第10話 (挿絵あり・涼子Side)推しトーク on Street
(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330663741349864)
金吾の無事を確認し、彼が空李さんにお礼を約束したのを見届けると、私は空李さんと金吾の部屋を出た。
お礼だなんだと私が口を挟むのはお節介が過ぎると自覚はある。
だが金吾の様子からして放っておくと何もせずお別れしかねない。
それがもどかしくてつい口を挟んでしまった。
「えへへ、金吾の連絡先ゲットしちゃった。推しと繋がれるなんて夢見たいですぅ」
隣を歩く空李さんは胸を弾ませている。
「涼子さん、ありがとうございました! 涼子さんのおかげで推しと繋がれました!」
「私は大したことしてないわ。むしろこちらこそ、変な勘違いしちゃってごめんね」
気が動転していたとはいえ、この子と金吾がワンナイトしたと誤解してしまった。
でも私の言い分も聞いてほしい!
心配して早朝から尋ねた男の部屋からこんなに可愛い女の子が出てきたんだもの。誰だって驚くでしょ?
しかも空李ちゃんは涙を堪えた顔をしてた。
そんなの見たら、絶対部屋で何かあったと思っちゃうでしょ?
「異常なし!」って思うはずないじゃない!
まぁ、結果的にあいつには悪いことしてしまったから、今度きちんと謝らないと。
「でも良かったんでしょうか? 金吾はそっとしといてほしいって最初言ってたんですが……」
「彼のお礼したいって気持ちは本心からよ。だからそれは受け取ってあげて」
バンドクビになって結愛に浮気されて辛い気持ちも分かるけど、人として通す筋は通さないといけないわ。
ましてずっと応援してくれて、クビを同情してくれるファンに助けてもらったんだもの。
誠意ある対応をすべきだ。
それに、そもそもあんたはそういうやつでしょ、金吾?
「でもまぁ、一人になりたいって気持ちも本心よ、きっと。大変な目に遭った後だから心を落ち着けたいだろうし、今後のことも考えたいでしょう」
「今後……ですか。金吾どうするんでしょう? まさか音楽やめちゃうんですかね?」
空李さんは雨に濡れた迷い犬のような物憂げな顔をして俯いた。
彼女は随分昔からリコネスを追っかけているそうなので、追いかける対象を見失って悲しいのだろう。
「だ、大丈夫よ! 金吾のことだもん、音楽やめたりしないわ」
そんな彼女が可哀想で、つい気休めを口にしてしまった。
でもこれは半分私の願望で、半分は信頼。
「あいつは暇さえあればギター弾いてるし、ギターが無い時は曲のこと考えてるのよ。そんな金吾が音楽から離れるなんて考えらんないわ」
「そうなんですか?」
以前、結愛と一緒に金吾の部屋にお邪魔した時は「待っている間暇だったから」という理由でギターの練習をしていた。
また、電車の中で彼を見かけると大抵手帳を広げて曲や詞を必死にメモしていた。
そんな彼のことだ。信彦や結愛のことを恨んでも音楽まで嫌いになるとは思えない。
「暇で暇で仕方がない時は無意識で指のストレッチしてるし」
「そうなんですか!?」
これは実際に目撃して何をしているのか聞いたので間違いない。
「ひえぇ……金吾って想像以上のギター好きなんだ。軽音部の友達も大概ギター好きだけどレベチです」
「そうそう、常人からしたら狂気の域よ」
慄く空李ちゃん。私も金吾の音楽バカぶりを悟った時は同じような顔をしたものだ。
それを思い出し、つい吹き出してしまった。
「そんなやつだから、見る目のある人に見つけてもらえたのよ……」
一転、私は湿っぽい声で呟いた。
音楽の才能が彼にはある。
一応、私も子供の頃にピアノをやっていたから音楽の心得はある。でも自分には才能が無いと失望してやめてしまった。
その時の自分は『才能』という言葉の本質なんて考えもせず安直な決断でドロップアウトした。
自分はこれ以上は上手くなれないし、上達しても上には上がいると諦めてしまったのだ。
でも、才能というのは体質やセンスや技術ではないと彼から学び、浅はかだった自分を省みた。
意志を持って自分の中にビジョンを描けること。
それに向かって直向きに走る、常人には狂気にしか見えない熱意。
きっとそれが才能というもの。
リコネスのデビューが決まった時、彼にあって自分に無いものを知り、そう学んだのだ。
まぁ、これも昔みたいに達観した気になってるだけかもだけどね……。
「だから、あいつが音楽の愛情を失わない限りはリコネスと別の形でのデビューがあるって信じてるの」
「わ、私も信じてます! 金吾ならきっと武道館まで行けます!」
根拠の乏しい私の期待に、空李さんは間髪入れず同意してくれた。
私たちはどちらからともなく手を取り合う。
うん、この子とは気が合う。
「涼子さん、それまで金吾のことを応援してあげましょうね!」
「もちろん! あぁ、でも今は充電期間中だからもう少しだけそっとしておいてあげましょう、マイペースなやつだから。雪が降るか桜が咲くかしたらインスピレーションが湧くんじゃないかしら」
「確かに! 彼らしいですね!」
花とか雪とか星とか、自然物は金吾の好きなモチーフだ。
それらを肌身で感じればまた楽器を取りたくなるだろう。
「それまではバカなことしないようそっと見守ってあげましょう」
「バカなことって?」
「んー、ドラッグとか女とか?」
「うえぇ? 金吾はそんなものに手を出しませんよ!?」
「そう信じたいけど、やけっぱちになった人間は何するか分からないものよ……」
『人はある日、突然犯罪者になる』
これは刑事をやっている父親の弁。
金吾に限ってそれはないと信じたいが、深く刺さった父親の言葉は蔑ろにできない。
だからこういった話に関して私は現実主義者になってしまう。
金吾も人間だから道を踏み外すかもしれない。だから悪い結末にならないよう、できるだけ近くにいたい。
友人として、ファンとして
「そうだ! だったら私と涼子さんで金吾のこと元気づけてあげましょうよ!」
突然空李ちゃんがそんな提案をする?
私はすぐには理解できず首を傾げた。
「元気づける? 何をするの?」
「んー。一緒に美味しいもの食べたり、お買い物したり、映画見たり。遊んでるうちにきっと元気になりますって!」
なるほど、気晴らしに連れていってやるということか。
塞ぎ込んでると引きこもりがちになるから悪くない案だと思う。
「三人で温泉なんかどうですか!? 寒い季節ですから、温めてあげると気持ちもポカポカしますよ」
さ、三人で温泉!? 私たち二人であいつを温めてあげるの!?
確かにそれは元気が出るでしょうね!
山海の美食に舌鼓を打ち、風光明媚な景色と地酒を楽しみながら浸かる温泉は傷ついた心を癒すことでしょう。
で、でも女二人に挟まれて混浴したら別なところが元気になっちゃうんじゃ……。
うーん、さすがに裸は恥ずかしい。
気心知れた中ではあるけど、付き合ってるわけでもないし。
で、でもあいつが元気になるなら背中流すくらい……。
「今度スーパー銭湯に三人で行きましょう!」
「え、スーパー銭湯?」
……ですよねー。混浴なわけないですよねー。
何を私は突っ走った妄想してるんだか……。
「まぁ、楽しそうだけど、空李ちゃん受験生でしょ? そんなことしてていいの?」
「あう。金吾にも同じこと言われました……。で、でもせっかく金吾と連絡先交換したから、ちょっとの息抜きに、なんて……あはは……」
そっちが狙いか!
でもまぁ、追っかけするほどのファンだもんね。どうにかして仲良くなりたい気持ちは分かるわ。
「空李ちゃんの受験が落ち着いて、あいつも元気になったら三人で遊びに行きましょう」
「はい! 楽しみにしてます!」
そんな約束と連絡先を交わし、私たちは最寄駅で別れた。
*
その約束が果たされるのはずっと先の話だと思ってた。
空李ちゃんの受験はまだ二、三ヶ月は続くし、金吾が元気になるのはいつになるか分からないから。
だが私の予想は意外な形で裏切られることになる。
それはもう少しだけ先の話だ。
†――――――――――――――†
金吾を心配するヒロイン二人のトークエピソードでした!
ラブコメのヒロイン同士って仲が悪いことが多い気がします。
(最近はそうでもない?)
何はともあれ、本作はキャッキャうふふな楽しいストーリー中心なので
今後も二人は仲良くしていく予定です。
次回、いよいよ三人目・美墨先輩の登場です。
†――――――――――――――†
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