第89話 春休みは塾で勉強です


 今日から春休みだ。俺は健吾と雫と相談して学校の最寄り駅から健吾達がいる方向に向かって四つ目の駅の近くにある智瀬田アカデミーという塾の春期講習に行く事にした。


 たった五日間のコースだけど、一学期から学校と併用で行く事になるからこれを受けておいた方が良いと三人で決めた。


 家からは少し遠いけど仕方ない。その代り健吾の家のある駅の隣、雫の家のある駅から二つ目なので、二人共近いと喜んでいた。


 勿論、行く前に紅さんから塾に対して俺が入塾するけど、塾側に許可して欲しい事があるとお願い事をした。


 教室の中でもフードをかぶってサングラスとマスクをさせて欲しい。俺の両脇にはいつも小早川健吾と東雲雫が座る。席は一番前のドアの近くにするという事。


 他の生徒からすれば背中しか見えない。そうしないと、身バレする恐れがあるからだ。

 勿論入塾テストも三人で個室で行わせて欲しいと言った所、何故か入塾テストは必要無いから来て欲しいと言われたそうだ。どうなってんの?


 一応申し込みは俺達三人で行ったんだけど、俺だけ黒のパンツ、フード付きジャージ。サングラスにマスクという怪しげな格好で行ったものだから車から降りたとたんに思い切り、周りの人が驚いた。でも直ぐに待合せていた健吾と雫が来て

「和夫(偽名)行こうか」

「ああ」


 受付カウンタに行くと、直ぐに俺が誰だか分かったのか塾長らしい女性の人が来て、


「こちらで手続きしますから」

と言って俺達を別室に連れて行った。


 その後、もう一人女性が一人入って来た。先に案内してくれた人が

「ここの塾長の北島です。申し訳ありませんが、本人確認の為、フード、サングラス、マスクを取って頂けますか」


 まあ、当たり前だよな。

「分かりました」


 そう言って俺がフードを頭から取ってサングラスとマスクを外すと


「「……………」」

 き、綺麗。映画で見た麗人様より本物はもっと綺麗。どうしよう。胸の鼓動が止まらない。(塾長ともう一人の女性の心の声)


「あの、どうかしましたか」

「えっ、あ、はい。手続きを進めましょう。紅様から早乙女様がここに入塾して頂くにあたっての条件は全て聞いております。

 担当する全講師には、話を通してあります。また、入口には私服警備員を絶たせて万が一にも問題が無い様にします」


「ありがとうございます」

「では、早速、この用紙の必要項目をお書きください。住所は書かなくて結構です。紅様からの言付けです。小早川様と東雲様は全てご記入ください」

「「「分かりました」」」


 俺達が全て記入し終ると後から入って来た女性が記載内容を確認して入塾の手続き書を持って行った。何故か胸に押し付けている。なんでだ?



 一通りの手続きが終わり、別室から出て帰ろうとすると、何故か、周りの人が俺をジッと見ている。まあ、こんな格好だから怪しまれるよな。早く帰るか。


―ねえ、あの人。

―似てるわね。

―フード被って、サングラスとマスクしても。

―多分そうじゃない。


 皆さん人違いです。


「和夫。早く帰るぞ」

「ああ、そうしよう」


 俺だけ直ぐに車に乗ったのだけど

―ねえ、見て。

―そうよねえ。普通の人があんな車で塾通いしないわよね。


 気が付かなかった。当たり前か。俺は紅さんに

「紅さん。明日から駅で降ろして貰えますか。健吾達と歩いて塾に行きます」

「その方が良いようですね。帰りも駅で待っています。でも何か有ったらすぐに連絡くださいね」

「分かりました」



 早速翌日から塾に通う事になった。塾のある駅で健吾と雫で待合せた。俺は駅に着くとサングラスとマスクを着けてフードをかぶりドアを開けて外に出た。二人共近い所為か待っていてくれている。

「健吾、雫。行こうか」

「おう」


「麗人、春から通う塾もここにするか?お前の所からだと大分遠いけど?」

「車で通うから良いよ」

「でも、問題があるわね。あの二人に気付かれない様にしないと」

「そうだな。望月さんはともかく、芦屋さんまで入塾された日には、簡単に身バレするからな」

「そうだな」



 俺はそのままの恰好で二人と一緒に教えられた教室に行くとドアの側に塾に似つかわしくない私服の体の大きい男の人が立っていた。


 俺達に気付くと軽く会釈をした。俺も軽く会釈をして教室に入って…。何故か俺達の方を見て驚いている。まあこんな格好しているからな。健吾が

「和夫、座るか」

「ああ」



 塾側で気を付けているのか、お願いした席には誰も座っていない。三人でそこに座るとやがて講師が入って来た。


 直ぐに俺達の方を見て、一瞬驚いた顔をしたが直ぐに授業を始めてくれた。最初の授業が終わり、次の授業の準備をしていると教室に居た女の子が


「ねえ、君って…」

「あっ、済みません。和夫は顔の病気で人に見せられないんです」

「そ、そうなの。それに和夫?」

「はい、彼の名前です」

「そ、そうなの」



 その子が、自分の席に戻って行くと


―ねえ、違ったみたいよ。名前も和夫って呼んでたし。

―そうなの。でも似ているんだけどなあ。

―フード被っているのって隠しているんじゃないの?

―顔の病気なんだって。

―ふうん。


 良かった。信じてくれたみたいだ。



 午前中の二コースが終わると外に出て、近くで予約してある個室型レストランに入った。少し高いけど仕方ない。


 中に入ると俺はフード、サングラス、マスクを取ると

「健吾、さっきのは良かったな」

「ああ、でもまさか塾で声掛けて来る人がいるなんて思わなかったよ」

「そんな事ないわよ。女の子だって男の子だって、気になる人には何処だって声掛けるわ」

「そんなものか?」

「そんなものよ」


 初めての塾なので分からなかった。午後からは一コースを受けて終りだ。本当は半地下にある自習室で復習と予習をしたいのだけど、流石に不味そうだ。


 仕方なく。駅まで三人で帰って二人は電車に乗って帰り、俺は車に乗って帰った。だけど車に乗る時にさっき声を掛けられた女の子に見られてしまった。


―ねえ、あの人。

―うん、どこかの金持ちの息子なのかな?

―だったら塾の入口まで来るでしょう。

―なんか変ね。



 直ぐに車の中に入ると

「早乙女君、気付かれてなかった?」

「取敢えず今日は大丈夫だった様です」

「それは良かったわ」



 俺を疑っていた女の子もそれ以来声を掛けては来なく、何とか五日間の春期講習が終わる日、三人で一学期からのコースの申込用紙を貰う為に受付カウンタにあるパンフを取ろうとした時、


「あっ、小早川君に東雲さんここに来ていたの?あれ、早乙女君凄い格好しているね」


 まさかのまさかだ。何で望月さんがここに居るんだ。別のコース受けてたのか?


―えっ、早乙女?!

―やっぱり。


「麗人、急いで帰るぞ」

「ああ、雫も行くぞ」

「うん」


「待ってよ。麗人」


―早乙女…麗人?

―まさか、本物?


「行くぞ」


 不味い。なんか凄い数の人が追いかけてくる。俺は走りながら紅さんにスマホで


『済みません。身バレしました。三人で乗ります』

『分かったわ。エンジン掛けて待っている』



 健吾も雫も部活をやっている所為か足は速い。急いで駅に行って、ドアの開いている車に三人で急いで乗ると

「直ぐに出るわよ」

「「「はい」」」


 紅さんが駐車レーンから急いで一般道に出るとそのまま走った。追いかけて来る人が見えなくなると


「参ったな。まさか望月さんが居るとは」

「多分一学期からのコースの申し込みに来ていたのかも知れない」

「だとすると、もうあそこは無理だわね」

「ああ、また新しい塾探すしかない」


 仕方ないかぁ。でもあの状況だったら普通声掛けるよな。


 その後は、健吾、雫の順で家まで送ってそれから自分の家に戻った。


 明日から四月だ。早く映画の反響が収まってくれないかな。


―――――

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