第28話 夏休み 家が近いとこうなるか
九条先輩が俺の家に押しかけて来た翌日、先輩はスマホで謝って来た。そしてもう来ない事も言って来た。
どういう心境の変化か知らないが、過ぎた事は仕方ないので気にしない様に言っておいた。
美麗からはあの後、小言を言われたが事実だから仕方ない。まあ、後でお母さんにフォローして貰っておいたけど。
そして三十一日午前中に無事夏休みの宿題を終わらすことが出来た。梅雨もとうに明けて夏の日差しが結構強い。
夏になれば日焼けもするし肌も黒くなるが、極端に黒くなることはない。もっともそれほど外に出ている訳でもないので当然だけど。
今日の午後と八月三日までは何も予定が入っていない。美麗は、友達と遊ぶらしい。あんなに可愛い顔しているのに普通に遊べるのが羨ましい。
スカウトとナンパは結構あるらしいけど、美麗と一緒に居る友達もそれは慣れていて、いつも簡単に捌いてくれるそうだ。羨ましい限りだ。
俺の体は男なのに…と言ってもすね毛とかほとんどない。喉仏も出ていない。肌は極めてきめ細かく艶やかだ。
女性なら何も問題ないのだろうけど、俺の頭の中はしっかりと男として自分を認識しているし、Tシャツを脱げば武道で鍛えた体が現れる。
顔は、益々女性らしくなって来た。お母さんやお父さんは、お母さんの高校時代にそっくりだと言って写真を見せてくれたけど、確かに似ていた。
髪の毛も女性らしく艶やかで綺麗だ。長さも短くも長くもないごく普通の長さ。
体はもう百八十センチになる。中学三年の時百七十六センチだから、ここに来てちょっと伸びた感じだ。
ここ十日間家に籠って宿題していたから流石に外に出たい。という訳で、サングラスして帽子を目深にかぶり、デニムジーンズに紺のTシャツを着て、玄関にある等身大の鏡を見た。
まあ、何とかなるだろう。と勝手に思い外に出た。日差しが強烈だ。取敢えずお腹を満たしたい俺は、駅の近くにある中華屋で冷やし中華を食べる事にした。
このお店は小さい頃から来ていて店主のおじさんもおばさんも俺が早乙女花蓮の息子だという事は知っているし、俺の姿の事も知っているのでドアを開けると
「らっしゃーい。おう、久しぶりだな。奥が空いているからそっちに行きな」
「いつもすみません」
「いいって事よ。注文は?」
「冷やし中華で」
「あいよー」
ここに奥に円卓の五人掛けと八人掛けの部屋が二つある。俺は五人掛けの方の部屋に入って、サングラスと帽子を脱ぐと隣の椅子に置いた。
直ぐにおじさんの娘さんが水を持ってやって来た。
「麗人さん。最近益々綺麗で可愛くなって来たわね。羨ましい限りだわ。私にも美容法教えてよ」
「いえ、何もしていないです」
「えーっ、すっぴんなの。羨ましいわー。私なんてもうすぐ二十五だというのに」
「あの…」
「あらごめんなさい。無駄話しちゃったわね。おほほっ」
悪い人ではないけど、いつも何かにつけて話しかけてくる。でもこのお店の花だ。
俺が、一人で座っていると、部屋の入口を素通りする人が驚いた顔をして過ぎて行く。まあいつもの事だけど。
いつも少し多めに作ってくれる冷やし中華でお腹を一杯にした後、隣街のデパートの中にある本屋に行く事にした。
帽子は目深にかぶってサングラスをしているので、あまり気にする人はいない様だ。良かった。
改札を出て、左に行きエスカレータで二階に上がって道路に跨っている渡り廊下を歩いて行くと直接本屋に入る事が出来る。
最初は、小説コーナーに行って新刊や遅川書店の翻訳本をチラチラ歩きながら見ていると
「麗人」
どこかで聞いた事のある声が後ろから聞こえた。これだけ顔を隠していても分かる人はそうそういないから多分と思って振り返ると薄黄色のブラウスに白のスカートを履いた女性が立っていた。
「珍しいわね。こんな所で会うなんて」
「そうですね。では失礼します」
腕を掴まれた。
「待ちなさいよ。私の顔を見ただけで逃げるなんて」
「逃げてはいません。他のコーナーに行こうと思っただけです」
「もう。ところで麗人は何か本を探しに来たの?」
「いえ、夏休みの宿題が午前中で終わったので久々に外に出たくてここに来たんです」
「そうかぁ、私は練習問題と参考書探しに。今の内から受験対策していれば来年慌てなくていいからね」
流石だ。伊達に一学期末考査一位を取れたわけじゃないという事か。
「そうですか。それは大変ですね。ではこれで」
「ちょっと待ってよ。せっかく偶然に会ったんだから、お茶でも一緒に飲もうよ」
「でも」
「いいでしょ」
「先輩買い物があるんじゃ」
「いいの。ほらもう買ってあるから」
確かに先輩の持っているバッグの中には練習問題らしきものが二冊入っていた。確かに家が近ければこういう所で会う確率も高くなるか。
このまま無理して家に帰ってもやる事無いし、夏休みならそうそう同じ学校の生徒に会う事も無いだろう。
「分かりました。行きましょうか」
「えっ、ほんと!」
「ほんとって、先輩が行こうと言ったんでしょう」
「そ、そうね」
まさかOKされるとは思わなかった。
俺達は、一階下にある喫茶店に入った。女性が圧倒的に多い有名なお店だ。店の中でサングラスに帽子も無いと思い、外して入ろうとすると
―えっ!だ、誰?
―背が高いし、モデルさんかな?
―でも見た事無いわよ。
―でも素敵ねー。同じ女性なのに全然違う。
俺達が席に座ると凄い注目だ。いつもの事とはいえ、慣れない。
「ふふっ、麗人って何処に行ってもこうなの?」
「残念ながら」
「まあ、その容姿じゃ仕方ないわね。でもここでは女性っぽくしておいた方が静かでいいかも」
「…………」
なんて答えればいいんだ。どう見ても俺は男だろ。
二人でアイスレモンティを注文してから
「ねえ、麗人。夏休みの間の水やりなんだけど、七日と二十一日よね。もう一日来れない?」
「どうしたんですか?」
「佐久間さんと二十九日に一緒に水やりした時、十四日は水やりに来れないと言われたのよ。私一人でも何とか出来るけど、この暑さで一人でやるのは厳しくて」
「十四日は出かけるので無理です。一日前なら良いですけど。この日差しでは、花達も水を早く欲しいでしょうから」
「分かったわ。じゃあ十三日という事で。ふふっ、麗人ってほんと優しいのね」
「花にですけど」
「私には?」
「ここで一緒にアイスレモンティを飲んでいるから優しいと思いますけど」
「なんか、引っ掛かる言い方よね」
「そんな事ないです」
先輩と一時間近く話してしまった。こんなに長く話したの初めてだけど、普通に高校二年の女子高生という感じで映画の話や、好きな本の話、夏にあるイベントの話とかしていた。
こうして居ると二十五日に無理矢理家に来た時とか学校での対応が嘘の様に普通の女の子という感じがする。
スマホの時計を見るともう午後三時だ。
「先輩、そろそろ出ましょうか。もう少し本屋で本を見たいので」
「うーん。もっと一緒に居たけど。今日はいいかな。本当はこの後の買い物に一緒に来てくれると嬉しいんだけど」
「それは駄目ですね。一人で買い物して下さい」
「ふふっ、見せたかったのに。私の新しい水着」
「先輩!」
何てこと言うんだ。この人は全く。
珍しく素直に別れた九条先輩の後姿を見送ってから本屋に戻ろうとすると
「ねえ、君ちょっと話良いかな。私、こういう者なんだけど」
どこかのスカウト会社らしい名刺を突き出しした。
「結構です」
「でも話位」
「結構です」
無視して本屋に行こうとすると前からまた
「君、僕こういうものなんだけど」
この人も同じだ。仕方ない本屋は明日にするか。
その後の三日間も同じような目に遭いながら本屋で問題集と好きな小説の本を二冊買って、後は家で過ごした。中学からずっと同じだけど、何かいい方法ないのだろうか。
―――――
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