第44話 落着き始めたはず
ちょっと遅れました。
―――――
今日は土曜日。午前中から道場に来て稽古している。型や実践型の受けと攻撃をした後、組手を行う。普段なら、師範代か俺と同じくらいの男の人が手合わせするのだけど
「早乙女君、今日は私と手合わせしない?」
「えっ、いやでも」
「麗人、いいじゃないか。東郷さんは強い。良い相手になってくれるはずだ」
「ふふっ、早乙女君。良い相手になってあげる」
この人絶対、言葉を都合よく取っている。
いきなり打ち出して来た。俺は防戦一方だ。仕方なく一度飛ぶように引いてからこちらから攻めた。
手数では俺の方が多い。東郷さんの手が上がって前が開いた時、俺は掌底を打とうとして、こんな時に東郷さんの胸が目に入ってしまった。
うぐっ、
逆に打ち込まれた。
「ふふっ、そんなに興味あるの?」
「……………」
二本目は俺が取ったが、東郷さん意図的に前を開いているんじゃない?と思われる動きがチラチラと。
三本目は決着が着かなかった。
お互いが礼で終わらせた後、俺の傍に来て小声で
「二人きりなら、さらしとってもいいわよ」
「な、何てこと言うんですか」
「ふふっ、明日デートしようか?」
「……………」
今になってあの約束が重くのしかかって来た。明日は妹と約束が有ると言って断ったけど。
本当は美麗と約束なんてしていない。でもこの調子でデートとかしたら、嫌な予感がする。
日曜日も午前中道場に行った。東郷さんはいなかったので、意識せずに稽古に励んだ。そして月曜日、今日東郷さんは下校時の時だけなので朝の登校時にはいない。
いつもの様に学校の最寄り駅で健吾と雫を待っていると改札から二人が出て来た。
「「おはよ、麗人」」
「おはよ、健吾、雫」
「麗人、大名行列が無くなったな」
「ああ、効果充分だ。このまま行って欲しいよ」
「麗人でも油断は早いわよ。まだまだ麗人を見る視線が多いもの」
「それは仕方ないさ」
学校の校門に着いたけど誰もいない。良い事だ。更に昇降口に行って下駄箱を開けても何も入っていない。これも良い事だ。
そして何よりも九条先輩には話してしまったけど、新垣生徒会長、八頭さん、望月さんには気付かれていない。もう来ないだろう。
俺達は教室に入って、自分の席に着くと上条さんは挨拶だけして前を向いた。これも良い事だ。
健吾と雫と話をしていると予鈴が鳴って担任の桜庭先生が入って来た。いつもながらのボリューム感だ。
午前中の授業も終わり、購買に行こうと健吾に声を掛けると
「麗人、今日は学食に行ってみないか。変わっていなければ、明日からまた教室で食べればいいし」
「そうだな。雫、いいか?」
「私は全然構わないよ」
「じゃあ、行こう」
三人で廊下を歩いていると色々な視線を感じる。ほとんどが好意の視線だけど、ハンカチを口に咥えて悔しがっている人や、絶望の目をしている人もいる。仕方ないけど。
チケットの自販機に着くと久しぶりに見る定食のサンプルが置かれている。なんとB定食はとんかつ定食だ。
文句なく健吾と俺はそのチケット買ってカウンタの列に並ぶと、やはり学食の色々な方向から視線を浴びる。慣れてはいるが、視線の種類が色々有るのがきつい。
俺は順番が来てチケットをカウンタの傍に有る入れ物に入れると中のマスクを掛けた叔母さんが
「あら、久しぶりね。いつも綺麗だ事」
何となく誤解されたままだ。
端の方の空いている四人掛けに雫が座っているのでそこに行くと
「麗人、まだ厳しそうね」
「ああ、東郷さんの事、皆が知っている訳じゃないからな」
「もう少し、購買で買って教室で食べるか」
「そうだな」
気が付けば周りは女子だけでなく男子も一杯いて皆こっちを見ながら食べている。俺が箸を持ち上げたり、とんかつを口に入れるのをジッと見られると流石に消化に良くない感じがするけど前みたいに寄って来る子はいない。
午後の授業も平穏に終わり、健吾と雫は部活に行ったので俺も園芸部室兼倉庫に行くともう九条先輩は来ていてジョーロとリールフォルダを出している所だった。
「遅れてすみません」
「構わないわ。それより早く水やりしましょう。麗人、今日はこの後、春から夏にかけての植物の選定をするけど時間有るわよね」
「大丈夫ですよ」
今の内に東郷さんに連絡を入れて迎えはいらないと断っておこう。
「ちょっと電話します」
俺はスマホで東郷さんに連絡を入れて下校の迎えを断ると大分残念がっていたけど、これは部活優先だ。
ふふっ、迎えの女性に連絡して断っている。あの人よりこっちを優先してくれるんだ。当たり前だけど、それでも優越感がある。
一通り水やりをしてから先輩が園芸部顧問の先生に連絡して部会の依頼をすると断られた様だ。
「麗人、ごめん。顧問の先生が今日は駄目だと言うの。それでね。今度の水曜日か、金曜日でどうかな?」
「いいですよ」
「ありがとう麗人」
水やりも終わり駅へ向かう途中、
「ねえ、麗人。そろそろ秋の肥料を施さないといけない。普段は出来ないから、早めの土日のどこか半日空いていない?」
「土日なら両方共午後は空いていますよ」
「ほんと!じゃあ、今度の土曜日午後からいいかな。ねえ一緒にお昼食べてからにしない」
「いえ、家で食事してから来ます」
「いいじゃない。お昼ぐらい」
「駄目です」
「ねえ、麗人。そんなに私と一緒に居るの嫌なの?」
「そんな事誰も言っていないですよ。プールだって一緒に行ったでしょ。それに園芸部員として一緒に作業しているじゃないですか。嫌な顔なんかしていませんよ」
「じゃあ、なんでお昼一緒に食べれないの?」
「それは…」
「学校がある時じゃないし、いいでしょう。こう見えても私、料理上手いんだよ」
「とにかく駄目です。九条さんのお昼は別の時にします」
「えっ、じゃあ、どこかで食べてくれるのね」
「そう言う意味では」
「言質取ったわよ」
参ったな。なんで俺、この人には弱いんだろう。
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