第24話 それなるはラブホテル

 悪い予想程よく当たる。


 海岸線から認めた雨雲はまっすぐ岸に向かって近づき、間も無く上陸した。


 余談だが雲が移動するスピードは時速四十から五十キロメートルでほぼ車と同じ速さである。もちろん雲の種類にもよるそうだが、あいにくと今日の雲は相当な頑張り屋さんであっという間に俺達に追いついてしまった。


「春のゲリラ豪雨なんて聞いてないよー」


「早く駅に行きましょう!」


 雲が空を覆うと一気に雨が降り出した。さすがに真夏のゲリラ豪雨ほど強くはないがそれにしてもこの時期にしては強い雨だ。

 俺達は小走りで藻屑駅を目指した。


 駅舎にたどり着く頃には二人ともずぶ濡れになっていた。シャツを絞ってみると足元に水溜りができるほどだった。


「先輩、濡れちゃいました……ね……?」


 先輩の方を見やると彼女もカーディガンを脱いで水を絞ってるところだった。それに集中しているせいで、今の自分の状況に気づいてない。

 どういうことかというと……うん、黒いブラが透けてる。ブラウスの胸元が濡れて張り付き、下着の色と形がくっきり分かるくらい透けているのだ。

 しかも先輩は北斉大学屈指のバストの持ち主。ただでさえ自己主張の強いお胸なのに張り付いたせいで隆起した様子がくっきりと分かるのだった。


「小早川君、どうかしましたか?」


「はっ!? いえ、その……服が透けてます」


「ひゃあ!?」


 ようやく自分の状況に気づいた先輩はカーディガンで胸元を覆い、さっと俺に背を向けた。良いもの見せてもらった気分だが非常に申し訳ない。重ね重ね申し訳ないが、背中も透けていた。


「すみません。見るつもりはなかったのですが」


「いえ、こちらこそお目汚しを……」


 お目汚しだなんてとんでもない! 先輩のその豊満なお胸は日本百名山に並ぶ素晴らしさですぞ!


 ……何言ってんだろ、俺。

 せっかく先輩と仲良くなれたのに、こんないやらしいこと考えて。

 先輩が男性嫌いとの噂は聞いていたから今まで警戒されないよう支線に気を配ってきたのに、こんな信頼を損なうような真似をするなんて。

 しかも先輩はバンド仲間だ。仲間を不快にさせるような真似は厳に慎むべきである。今からでも遅くない、せめて信頼を取り戻す行動を心がけよう。


「俺、タオルか何か買ってきます。先輩はここにいてください」


 売店にでも行けば日用品や土産物のタオルくらい置いてあるだろう。そう算段をつけた。

 だがあいにくとここは辺境の漁師町。駅に売店はないし、周辺にコンビニさえもない。行く手は雨に阻まれている。


 仕方ない、駅員さんにでも頼むか。俺は改札の窓口をコツコツと叩き、窓を開けた。


「すみません、雨に濡れてしまいまして。連れが風邪を引きそうなのでタオルを貸してもらえませんか?」


 天気予報を眺めていたハゲ頭のおじさん駅員は快くタオルを貸してくれた。俺は礼を言い、先輩の元へ戻る。


「先輩、どうぞ。風邪を引かないうちに」


「ありがとうございます。小早川君はお優しいですね」


「いえ、とんでもない」


 これ以上信用を損ないたくないがためにしている。ある意味下心だ。


「お客さん達、今から電車に乗るおつもりで?」


 先ほどの駅員さんがこちらにやってきて尋ねてきた。


「はい、次の電車に乗るつもりです」


「困ったなぁ。実はこの雨で土砂崩れが起こっちゃってね。それで線路が塞がれて電車が走らないんですよ」


「「えっ!?」」


 こんな悪い偶然ってある?


「復旧の目処は?」


「未定ですよ」


「他の交通手段はないのでしょうか? 北斉市に帰りたいんですが……」


「北斉行きのバスは一日二本で、最後のバスは一時間前に出ちゃいましたよ」


 な、なんてこった……。完全に立ち往生じゃないか……。


「鉄道会社から連絡がありましてね。明日の朝、臨時のバスを出すそうなので帰りはそれに乗ってください」


「それまではどこかで夜明かし……ですか……」


 俺はガックリと項垂れた。旅にトラブルはつきものだが日帰りでこんな事態に見舞われるなんて。


「小早川君、落ち込んでも仕方がありませんよ。今は一刻も早く泊まる場所を見つけないと」


「そうですね。先輩の言う通りです。早く宿を探しましょう!」


 俺達は早速スマホで藻屑駅周辺の宿を探し回った。だが辺鄙な土地で観光業も盛んじゃないので思うように見つからない。

 どうしたものか、と悩んでいると、


「小早川君、ここはどうでしょう?」


 先輩がスマホを見せてきた。マップのピンはここから徒歩で数十分の距離にあり、雨が上がればすぐに向かえるだろう。

 なかなか好条件だ。だが俺はすぐに承服しかねた。いや、むしろ絶対ダメだ。ここにだけは行ってはいけない。


 マップと一緒に写る施設の外観だが、倉庫や畑など人気のないエリアにポツンとそびえ、派手な外観にペイントされている。それは腰を落ち着けるためではなく、腰を振って楽しむための場所だ。


「先輩……ここ、ラブホテルです」


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