第25話 先輩とお泊まり(1)

「えぇ!? ここ、ラブホテルなんですか?」


 目を白黒させて困惑する先輩。


「ラブホテルってもっとお城とかリゾート風の建物じゃないんですか? ここは建物が四角いので普通のホテルなのでは……」


「いや、ラブホ全部が奇抜な建物とは限りませんよ」


 北斉市の繁華街にはビジホっぽいラブホがいくつもあるし。


「そ、そうでしたか……。ラブホテルだったんですね……」


 かぁっと顔を赤くして視線を泳がす先輩。


 やはり気づいてなかったか。と違って緊急事態につきラブホテルに入るなんて発想をこの人がするはずない。当然、ハプニングにかこつけて俺を連れ込むなんて真似するはずもない。だからただのホテルと勘違いしているのは分かってた。


 気まずい沈黙が漂う。恋人でもない女子とピンク色の話題を交わしたことのない俺には困る時間だった。


 いや、それよりも代わりの宿を見つけないと。線路が土砂で崩れているので雨が上がっても立ち往生に変わりはない。


 どこか、どこか屋根のある場所を……


 俺が必死に宿を探しているとポツリと先輩が呟く。


「ラブホテルに行きましょう……」


 …………今、なんと?


 聞き間違いだろうか。ホテルに誘われたような……。


「マジですか?」


「マジです」


 聞き間違いじゃなかった!

 美墨先輩が俺をラブホテルに誘ってる!

 男女が裸でちょめちょめする場所に俺を誘ってる!


 いやいや、誘ってるのではない。落ち着け、金吾! 先輩はあくまで雨風を凌げる場所として提案しているのであって、決してイヤらしい目的があるわけじゃない。勘違いしてはいかんぞ!


「まぁ、そこなら雨風凌いで朝までいられますからね。でも先輩はいいんですか? 俺なんかとラブホテルに行って……」


「私には気兼ねする恋人なんていません。ラブホテルは不本意ですが今は状況が状況なので不可抗力です。それに……」


「それに?」


「小早川君なら大丈夫です……」


 ……大丈夫って何が? 俺とラブホテルに行っても良いと言うことだよね? でもそれってどういう意味?

 繰り返すがラブホテルというのは男女がちょめちょめする場所。具体的に言うと裸と裸でギシギシあんあんする場所だ。そんな場所に俺となら行っても良い問いことはつまり……


「小早川君なら私に手を出したりしないと信じてますので」


「ですよね! もちろんです、先輩が嫌がることはしませんよ!?」


 そんなことだろうと思ってましたよーだ! 所詮俺と先輩はゼミの先輩と後輩、同じバンド仲間。色恋沙汰の関係はないのです。一瞬でも期待した俺は色ボケでした!


「お客さん方、泊まる場所は見つかりましたか?」


 宿が決まったちょうどその時、駅員室に引っ込んでた駅員さんが飛び出してきた。


「もしまだ見つかってないならうちの兄貴がやってる民宿に行ってください。今電話で聞いたら泊まって良いそうです。あれ、お二人とも顔が真っ赤ですが風邪引き始めてますか?」


「え、あ、はい! ちょっと冷えちゃいまして! ぜひお世話になります!」


 地獄に仏。駅員さんのおかげでラブホテル行きは回避されたのだった。


 *


 雨は間もなく止み、俺達は教えてもらった民宿の住所を目指して歩いた。たどり着いたのは瓦屋根漆喰塀の民家のような小さな民宿だ。玄関には『民宿海野うんの』と墨で描かれた大きな看板が掛けられていた。


「ごめんくださーい。電話で紹介していただいた小早川です!」


「はいはい、いらっしゃい! 雨に降られて災難でしたね。ささ、お上がりください」


 奥から出てきた六十歳くらいのおばさんに迎えられ、ほっと一安心。急な宿泊でご迷惑かと思ったがなんとお優しいことか。商店街のおじさんからこちら、藻屑町ではいい人にしか会ってないぞ。


 いい人が住む町、藻屑町。移住したい。


 案内された部屋は八畳の部屋だった。小さなテーブルと小型テレビだけが置いてありこぢんまりした印象だが妙に落ち着く。これが和室効果か。


「雨で濡れてしまったそうで。お風呂沸かしてあるのでお一人ずつ、風邪を引かないうちにどうぞ」


「ありがとうございます。先輩、お先にどうぞ」


「いえ、小早川君こそ」


「遠慮なさらず。俺の思いつきのせいで風邪を引かせては忍びないので先に温まってください」


「そうですか……それではお言葉に甘えてお湯を頂きますね」


 先輩はなおも後ろ髪を引かれるような様子であったが女将さんと一緒に出て行った。


 ポツンと一人取り残され、大きなため息が出た。ずっと張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだ。

 ふと窓を見ると外に海が広がっていた。西の水平線を窺うと太陽が沈む準備を始めており、じきに夜が来る。


「旅にトラブルはつきもの、か。にしたって日帰り旅行で足止めとは運がないな」


 駅員さんの話では帰れるのは明日の朝の臨時バス。辺境の藻屑町から北斉市までバスで二時間弱はかかるので到着は昼前だ。

 明日は土曜日なので講義はないがバンドの合同練習のはずだった。しかしこの分では俺と先輩の出席は無理だ。今のうちに欠席の連絡を入れておこう。


 俺はスマホで涼子に電話を入れた。


『もしもーし』


「涼子、俺だ。明日の練習なんだけど、俺と先輩は欠席にしてくれ」


『え、先輩も? どうして一緒に欠席なの?』


「うむ、実はな……」


 俺は手短に経緯を話した。先輩の作詞のために藻屑町に来たこと。土砂で線路が塞がれ、一晩動けなくなったこと。地元の人の紹介で民宿を紹介してもらったことなどだ。


『それは災難だったわね。ていうか先輩に作詞させるの?』


「本人たっての希望だからやらせてみようと。作詞は素人だけど正直期待してる。さっきも歌詞が降りてきたっぽいし」


『そう。あんたがついてるなら言うことないわ。それよりもさ……』


 飄々としていた涼子の声がスッと冷たいものを帯びて座った。


『あんたら、同じ部屋に泊まるんじゃないんでしょうね?』

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