第10話 可愛い可愛い後輩君?

 あくる月曜日、いつものように大学へ行くと入り口近くのキャンパスマップを食い入るように眺める男子学生が目に入った。


「えっと……八号棟は……」


 低めの身長に細身な体躯で総じて小柄。その上顔も小さいので一見すると女子学生のよう。黒縁のメガネ越しに地図と睨めっこする瞳は吊り目がち。派手さはないが特徴的な容姿の男子学生だ。


「八号棟はこの三号棟を抜けるとすぐに着くよ」


 俺はマップを指差してそう親切に教えてやった。


「あ、どうもありがとうございます」


「いやいや、良いんだよ、


「げっ!? 小早川金吾……」


 が、彼は俺の顔を見るなり苦虫を噛み潰したような顔を作った。

 対して俺はお気に入りのおもちゃを見つけた気分になって心底愉快だった。抑えきれずニンマリ笑っちゃうくらいだ。


「こらこら。先輩を呼び捨てにするもんじゃないよ? 『さん』か『先輩』をつけないと。これ、世の中の常識ね。ほら、言ってごらん」


 だがその言葉遣いは感心しない。なのできっちり先輩らしく指導する。


「ぐぬぬ……。小早川……さんぱい


「人を厄介なゴミみたいに呼ばないでよ」


『さん』と『先輩』が混ざって『さん輩』か。まぁ、合格ということにしよう。


「委員長、久しぶりじゃん! 北斉大受けてたんだ! 合格おめでとう!」


「あ、ありがとうございます……。小早川先輩もここの大学だったんですね」


「そうだよ! またよろしくね!」


「はい、よろしくです……」


 委員長は言葉こそ慇懃だが目に見えてゲンナリした。明らかに再会を喜んでる顔じゃない。

 まぁ、この反応予想通りだけどね☆


 委員長こと遠藤美智雄君は同じ高校の一個下の後輩だ。生徒会に入って風紀委員長を務めた真面目君である。


「委員長、何かサークル入った?」


「いえ、まだどこにも」


「えー、入りなよ! 友達たくさんできるよ! あ、俺の入ってる紅茶同好会入る?」


「入りません。なんですか、その緩そうなサークル」


 キャハ、断られちゃったぞ☆


「ていうか『委員長』て呼び方やめてください。もう風紀委員じゃないんですから」


「え、大学でも風紀委員長やるんじゃないの!?」


「やりません。大学にないでしょ、そんなの」


 漫才みたいなやり取りに委員長――もとい遠藤君は頭痛を訴えるように眉間に皺を寄せた。


 あ〜、この反応懐かしいなぁ〜。こうやって遠藤君を揶揄ってたあの頃が思い出される。


 お察しの通り、俺は遠藤君にウザ絡みをしている。なぜなら面白いからだ!


「そういえば先輩、入試の日ライブやってましたね」


「うん、やったよ! 見てくれた?」


「見るわけないでしょ、寒いのに。というかあんなことやって良いんですか?」


「いや、良くないよ。だから無許可のゲリラライブなんだよ☆」


「大学生になってもそんなことやってるんですか!?」


 呆れ返ってあんぐり口を開ける遠藤君。




 話をしよう。




 俺と遠藤君の馴れ初めは俺が高校二年生の頃に遡る。

 きっかけは軽音部のゲリラライブだった。もちろん信彦の思いつきだ。


 そこそこ盛り上がったが、無許可なため案の定一曲目が終わったタイミングで生徒会に中止を命じられた。その時、俺達にストップをかけたのが生徒会役員だった遠藤君だ。


 以来遠藤君はやれ「音がうるさい」だの、やれ「下校時間を守れだ」の、結愛に「化粧をするな」などとクレームをつけてきた。

 もちろん遠藤君が全面的に正しいので受け入れたが、やられっぱなしは面白くないので仕返しにリコネス皆でウザ絡みを始めたのだ。


 するとどうだろう、これが楽しいのなんの……。

 遠藤君は真面目だから上級生の俺達の揶揄い文句に一つ一つ反応を示してくれたのだ。

 打てば響くというか、いじりがいがあるというか。

 つまり彼はリコネスのおもちゃにされていたのだ。

 もちろんイジメにならない範囲でだ。


 三日連続で「髪切った?」とか、土砂降りの日に「傘貸して!」とか、委員長が腹痛の時に「今から飯行こうぜ!」と誘ったりとツッコミどころ満載のカラミをした。


 一番反応が良かったのは結愛をおんぶしてイチャつく俺が


「彼女作らないの?」


 と尋ねた時だ。

 その時の委員長は顔を真っ赤にして


「勉強があるのでいりません!」


 と強がったのだ。もちろん俺と結愛のイチャイチャには猛烈な注意を送ってきた。


 ……あぁ、懐かしいような辛いような。


 とまぁ、遠藤君と俺は昵懇じっこんの間柄なのだ。


「ねぇ、遠藤君」


「なんですか?」


「今からリコネスの飲み会あるんだけど行く?」


「今大学来たばかりですよね!? 僕未成年なのでお酒誘わないでください! あとそんな地獄みたいな飲み会絶対嫌です!」


 地獄とは失礼な。


「冗談冗談!」


「本気だったらガチヤバですよ……」


「リコネスは抜けたからもう三人で絡むことはないよ」


「え……」


 遠藤君の双眸が大きく見開かれる。


「抜けたって……嘘ですよね?」


 いつも冗談ばかり言ってるせいか、すぐには信じられないようだ。彼にとってリコネスは良い思い出のあるところじゃないだろう。だが知った顔ぶれなためか、捨ておけない情報な様子だ。


「これは本当。去年の十一月頃にね」


「それじゃあ松山さんとは?」


「別れたよ。色々あってね」


「そうですか……。それは残念でしたね。バンド活動もやめちゃって、なんだか先輩じゃないみたいです」


 両目を細めて俯く表情からは本気で俺を心配してくれているのだと察せられた。なんだかんだで彼は良い後輩だ。


「それなんだけど、リコネスはやめたけど実は新しいバンド組むことにしたんだ」


「そうなんですか?」


「うん。と言ってもまだメンバー集めの段階なんだけどね。今年の文化祭に出場するだろうから、その時は見にきてね」


「はぁ、分かりました。頑張ってください。でも人に迷惑かけちゃダメですよ? ゲリラライブも、下手したら大学側から処分されるかも」


「相変わらず真面目だなぁ」


 とはいえ心配してくれているのは嬉しい。彼とまた先輩後輩になれたのは喜ばしいことだ。色んな意味で。


 *美智雄Side


「はぁ……まさかまたあの人と会うなんて……」


 始業時刻ギリギリに教室に入った僕は後方の空いている席に着座してため息をついた。座席はほとんど埋まっており、教卓では教授がプリントの配布の準備を進めていた。


 小早川金吾……先輩。


 正直面倒くさい先輩だ。

 昔からウザ絡みして僕の反応を楽しむ変な先輩だ。

 もっとも、そのウザ絡みはバカみたいなジョークばっかりで悪意に満ちた言葉の暴力などではない。ただいちいち反応するのにも疲れは出る。

 なので会わないに越したことはない。


 だが大学で……いや、高校でさえ友達のいなかった僕にとってはほとんど唯一と言っていい知り合いだ。


 そんな先輩と会えて嬉しいと思っている自分が…………いるのかな?


 小早川先輩のことは好きでも嫌いでもない。強いていうならウザい。しかしそんなウザい先輩だが、先輩らしいこともしてくれた。

 定期試験の過去問コピーさせてくれたり、大学受験の問題集や対策ノートを全部くれた。恩着せがましく押し付けてウザかったけど、おかげで勉強はすこぶる捗った。


 それでも……面倒臭さがかなり勝ってるな、うん。

 僕は目立たず無難な学生生活が送れればそれで良い。


 まったく、よく分からない人だ。


「やばい、遅刻遅刻! 遠藤君、隣空いてる?」


 始業と同時に後方の入り口から入ってきた女子に尋ねられる。


 そういえば、知り合いは一人できたんだった。


「う、うん、空いてるよ……校倉さん」


 不恰好と分かっているのに自然と声が上擦ってしまう。

 その声を聞くだけで心臓の鼓動が激しくなり、顔がぽおっと熱を帯びたのだった。


 隣に座ったのは校倉空李さん。先週頭に開催された新入生オリエンテーリングのグループワークで一緒の組になった女の子だ。優しく接してくれたおかげで人付き合いが苦手な僕でもその場に馴染めたので本当に感謝している。


 そんな彼女のことを想うと……胸が苦しくなってしまう。


「校倉さん。今日はなんだか機嫌が良いね。何か良いことでもあった?」


 筆記用具を取り出す校倉さんはなぜかニコニコしていた。ずっと見ていたくなるくらい可愛い表情の理由がどうしても知りたかった。


 校倉さんは観察してたことを不審がるでもなく、むしろよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにあけすけに語った。


「分かる? 実はね、バンドメンバーに誘ってた人からOKの返事をもらったの!」


 ルージュを塗った唇から白磁が覗く。満面の笑顔から嬉しさの丈がよく分かった。無関係なことなのに僕まで嬉しくなってしまう。

 この人もバンドか。大学生になるとそういう派手な活動を皆したがるのかな?


「それは良かったね。バンド活動は始められそう?」


「うん! その人はドラムで、ギターは確保済み。私がベースボーカルするからスリーピースとしてやってけると思う」


 それは暁光だ。校倉さんはきっと楽しく大学生活を送れるだろう。


 だがふと気になることがある。


「OKした人って男?」


「ううん、女の人だよ。どうして?」


 きょとん、と子犬みたいに首を傾げられる。その仕草にまた胸が疼き、耐えられず僕は黒板を見るふりをした。


「いや、なんとなく聞いただけ」


 本当に何を気にしているんだ、僕は。


 まぁ、良い。それよりも、今日こそは校倉さんを誘うんだ。


「ね、ねぇ。校倉さん」


 勇気を出して切り出す。小さな手のひらでペンをくるりと回す校倉さんの視線がこちらを向く。


「その……良かったら講義終わったらお昼でもどうかな?」


 バクバク、と心臓が過去一番激しく脈打つ。

 自分から食事に誘うなんて生まれて初めてのこと。しかも相手が女の子だなんて……。


「ごめんね、お昼はバンドの人と外で食べることになってるんだ」


「あ、そうなんだ」


 綺麗に整えられた眉をハの字にして謝る校倉さん。勇気を出して誘ったのに、呆気なく断られてしまった。


 望みが薄いことは分かっていた。

 校倉さんは明るい性格だから学科のほとんどの学生とは友達で、僕は所詮そのうちの一人。

 校倉空李というヒロインの物語に登場するモブキャラなんだ。


 だからそんな顔をしないでほしい。

 僕は君の笑顔をもっと見たくて誘ったんだから。

 僕は……君が好きなんだから……。


†――――――――――――――†

 新キャラクター、しかも男!

 遠藤美智雄君初登場のエピソードでした!

 これから彼が金吾と空李達とどのように関わっていくのかご期待ください!

†――――――――――――――†

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