第115話 麗人の選択
三学期になりいよいよ受験本番の季節となった。始業式の週末の土日、早速、大学入学共通テストが有った。
一日目、二日目と臨んだテスト科目は、問題量の多さに驚いたが、事前に練習した多問題を早く正しく解答する方法が功を奏して、何とか全問解答した。
翌月曜日は、公開されている解答で自己採点だ。朝、学校に行くと皆神妙な顔をしている。芦屋さんは仕事で来ていない。
「麗人、どうっだった?」
「難しいし問題の量は多いし、英語のヒアリングで聞きにくい所は有ったしと、はっきり言って大変だった」
「俺もだよ」
「私も、これからやる自己採点が怖いよ」
「麗人さん、一緒に頑張ったんです。大丈夫ですよ」
「文子さん、そう言われても」
そして行なった自己採点。俺は六百九十五点、健吾が六百八十五点、雫が六百九十点となんとか安全圏に入った様だ。
ちなみに文子さんは七百二十五点、流石点王子高校。望月さんも六百八十五点と見事だ。
「麗人さん、これで一緒にキャンパスライフ過ごせますね」
「まだ個別試験が有ります。その結果が分かるまで気は緩められません」
「大丈夫ですよ。私と麗人さんなら」
ここに芦屋さんが居たら、また言い合いが起きそうだが、望月さんは平然としている。やっぱり火種はあの人なのかな?
教室の中は、安堵の顔の人も居れば、心配顔の人も居る。このクラスは一応この学校の理系トップのクラスだから全然駄目だって人はいない様だが、俺も含めて志望校に入学できるかは別問題だ。
この点数と内申が有れば第一次選抜で落ちる事は無いだろうけど。後は個別試験に向けて大学入学共通テストで取れなかった問題の見直しと過去問をこなして、ここ数年の教科毎の問題傾向を解き慣れるしかない。だけど俺にはもう一つ大切な事が有った。
家に帰ってから美麗に
「美麗、七瀬由紀子さんと話をしたいんだけど、何とかならないか?」
「由紀子ちゃんと?どうして?」
「いや、ちょっとな」
どういう事?お兄ちゃんが由紀子ちゃんに何の用事があるの?でもお兄ちゃん実質登校するのは後一ヶ月もないし。うーん。断る理由無いしなぁ。
「由紀子ちゃんは私とペアだから、今度の金曜日なら良いよ。私がいてもいい?」
「それは構わないけど」
どう見ても居てはいけない雰囲気。でもなんで由紀子ちゃんに?
金曜日は、塾の無い日だ。俺は美麗と七瀬さんの水やりを手伝った後、園芸部室兼倉庫で美麗がいる前で
「七瀬さん、スマホの連絡先交換して貰えないか?」
「「えーっ!」」
お兄ちゃんからそんな言葉が出るとは思っても見なかった。由紀子ちゃんも驚いたようで、
「せ、先輩。熱でもあるんですか?」
そう言って、由紀子ちゃんがお兄ちゃんのおでこに手の平を乗せた。
えっ?!
信じられない!家族以外の人から肌を触られているのに苦笑いしているだけなんて
「熱はないよ。連絡先交換していないとここを卒業してから会えなくなってしまうから」
「「え、え、ええーっ!」」
また二人で驚いた。
「お兄ちゃん、それって」
「ああ、七瀬さんとは大学に入ってからも会いたいなと思って」
はっきり言って、ショックだった。私もお兄ちゃんが大好き。法律なんてどうでもいい、いずれはお兄ちゃんと一緒になるつもりで居た。
秀子さんやセガールさんそれに芦屋さん達だけがお兄ちゃんの頭の中で困っている事と思っていたのに。
まさかお兄ちゃんの心の中に由紀子ちゃんが座っていたなんて。でもあの人達と違って由紀子ちゃんに駄目なんて言えない。でも由紀子ちゃん困っている。
「早乙女先輩、とても嬉しいです。本当に嬉しいです。でも私は一介の高校一年生ですよ。何の取柄も無い女子高生ですよ。そんな私とスマホの連絡先交換したいんですか?」
「ああ、七瀬さんとスマホの連絡先を交換したい」
由紀子ちゃんが私を見た。言うしかないよね。
「由紀子ちゃん、お兄ちゃんとスマホの連絡先交換してあげて」
「美麗先輩…。分かりました」
私は、園芸部にダーツの運で入っただけで喜んでいた。水やりの担当が早乙女先輩と一緒の時は、嬉しくて堪らなった。
でも早乙女先輩は有名人で、私の事なんか相手にするはずないし、いつもの会話も同じ部活の先輩後輩だからと気楽に話していただけなのに。これって、真面目に捉えていいんだろうか。私は連絡先を交換した後、
「先輩。これって、どういう意味に捉えればいいのかな?」
「七瀬さんは俺の大切な友達だ。だから偶には会いたいと思って連絡先を交換したんだ」
「分かりました。宜しくお願いします」
「こちらこそ」
美麗が複雑は顔をしているけど、同じ園芸部で先輩後輩の仲だ。下手に隠すより良いだろう。それに美麗には味方になって欲しい。
「じゃあ、水やりも終わったし、帰ろうか」
「「うん」」
俺と美麗、それに七瀬さんはいつもの様に校門まで歩いて行ったけど、七瀬さんの口数が少なかった。いけない事したかな。校門を出る時、
「先輩、受験頑張って下さいね。じゃあ、また」
「ああ、頑張るよ。じゃあ、またね」
車の横を通り抜けて駅に歩いて行く七瀬さんを見送ると美麗と一緒に紅さんの車に乗った。こういう事はマネージャである紅さんにも伝えておかないといけない。
「紅さん、七瀬さんと連絡先交換したから。俺の方から頼んだんだ」
「…分かったわ」
やはりこうなったか。でもセガールさん、芦屋より余程ましだ。あの二人のどちらかを選んだらマスコミの良い餌にされてしまう。さて東郷さんは?でも知る事も無いか。
「お兄ちゃん、由紀子ちゃん大切にしてよ」
「いや、大切にって言っても。友達だから」
「それはそうだけど」
悔しいけど、セガールさんや芦屋さんよりよっぽどいい。この事実知ったら東郷さんはどう出るのかな。もっとも彼女が知るとすれば手遅れになった時だろうけどね。
私、七瀬由紀子。あの早乙女麗人さんからスマホの連絡先を交換してくれと言われて、心臓が飛び出るかと思った。
嬉しくて堪らなかったけど、私が早乙女先輩と連絡先交換なんて怖い感じがした。だから心の中とは反対の事を言った。
それでも早乙女先輩は交換したいと言ってくれた。大切な友達だ。これからも会いたいって。それも美麗先輩の前でだ。美麗先輩も押してくれた。これって美麗先輩公認ってことだよね。
でもどうしよう。怖いな。絶対に誰からもバレない様にしないと。特に弟と妹には。あの二人も大ファンだから。
―――――
次話がエピローグになります。
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