第29話 夏休み 稽古と水やり


 今日は四日、道場の門下生たちが、夏合宿に行く日だ。毎年恒例で稽古というより稽古と海遊びを一緒にしたもので毎年人気がある。今年も二十人を超える応募があった様だ。


 年齢は様々だけど大学生から小学生までいる。年齢が上の人は下の子達の面倒をよく見るので道場側も安心だ。今年は女子も七人参加だ。


 俺は、この夏合宿がある四日から六日まで午前中だけ留守居役の師範代に稽古をつけて貰う事になっている。今日は夏合宿に行く門下生を見送るのもあり、早めに来ている。


「ねえ、早乙女のお兄ちゃん、今年も一緒に行けないの?」

「ごめんね。俺が行くとみんなに迷惑掛かってしまうから」

「えーっ、一緒に行きたいよ」

「こら、駄目でしょ。早乙女君を困らせては」

「はは、宜しくお願いします」

「ふふっ、本当は私も貴方と一緒に行きたいんだけど。この夏休みは一緒に遊びましょうね」

「ええ、時間が有れば」


 俺に声を掛けて来たのは同じ時に入った女性だ。年齢は俺より三つ上だけど、もう俺と一緒に十年もこの道場で稽古している。とても強い女性で有名な大学に行っている。

 端正な顔立ちで身長は百六十五センチと本人が言っていた。いつもは胸に晒しを巻いているけど、普段着になると結構胸がある。とても礼儀正しい人だ。



 バスが出て行くと

「麗人、始めるぞ」

「はい」


 俺は直ぐに着替えて稽古場に入った。俺に稽古をつけてくれるのは、この道場の師範代でもう二十年以上の経験がある山下先輩。全国大会でも上位入賞者でとにかく強い。


 最初に準備運動をしっかりとして型から入る。ここの道場は一応空手が基本だけど、この道場独自の型もある。空手と柔道を合わせた様な型だ。

 空手の他に棒術もあり、俺は両方を学んでいる。


 一時間位、型をやって十分位休んだ後、組手を行う。この道場は実戦形式で行う為、防具をしっかりと付ける。


 組手はお互いが相手を攻撃するという事も有るが、道場の練習では最初に片方が攻撃を行い、片方が防御をする事によって、型で習った動きを実戦形式で確かめるという方法だ。


 それをお互いに三十分程すると結構疲れるが、最後は双方攻撃と防御を行いながら組手をするまさに戦いの実践だ。

 これも型をしっかりと身に着けていないと途中からボロボロになって一方的にやられてしまう。


 今日は三本やって師範代が二本、俺が一本取った。お互いに汗びっしょりだ。エアコンは効いているけど追いつかない。



 午前中の稽古が一通り終わると

「麗人、腕を上げたな。だけど私から三本連取出来る様になるまでは気を抜くなよ。明日は棒術だ」

「はい、分かっています」


 ここの道場はシャワー設備も付いていて、このシーズンはとても助かる。シャワーを浴びてTシャツとジーンズに履き替えると


「師範代、ではまた明日宜しくお願いします」


 こんな感じで翌日は午前九時から十二時まで棒術の型と組手を行い、最後の日は空手と棒術の混合の型と組手を行った。

 気持ちいい位に疲れる。やっぱりこれが高校生男子の夏だよな。


 今日の夕方にはみんな帰って来るけど、流石に帰って来るまで道場には居れないので家に帰った。明日は学校で花壇の水やりだ。




 翌日、約束の午前十時に行くと園芸部兼倉庫の前に先輩の姿は無かったけど五分位してやってきた。

「麗人、ごめん。少し遅れた」

「構いませんよ。それより大分花が首をもたげています。早く水をやってあげましょう」

「そうね」


 俺達は急いでジョーロとリールフォルダを取り出すと、最初に校舎裏の花壇から水やりを始めた。少し長い草は、水を掛ける前に一緒に取ったりしたのでいつもより時間がかかった。ここが終わると校門の花壇の所に行って同じように水やりと草むしりをした。




 俺、藤堂隆久。二年C組の佐久間さんから園芸部の水やりの日を教えて貰った。俺も花が好きなので、少しは手伝いたい。だから水やりの日を教えてくれと頼んだら簡単に教えてくれた。


 今はバスケの練習中だが、もう少しで終わる。終わったら、急ぎ変える振りをして早乙女を待ち伏せして、あの女顔を滅茶苦茶にしてやる。間に合わなかったら途中で練習を抜けだせばいい。お腹が痛くてトイレに行っていた位に言えばいいだろう。


「藤堂、なに外見てんだ。練習に戻れ」

「はい、すみません」


 上手くもない癖に先輩面する面白くない奴もいるが、俺はまだ一年生だ。この前の合宿でも一年の中じゃ圧倒的に俺が上手かった。OBや先輩達も褒めてくれたし、来年秋には俺がキャプテンになるのは間違いない。


 その時は、早乙女の仲間の小早川や女バスのマネージャの東雲も俺の言い様にしてやる。

 その前に早乙女を滅茶苦茶にしないと気が済まない。そして九条さんを俺の物にするんだ。




 俺と九条先輩で、一通り水やりと草むしりを終わると

「麗人、ジョーロとリールフォルダを片付けたら取った草を隣の校舎裏の焼却炉の傍に置いて来て」

「分かりました」




 俺は取った草の入った袋の口を縛ってから隣校舎裏の焼却炉に持って行くと焼却炉の傍の小屋から藤堂が出て来た。手に木刀を持っている。


「早乙女」

「藤堂か。剣道も始めたのか?」

 冗談半分で答えると


「うるさい!」


 いきなり木刀を振り下ろして来た。


 こいつ、こういうのやった事無いな。木刀の重さと振りの抑えが全然なっていない。さっと避けるとやっぱり、木刀が勢いで手首が曲がって持ち直しに時間がかかっている。

 これなら相手するまでも無いか。


「止めとけ藤堂」

「うるさい。ちょっと武術の心得が有るからってこれには敵わないだろう」


 今度は横に振り回して来た。やはり今回も木刀の自身の重さと慣性で手が振られてしまっている。

 あーぁ、今度は滅茶苦茶振り回して来た。○○村の猿だってもっと上手いんじゃないか。少し距離を取って様子を見ていると肩で息をしている。


「はぁはぁ、早乙女、逃げてばかりだな。かかってこないのか。お前の自慢の武道は、逃げてばかりか」


 全く、早く帰らないと先輩が探しに来るだろうが。仕方ない。


「藤堂、相手してやるから打って来いよ」


 馬鹿が前に踏み込みもしないで木刀を振り下ろし来た。見ていられない。さっと避けると藤堂の木刀を持っている手首に手刀を叩きこんだ。勿論力半分位で。


 カラン、カラン、カラン。


「ぐぅ」

 手首を押さえて痛そうにしている。


「どうした。木刀が無ければ 何も出来ないのか」

「くそっ」


 今度は使える手を拳にして殴るというか振り回して来た。あほか。


 その手を持って、そのまま背負い投げを食らわすと


 ぐぇっ!


 痛い筈だよ。地面、レンガだもの。


「お前達、何やっている」

「麗人、大丈夫か」

 男子バスケの顧問とキャプテン、女子バスケの顧問、それに健吾や雫、九条先輩までもやって来た。


「健吾、雫も先輩もどうしたんですか?」

「どうしたんですかじゃないだろう」

「ああ、花壇の草をここに持って来たらいきなり藤堂が木刀を持ってその小屋から出て来て、振りかざして来たんで、避けただけです」

「おまえ、いま、背負い投げしてたじゃないか」

「ちょっと藤堂がしつこかったので」


「とにかく、二人共来い」


 はぁ、明日から健吾と雫と海に行くから直ぐに帰りたかったのに。



 職員室に健吾と当直の先生と男子バスケ、女子バスケの顧問、何故か九条先輩が俺と藤堂を囲む様に座った。健吾が、


「藤堂の奴がちょっとトイレに行って来ると言ってトイレとは関係ない方に走って行ったので、後を付けたら焼却炉の小屋に隠れたんです。

 だから碌なこと考えて無いなと思ってキャプテンと顧問の先生を呼んでもう一度一緒に焼却炉に来たらさっきの様になっていたという所です」


「藤堂、どういう事か説明して貰おうか。それにお前の手首や腰がそうなった理由もな」


 藤堂が俺の方を睨みつけながら

「みんな早乙女が悪いんだ。だから懲らしめてやろうと思ったら…」

 

 藤堂の言っている事が支離滅裂で聞いている全員が呆れ顔になり、その内藤堂が涙を流しながら俺の顔を殴ろうとしたので、手を避けてそのまま肘打ちを顔面に食らわせた。


 ぐぇっ!


「「何しているだ藤堂!」」

 流石に当直の先生とバスケの顧問が怒った。でも良くハモっている。


「早乙女は怪我無いのか?」

「まあ、何も」

「そうか」

「早乙女は藤堂を訴えるか?」

「別に。怪我もしていないし、本気で相手した訳じゃないので」


 今度は皆が呆れた顔をして先生が、

「取敢えず、早乙女達は帰れ。藤堂は連絡有るまで自宅謹慎だ。分かったか」

「はぃ」

 藤堂はやっと自分がどういう立場なのか分かった様だ。



 結局、藤堂の後始末を先生達がする事になり女子バスケも男子バスケも練習が中止になって、今日で夏の前半練習が最後だった部員達は藤堂を恨みながら帰って行った。


「これで藤堂は退学だな」

「でもあいつが九条先輩を好きで俺に逆恨みして来たっていうのは、納得がいかない」

「なんで?私が麗人を好きだからでしょ」

「先輩がそういう事を大っぴらに言うから藤堂みたいな奴が出てくるんですよ」

「でも事実だもの」


 健吾と雫が笑いを堪えているのが分かる。

「とにかく、少し押さえて下さい」

「でもぅ」


 駅に着いて、健吾と雫それに九条先輩は同じ方向なので別れた。明日の事を健吾と雫と話したかったが、流石に先輩の前では無理なので後でスマホで連絡するか。


―――――

 

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