第2話 (挿絵あり)女友達とお人好しバカ
(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330663422545627)
「バンド追い出された上に
ここは
そこにうら若い女子大生の素っ頓狂な声がこだまする。
その後、俺は誰かに気持ちを打ち明けたくて神田涼子を電話で呼び出した。
涼子は高校時代の友人だ。学部は別だが同じキャンパスに通っているので今でも友達をしてくれている。
キリッと切長な双眸とシャープな顎のラインが特徴的なクールな綺麗系。昔からモテて、高校と大学で彼氏を作っていたが現在はフリー。
そんな俺の女友達は、ことの顛末を聞き終えるとサワーのグラスをテーブルに叩きつけて憤った。
「金吾にあれだけ世話になっておきながらなんて仕打ちなの!? 応援してやったのがバカらしくなってきたわ」
「そうだよな。俺悪くないよな? なんでこんな目に遭わないといけないんだ?」
俺はすっかり沈んでいたが、涼子が怒ってくれたので幾分か救われた気になる。
「結愛め、金吾が大学に通うのは親御さんとの約束だって知ってるくせに。講義や課題で忙しい分、自分がバンドを支えるとか聞こえの良いこと言ったくせに」
結愛に恨みつらみを吐きながら涼子は焼き鳥を咀嚼した。
涼子はリコネスがただの軽音部だった頃から俺たちを応援してくれていた。チケットノルマに協力してくれたし、宣伝もしてくれた。
そんな彼女が味方してくれたので、壊れかけていた俺の脳はどうにか崩壊せずに済んだ。
「しかしあいつらも大概バカね。作詞作曲してたギタリスト切り捨てたんじゃ先は短いわ。泣いて謝っても許しちゃダメよ!?」
「とてもじゃないけど許せないよ。バンド追放だけじゃなく、あいつは結愛を……結愛を……」
つい口から溢れ出そうになった弱音をジントニックと共に飲み込む。爽やかなジンとトニックウォーターの苦味に心が少し浄化された。
ちなみに俺も涼子も十九歳の大学一年生なので違法である。
「そうそう、許すことないわ! 今までのオリジナル曲も使えず、ひもじい思いしながら下北沢の路地を徘徊するのよ。いい気味ね」
涼子の嫌味な言い方がおかしくて小さく吹き出す。
だがふと引っ掛かりを覚える。
「オリジナル曲……使われるかも……」
「は?」
先ほどの話し合いの内容を思い出し、ポツリと呟いた。
「クビを突きつけられた後、信彦から『引き続きオリジナル曲を使いたい』って言われた気がする……」
リコネスの作詞作曲担当は俺で、名義も俺だ。著作権は俺にある。そのため利用には俺の許可が必要なのだ。
「…………それで、あんたはなんて答えたの?」
目眩を堪えた涼子がおずおずと尋ねた。
「好きにしろって言ったかも」
「アホか!?」
ダン、と彼女の拳がテーブルに叩きつけられた。がちゃんと食器が飛び跳ね、近くの客が何事かと視線を向けていた。
「なんで裏切り者にあんたが魂込めて作った曲を使わせるのよ!?」
「いや、頭が混乱してしまって……」
「使わせることないわ。すぐに撤回しなさい」
テーブルに置いていた俺のスマホを鷲掴みにし、こちらに突きつけてくる。
それを受け取るのに躊躇した。
「どうしたの? やっぱ使わせないって言いなさいよ」
「うーん……どうしようかな……」
「何迷ってるの? まさか、使わせる気?」
正気を疑う涼子。そのまさかだ。俺は今、あいつらに曲を使わせても良いと思い始めていた。
ジントニックを一気に飲み干し、頭を冷やす。幾分か冷静になったが心変わりはしなかった。
「俺の曲を使うのは構わない」
しんみり呟く俺に涼子は無言だった。
いや、絶句しているのだ。あんぐり口を開け、バカを見る目をしている。
「女盗られてついにおかしくなったの? 曲使わせてあんたになんの得があるのよ?」
「損得の問題じゃない」
俺はきっぱり言い切る。
「俺は、俺の曲を世界に広めたい。曲っていうのは誰かに聴かれてこそ生きる。俺の胸一つであいつらを追い込むことは簡単だが、それは同時に俺の曲を生き埋めにするも同然だ。そんなの可哀想だし、俺も辛い。だから俺は自分の曲に……自分の子供達に日の目を見せてやりたい」
自分で歌うのも一つの手だが、あいにくと俺のボーカルが世にウケる気はしない。歌声は結愛の足元にも及ばないし。
語っている間、俺はひどく穏やかな気分だった。そんな俺の話を涼子は酒を飲みながら黙って聞いていた。
「もし俺の曲を聴いて元気になってくれる人がいるなら、お金も賞賛もいらないからぜひ聴いてほしい。一人でも多くの人が楽しい気分になってくれればそれで満足だ。そのためなら、あいつらに曲を託すのは悪い気がしないんだ、これが」
「……ごめん、その気持ちは全然理解できないわ」
涼子は歯に物がつっかえたような口調で呟いた。
必死に理解しようとしているが、やっぱり理解が追いつかず焦燥する。そんな顔だ。
無理もない。涼子とは長い付き合いだが、こればかりは曲を作った人にしか分からないだろう。
いや、他の作曲家にも理解されないはず。
自分を裏切った人間の飛躍をみすみす応援するなんて非合理的だ。
もしかすると意地になっているのかもしれない。
地方に住む平々凡々な男が生きた証を残したいがための。
小早川金吾、ここにありきと世界に知らしめるための。
そのわけを探り、ふと気づく。俺は信彦に「代わりが効く」と貶されたのが悔しいのだ。だからあいつに曲を貸すことで名を広めさせ、間違いを認めさせたいのだ。
案外理由は単純で、感情的だった。
「まぁ、ロイヤリティは入れてもらうことになってるから儲けはあるよ」
「そーゆー問題じゃないっての。売れてもそこにあんたがいなくちゃ意味ないでしょ……。なんであんたは昔からそうなのよ……」
肘ついて頭を支える涼子は、怒りと哀れみを混ぜた曖昧な顔で不満を漏らした。大学では怜悧な顔つきを崩さない涼子がこんな弱りきった顔をするのは珍しく、ずっと見ていたい気分だった。
「あぁ、もう! なんでこんないいやつに彼女がいないのよ! ちょっと、そこのお姉さん! このお人好しバカの彼女にならない?」
と、何を思ったのか涼子は辛抱ならん様子で叫び、挙句たまたま通りかかったお姉さんに絡み出した。
待て待て、なんだその紹介は! そんなんで彼女になってくれる女の人はいないだろ!? あぁ、もう、ほら、いきなりお人好しバカを紹介されたお姉さんめっちゃ困ってるし!
*
居酒屋を出ると冷たい夜気に包まれた。まだ十一月になったばかりの今夜は真冬並みの冷え込みだという。
「よし……」
一足先に店を出ていた涼子は何やら一人で呟いた。なんだか気合い入れてるみたいな雰囲気だ。
「あんた、今日うち来たら?」
そして俺が合流するなりそう誘ってくれた。
「うち、って涼子のアパート?」
「そう。まだ話し足りないでしょ? 一晩中でも聞いてあげるから……その、部屋においでよ」
涼子は珍しくはっきりしない口調だ。普段は竹を割ったような勝気な性格なのに。
その頬は赤く染まっており、潤んだ瞳は街明かりを反射してキラキラと輝いている。
……さては、酔ってるな?
「ありがと。でも今日はもう帰るよ」
「ほえ!? どうしてよ?」
「どうしてって……これ以上俺の愚痴に付き合わせるのは忍びない。それに明日サークルの集まりがあるんだろ?」
涼子はサークルを掛け持ちして多忙だ。
明日は日曜日だが涼子はサークル活動があると先ほど話していた。
「変な遠慮しないでいいの! ねぇ、おいでって!」
ひんやりした涼子の手が俺の手首を掴む。
涼子の部屋か……。本音を言えば行ってみたい。
今、すごく誰かに甘えたい。
思い切り泣いて、爆発させた感情を受け止めてもらいたい。
でもそれを涼子に求めてはいけない気がした。
一度タガが外れれば、きっと我慢できなくなる。
結愛の代わりを求めることになる。
友人として親身になってくれる涼子を傷つけることになる。
それは、違うんじゃないかな……。
そう思ったその時だ。
木枯らしが商店街を駆け抜け、ポニーテールに結った涼子の茶色い髪を容赦なく
風が止み、俺は背中のギターケースを背負い直す。その時、ふと夜空に目がいった。そこには月明かりに負けずに頑張って輝くオリオン座があった。
その輝きを見た途端、強張っていた頬がふっと緩んだ。
「ありがとう。でもやっぱ今日は帰る。なんか一人になりたい気分になった」
気ままな俺の気持ちを聞き届けると涼子は寂しそうな顔をするが、何もわずそっと手を離した。それから「ちょっと待ってて!」と言いつけ、近くにあった自販機に駆け寄る。戻ってくると彼女は今買ったはちみつレモンのペットボトルを差し出した。
「これ上げる。どうせ公園で一人で黄昏れるんでしょ?」
「バレた?」
「あんたのことだもん、想像つくわ。だから止めない。でも約束して。これを飲み終わったら帰ること。帰ったら私に一報寄越すこと。いい?」
「分かった、約束する」
「ならば結構。忘れないで、私はあんたの友達だけど、ファンでもあるんだから」
白磁を見せた満面の笑みで別れを告げると、涼子はスカートと髪の毛を
やがて彼女の背中が見えなくなると俺は反対方向に歩き出す。
こういう夜は馴染みの公園で一人になるに限る。
†――――――――――――†
作品を読んでくださりありがとうございます!
嬉しい時、悲しい時、寄り添ってくれる異性のお友達は皆さんにはいますか?
私にはいません……orz
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