第70話 夏休みは忙しい


 俺は、夏休みに入って直ぐに宿題に取り掛かった。今日はまだ二十一日だ。何とかなるだろう。


 朝は、六時に起きて一時間程宿題、午前七時に美麗や両親と一緒に朝食を食べて少し休んで午前八時から午前十二時まで宿題。


お昼を美麗と一緒に食べて、また午後一時から午後三時まで宿題、三十分の休憩の後、午後六時まで宿題というスケジュールだ。


 夜は、ご飯を食べ終わってお風呂に入った午後九時から午後十一時まで宿題。自分ながら凄いと思っている。


 本当は健吾や雫と一緒にのんびり宿題やって夏休みを満喫しようと思ったのだけど、今更仕方ない。


 美麗も同じ考えらしく、昼間は自分の部屋で宿題をしているらしい。偶に優美ちゃんが来て一緒にやっている。


 俺もそうしたいけど健吾や雫が来れば当然話は夏休みの遊びになるし、あいつらは夏休み中の部活もある。集中出来なくなるから我慢するしかない。



 何とか、必死なって終わらせたのが二十八日だ。明日から三日間、渡された台本の自分が出るページをマークして本読み。セリフは少ないけど、同じ場面の相手の事も知っておかないといけないのは三月に出演したドラマで知っている。



 そして八月一日、午前八時に薄井さんが俺とお母さんを迎えに来た。行先は映画撮影会社。

 着いて直ぐにスタッフを紹介された。結構な数の人が居る。これでも全員じゃないと言うから驚きだ。


 この日は、俺の出演する場面の台本確認と読み合わせだ。これだけでも一日中掛かった。家に帰ったのは午後九時を過ぎていた。


 これは仕方ないのだが、なんとこの映画に準ヒロイン役みたいな女の子が居て、聞くと高校一年生らしいけど、その子がやたらと俺に懐いて来る。


 名前は芦屋真名(あしやまな)さん。本人曰く、同じ場面で演技する事が多いから早くメンタル面で溶け込む事が必要だと言っていた。


 本当なのか知らないけど、その子は小さい頃からテレビや映画に出ている有名な女優さんだ。だから言い返せない。



 そして、次の日から撮影が始まった。日本に到着した場面からだ。一部を空港で撮って、他は全く関係ない所で撮る。


 最初は、長い髪の無口な女性を演じる。髪の毛は勿論ウィッグ。後メイクさんが俺の顔に化粧をする。自分の顔が変わるのは何とも言えない気分だ。


 周りの人が目を見張りながら美しいと言ってくれる。俺は男だと心の中で叫ぶしかない。


 移動も大変だ。連続した場面を取るのではなく、空港で撮る場面は女性殺し屋が来日した時の場面とか、国外に出る時の場面とか、逃げる場面とか、一見、空港で撮っている様だけど、本当は全然関係ない所で撮って、編集してそれっぽく見せるのだそうだ。


 これが、午前五時、まだ人通りの少ない街中とか、午後十時の暗い時の街中とかで撮る。スタッフも大変だ。警備会社の人が協力してくれる時もある。



 こんな事を毎日繰り替えす。でも俺が出ずっぱりで出演する訳じゃないから、お母さんの場面の時とかは、見ているだけだ。


 そんな時だった。

「ハイ、レイト。ソティーブンだ」


 いきなり声を掛けられた。振り返るとそこには俺と同じか少し大きい位だけど俺と違いがっちりとした体をしている男が立っていた。

「ほう、確かに美少女だな。ほんまに男なんか」


 変な関西弁使って来る。俺が呆れていると、マネージャらしい人が

「すみません。いきなり声を掛けて」

「何言うてんのや、挨拶しだけやで」

「セガール。いきなりは駄目でしょう」

「えーやんか、なっ、レイトはん」


 俺の前で体の大きな男と女性が訳の分からない会話をしていると監督さんが来て

「早乙女君、こちらが共演する、ソティーブン・セガールさんだ」

「初めまして、早乙女麗人です」

「ユーとは一度手合わせしたいね。撮影、楽しみにしているよ」


 そのまま笑いながら撮影場所から出て行った。何だあれ?


 そして次の日は、トミ・クルーズが現れた。この人は見た事が有る。背が低い人だけど、年の割には可愛いく見えた。


 更に次の日に、オーノルド・シュワルツェネッガーがやって来た。身長は俺と差が無いが、ソティーブンのより筋肉質でゴリラな感じがした。この人も

「レイト、早く君と戦いたいよ」

 と言って、撮影現場から出て行った。何なんだアレ?



 帰りの車で薄井さんが、

「麗人君、凄いね。三日連続国際俳優から挨拶受けるなんて。みんなあなたのとの共演を楽しみにしているんだわ」

 どう受け取って良いか分からない。



 その後も撮影は続いた。トミ・クルーズは諜報機関からの連絡役、ソティーブンは、俺のターゲットを守る役、そしてオーノルドは、お母さん属する公安の外部協力者という役だ。


 それぞれに絡みや格闘シーンが有って大変だった。スタジオで体を宙ずりにして飛んでいるシーンやソティーブンと格闘する場面も有ったけど、あいつ台本に無い動きで思い切り攻めてきたりして。それに寸止めしない。本当に思い切り当ててくる。


シュッ。ドカッ。

「ヘイ、レイト。カモーン」


ビシッ。ギシッ。

ギュン。ドスッ。


 俺も頭に来て本当に打ち込んだりしてしまったけど、流石にそれを見た監督や脚本家が焦って、止めてくれた。


 ソティーブンは笑いながら

「いい筋をしている。こんどは道場で手合わせだ」

 とか言っている。もう呆れるしかなかった。


 しかし、出ている場面で長い髪の毛を付けながら格闘するのは、中々大変だ。いつもより動きが鈍くなる。


 そこで、秀子さんに頼んで、俺の出番が早く終わる時に、無理言って道場で長い髪のウィッグを付けながら稽古をして貰った。やはり動きが悪い。


 でも秀子さんは、手合わせしながら

「麗人、このまま区役所に行きましょうか」とか

「素敵だわ。今日は夜空いているんでしょう」とか

 言って来る。未成年を誘ってどうするの?俺はその言葉に言葉では無くて蹴りや正拳で答えるけど、笑いながら


「本気よ」

 なんて言って来た。でも秀子さんのお陰で、タイミングのずれの原因が分かった。これであのソティーブンやオーノルドとの格闘シーンの時に、動きにずれが出ないだろう。


 そしてここだけは格好だけだったが、髪の毛をウィッグでショートにした俺が狙撃ライフルを構えてターゲットを道路向かい側の三つ隣のビルから撃つシーン。


 まあ、何というか、寝撃ちというそうだが、恰好だけでも指導して貰って雰囲気出すのに三十分以上かかってしまった。


 更にケースから狙撃ライフルを出して、組み立てる所とか、狙撃が終わった後、素早くばらして、薬きょうを拾うシーンとか、プロの狙撃手を意識した動きを出すのにこれだけで二時間。初めての事ばかりで大変だった。



 しかし、撮影現場と家の間を薄井さんの車で行ったり来たりしながら夢中で撮影に参加している間にあっという間に夏休みが終わってしまった。



 あの外国人達も自分の場面が終わると順番に帰国したけど、帰り際に、三人が三人とも

「レイト、次はホリウッドだ」

 と言って帰って行った。


 俺、言われる度に絶対に行かないからと心の中で固く誓ったけど。撮影だってもうこれが最後だ。



 だけど、俺にはもう一つ気になる事が有る。芦屋真名だ。

 彼女とはいくつかの場面で一緒に撮影する事が有ったが、何故か俺をお兄様と呼んで来る。美麗が聞いたら凄く怒りそうだけど、その子が気になる事を言っていた。


「ねえ、お兄様、高校は何処なの?」

「都立星城高校だけど」

「私は京王高校。転校しようかなお兄様の高校へ」

「あははっ、そのままいれば京王大学にエスカレータ式に行けるじゃないか。都立の進学校に来る必要無いだろう」

「ううん、私は医者になりたいの。京都の大学に行きたいから京王大学は興味ない。だからお兄様の高校がぴったり」

「あははっ、今の高校のが良いよ」

「そんな事ない」


「芦屋さん、撮影です」

「はーい」


 こんな子が転校してきたら、今の高校が益々混乱する。絶対に来ないでね。



 夏休み、最後の撮影の後、家に帰って来たけど、もう午後九時を過ぎている。明日は登校初日だというのに。


 俺大丈夫かな。


―――――

話中に、聞いたような名前の方や地名が出てきますが、気の所為です。方言についてのご指摘はご容赦下さい。

この作品を読んで、笑っちゃうとか、なんじゃこりゃと思われた方ぜひフォローと★★★(ご評価)を頂けると嬉しいです。ご感想もお待ちしております。

宜しくお願いします。 

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