第23話 「好き」を求めて(2)
地元の魚を堪能した俺と先輩は一度駅に戻り、反対側の海に行ってみることにした。
海なんて久しく行ってない。昨年の夏は文化祭の準備やライブなどの準備や稽古に費やしたため足を運ぶことはなかった。そのため年甲斐もなくちょっとワクワクしている。
駅から十数分歩くとすぐに砂浜に出た。砂浜といっても海水浴場ではない。堤防で車道と隔てられたひっそりした海岸であった。浜辺に人気はなく、漣が静かに歌っていた。
俺は堤防をよじ登って上に立ち、海を見渡した。
「眺めがいいですよ。先輩も登ります?」
「はい」
「ではお手を」
堤防は俺の胸の高さくらいある。先輩の身長は女性の平均だがスカートなので登るのは容易ではない。そう思って手を貸した。
先輩は少し驚いた様子で俺の目を見て、続いて手を見つめる。が、すぐに手を握った。それから彼女の身体を引っ張り上げる。
「ありがとうございます。はぁ……本当、いい眺め」
浦景色を前にして二人して黙り込んだ。
波の侵食によってできた砂浜は両袖に崖と松林を抱き、まさに海と陸の境目となっていた。
今日はやや風が強く波も高い。荒い白波が海岸に押し寄せては消えていく。
沖では海鳥が風に揉まれながら悠々と旋回し、その遥か先に真っ直ぐな水平線が横たわっていた。
「昔、水平線にお日様が沈むのを見て、お日様は海に帰っていくのだと思ったことがありました」
唐突に先輩がポツリと呟いた。
「お日様は海から出てきて海に帰っていく。だから海がお日様の家なんだと思って、姉にこんなお願いをしたことがあります」
「どんなお願いですか?」
「『お日様の家に行きたいから船に乗せてほしい』と」
「あはは! それは可愛いお願いですね。でもどこに向かって船を進めればいいと思ってたんですか?」
その答えは予想できた。でも問わずにいられなかった。きっとその答えに先輩らしさがある気がして、どうしても彼女の口から答えてほしかった。
先輩は腕を上げて真正面を指差した。その先にあるのは真っ平らな水平線。空と海の境目だ。
「海の端っこには大きな滝があって、その下に太陽の家がある。昔見たアニメで平らな大地と海が紹介されて、これが世界の形なんだと信じてたんです。だから水平線まで行けば眠ってる太陽に会えると思ってました」
無知で無邪気な子供らしい発想だ。子供は見たまんまに物事を考えるから天動説や地球平面説を信じててもおかしくない。
「先輩でもそういうこと考えてたんですね。もっと昔から理知で大人びた人なのかと思ってました」
「ふふ、案外ぼんやりした子供でしたよ。水平線まであっという間に辿り着けると思ってましたし。そんなの無理なのに」
「確かに無茶なお願いですね。でも考えようによっては無理じゃないのかもしれませんよ」
「どういう意味ですか?」
「岸から水平線までの距離はおよそ四・四キロメートルなんだそうです。高校の数学ができれば求まるこの距離は大人の足なら容易に踏破できます。先輩が無理だと思った距離、今の俺達なら歩ききれますよ」
先輩はポカンとした顔で俺を見つめた。それから一度水平線に目をやり、再び俺を見る。
「でも水平線はいくら近づいても同じだけ遠ざかっていきます。海の上を四・四キロメートル歩けても永遠に水平線には到達できませんよ?」
当たり前すぎる現実的な指摘。それに対し俺は
「ですよねー」
としか言えない。はい、ぐうの音も出ません。
「大人の足なら歩き切れる距離。でも水平線には永遠に辿り着けない。四・四キロメートルは永遠に続く……。と、今思いました」
特にオチはない。本当に思っただけのことを言ったに過ぎない。でもそんなフレーズが浮かんだのだ。
果たしてその気持ちが伝わったのか、先輩は今度は目を大きく見開き俺を穴が空くほどに見つめた。
「『短いけど永遠に続く四・四キロメートル』。……はっ!? 何かが浮かんできました!」
独り言を口にするや、先輩は堤防に腰掛け、トートバッグからいつもの薄藤色のノートを取り出してペンを走らせる。
普段の落ち着いた雰囲気から一転、彼女の細い指は無秩序に単語やフレーズを殴り書きし、あっという間にページを埋め尽くす。まるで天から言葉が降ってノートに溜まってるみたい。
先輩の中でインスピレーションが起こったのだ……!
どうやらこの旅の目標は達成できたらしい。俺は安堵を胸に再び水平線を眺めた。青い海の四・四キロメートル先に向かって小さな船影がゆっくり航行し、やがて消える。
それとすれ違うかのように灰色の雲がもくもくと姿を現した。
水をたっぷり含んだ灰色の雨雲はどんどん大きく、ぐんぐんとこちらに近づいてくる。
季節は五月。まさか今からゲリラ豪雨に降られるなんてことはないよね?
†――――――――――――――†
⛈️「五月だから油断した!? 残念、雨降りまーす!」
†――――――――――――――†
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