロープを次の班の人達が取合っている。ロープ君、ごめんね。


 そこから歩いて直ぐにチェックポイントが有った。田畑さんが先生にチェックを付けて貰うと


「次は網渡りだ。気を付けて渡れよ」

「はい」


 やはりここも三分程歩くと網渡りに着いたのだが、詰まっている。先にスタートした俺達の一班、二班だけでなく他のクラスの人達も足を網の目に突っ込んで居る人や網にかじりついて動けない人だらけだ。


「麗人。仕方ない、待つか」

「ああ」


「麗人お兄様、ここ不味いですわ」

「なんで?」

「私達が渡っている時、事故を装って、私達の体を触って来る人達が出て来そうです」

「でも、特別校則が」

「あれは、さっきの田畑さんで分かりましたでしょう。不可抗力は対象外です」

「そうか、不味いな」

 俺は触られる前に動けるが、芦屋さんは無理そうだ。


「麗人、ネットは五つある。俺が一面だけ使って先に行って、前の這っている人をクリアにするから後から来てくれ。田畑さんには悪いけど最後に来て貰えるか。間に麗人、芦屋さん、雫で渡ろう」

「小早川君、分かったわ」

「じゃあ、行くぞ」

「頼む」


 健吾が先に網の上に上がった。するすると前に進んでいく。前で事故っている人や詰まっている人を拾いながら前に進ませている。上手いものだ。


 健吾は一通り網の一面を綺麗にすると俺、芦屋さん、雫の順番で渡り始めた。芦屋さんが、足を網に突っ込んだりして雫に助けて貰いながらこっちに来る。雫頑張れ。


 そして後ろのグループを止めていた田畑さんが網を渡り始めた。彼女上手いな。


 全員が渡り終えると大分時間が経っているように感じる。お腹が空いて来た。スタートが午前十時半だから午前十二時過ぎているんじゃないか。


 最後のチェックポイントも田畑さんがチェックして貰うと


「ここからはなだらかな下り坂だ。次はゴールだからゆっくり歩けよ」

「はい」


 確かに緩やかな下り坂だが、結構小石が出ている。前に来た時もこんな感じだったな。五人でゆっくりと歩いていると

「きゃっ!」


 後ろを振り返ると田畑さんが躓いて膝から血が出ている。

「大丈夫?」

「駄目。早乙女君肩貸して」

「田畑さん、私が貸してあげましょう。麗人お兄様だと身長が合いません」

「でも早乙女君の方が」

「駄目です。東雲さん手伝って」

「うん」


 ちっ、芦屋さんに見破られたか。最後のチャンスだったのに。


 田畑さん、甘いですわ。足を挫いたのもワザとでしょう。


 冗談じゃないわ。ワザとなら痛い思いするような事はしないわよ。


 どうですかね。



 何か田畑さんと芦屋さんが、声は聞こえないけど言い争っている様な。



 最初のスタート地点に戻った田畑さんの姿を見て桜庭先生が駆け寄って来た。

「どうしたの田畑さん?」

「最後の緩い坂道で小石に足を引っ掛けて躓いてしまいました」

「芦屋さん、東雲さん。そのまま、あそこの救護室に連れて行って」

「「はい」」


「早乙女君と小早川君は食堂の方に先に行っていて」

「「分かりました」」


 少しして三人で戻って来たけど、田畑さんの足はそれほどの怪我ではなかったようだ。膝にガーゼとテープが簡単に張られているだけだ。


「田畑さん、大丈夫でしたか」

「ええ」


「食堂は学年全員が同時に食べられないので順次食べるみたいです」

「俺が弁当取って来ましょう」

「麗人お兄様、私も行きます」


 ふふっ、これで田畑さんの腹黒作戦は未然に防げたわ。



 五人でお昼を食べ終わると田畑さんがジッと俺を見ている。

「どうしたの田畑さん?」

「あの、皆名前呼びしているよね。麗人、健吾、雫、真名って、だから私も皆の事名前呼びしていいかな?」

「田畑さん、私は真名とは誰からも呼ばれていません。芦屋です」

「でもぅ」

「はははっ、いいじゃないか芦屋さん、名前呼び位」

「じゃあ、私も真名って呼んでくれます?」

「い、いや…」

 芦屋さんを真名と呼ぶのは他の子を名前呼びするのとは意味が違う。ここは仕方ない。


「ごめん、田畑さん。やっぱり早乙女で」

「えーっ。もう芦屋さん、いいじゃないの。あなただけ名字呼びだって」

「駄目ですよ。ここは特別校則に引っ掛かります。橋渡の時の様な作戦は通用しませんから」

「なによそれ。私が…」

「二人共ここでは。ねっ」

「「あなたが悪いのよ」」


 はぁ、この二人もかよ。


 お陰で帰りのバスの中は行きと違って芦屋さんと田畑さんは険悪の中だった。


―――――


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