第3話 (挿絵あり)「私、ファンなんです!」

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 今回ちょっと長めです!

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(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330663422755861

 題名:間引まびかれブルース

 作詞作曲:小早川金吾


 バンド活動に捧げた高校三年間〜♪


 Fの引けなかった一年生〜♪


 初めて彼女ができた二年生〜♪


 プロを目指すと決めた三年生〜♪


 いつか芽が出ると信じた大学生活〜♪


 皆の芽は出たけど、俺の種だけ芽吹かなかった〜♪


 俺は間引かれる種だ〜♪


 芽が出ない俺は最初から用済みなんだ〜♪


 *


 繁華街に程近いここは城址じょうし公園。

 北斉市中心部に位置する、江戸時代の城の跡地を公園化した施設だ。城といっても天守閣はなく、あるのは堀と石垣と近代になって植樹された木々のみ。そのため観光地というより市民の憩いの場といった趣がある。


 公園はとても広く、周囲に住宅もないため午後八時を回った今の時間帯でも多少の演奏では誰からも文句をつけられない。そのためここは格好の練習場所だ。今も一人で遊歩道沿いのベンチに腰掛け、アコギを寂しく弾いていたところだ。


 楽器を弾いてるのは俺だけじゃない。


 高校生と思しき吹奏楽部の兄ちゃん。リズム感のないサックスは初心者か。

 社会人っぽいフルート奏者のお姉さん。抜群の音色。楽団員かな?

 三味線引いてるおばあちゃん。……渋いな。


 寂しい秋の夜でもここは色々な音で満ちている。その全ては楽しそうな音色なのに、俺一人だけクソみたいなブルースを奏でていた。


 弾き終わるとコンビニで買ったストゼロロング缶をグイッと傾ける。二本目も空になったので三本目を開けた。


 涼子と別れた後、俺は行きつけの城址公園を目指した。すると鬱々とした感情が募り、気がつくとストゼロロング缶を飲みながらギターを弾いていた。


 涼子には格好つけたが、本音では晴れ舞台に立ちたかった。

 武道館の真ん中で歌いたかった。

「お前ら最高だぜー!」ってお客さんに言いたかった。


 でもそれはもう叶わない。


 その虚しさを歌にすれば少しは気が晴れると思った。それで変な歌を即興で作ってみたが気持ちが晴れるどころかどんどん惨めになってしまった。


「もうギターなんかやめちゃおうかな」


 ポツリと呟く。その時だ。




「ねぇ、金吾! 今のって新曲!?」




 はっ、と突然呼ばれて俺は顔を上げた。


 そこに立っていたのは女の子。街灯の下に立っているのに全然気づかなかったので幽霊が突然現れたみたいだ。

 だが幽霊にしては血色が良いし可愛い。清楚な黒髪のロングヘアとは裏腹なガーリーメイクのせいで結構派手に見える。


 あれ、この子、どこかで見たことあるような……。


 クリーム色のニット姿の彼女はパタパタと駆け寄って勝手に俺の隣に座った。


「ねぇ、今のって新曲なの!?」


「いえ、新曲じゃないです……。適当弾いてただけです」


「すごーい! 適当弾いてただけでもいい曲だったよ! 歌詞はよく聞こえなかったんだけど、もっと聞かせて!」


 無理だ、恥ずかしすぎる。


 というかなんだ、この子は。いきなり俺の名前呼んで無警戒に近付いて。さては……


「もしかして俺のこと知ってます?」


「もちろんです! リコネスの金吾ですよね!?」


「当たりです。ライブに来てくださった方ですか?」


「うん! 金吾が高一の頃から見てる! 高校の文化祭に遊びに行って、ステージを見て知ったの!」


 おぉう。それは古参だな。その頃はまだリコネスに名前が無かった頃だ。よく知ってるな。


「はぁ……感激! まさかこんなところで推しに会えるなんて……! 今日は一人?」


「一人です……」


「一人で曲作ってたの!?」


「いえ、さっきまで友達と飲んでました。今は別に何かやってるわけではなく、適当に弾いてただけで……」


「そうやって曲が降りてくるのを待ってたのね!?」


 何、この人。話一人で進めちゃうんだけど?

 推しに会えて興奮してるのか。

 嬉しいけどプライベートにまで踏み込まれるのは勘弁だ。それに俺はもうリコネスの人間じゃない。


「すみません。酔っ払ってるのでこれで……」


 俺はケースにギターをしまって立ち上がろうとする。だがその腕を女の子はぐいっと掴んで引き留める。


「待って! リコネスがデビューするって本当!?」


「なぜそれを!?」


 俺はギョッとして声を上げた。

 デビューの情報は事務所から解禁のお許しが出るまで極秘のはず。


「この前ライブハウスの近くを通った時、すれ違った人が話してるのを聞いて。でもネット見ても全然情報がないから嘘かと思ったけど、本当なの!? 私、リコネスが大好きで、一番好きなのは金吾なの!」


「え、俺?」


「うん! 金吾は私の推しなの!」


 え、超嬉しい! こんな可愛い子から推してもらえるなんて。

 なんか格好良くてモテそうだからギターを始めたけど、まさか見ず知らずのファンから直に好きって言われるなんて。


「だから金吾の作った曲が世界中に届くって思ったらもう嬉しくって嬉しくって……。デビュー、本当だよね!? 事務所も決まってるのよね!? 私、東京まで応援に行くね!」


 気持ちが俄かに浮かれたが一瞬で冷める。身体の力が抜けて、膝に腕をついてガックリと項垂れた。

 女の子が戸惑いの声を上げる。


「リコネスはやめることになりました」


「え……?」


 女の子はポカンと口を開けて声を漏らした。


「そんな……どうして……」


 どうしてかって? そんな情けない話、ただのファンにすることじゃないよ。




「戦力外通告です。バンドの足引っ張るからって追い出されました」




 話すつもりなんかなかった。なのに脆くなった心からあっさり漏れ出た。

 だが結愛を盗られた話まではしなかった。セクシャルな話を女の子にするのは憚られるし、何より格好悪いから。


「そんな……今まで力を合わせて頑張ってきたのに」


「仕方がないですよ。俺一人大学に通って、売れなかった時の予防線張ってたから空気を悪くしちゃってたんです。こんな中途半端でダメなやつの替えはいくらでも効きます」


 信彦から言われた辛辣な言葉をそのまま繰り返す。


「だから俺はこの片田舎の北斉から東京のリコネスを応援することにしました」


 そうやって折り合いをつけ、俺は現実と向き合おうとしていた。そうじゃないと今にも泣き出してしまいそうだったから。


 そんな俺の頭にふわりと柔らかいものが乗っかる。顔を上げると彼女が頭を撫でていた。


「元気出して……」


 羽毛に包まれたような優しい温もりと感触。

 涼子からは慰められると期待してたから耐えられた。だが名前も分からないファンの子の慰めは傷ついて冷え切った俺にはあまりにも優しすぎた。


「私、金吾の曲とギターが大好き。金吾の作った曲を聴いてると元気になるし、しっとりした気持ちにもなれる。CDも買って、何度も聴いた! それに大学とバンドを両立させてるのもすごいと思う! 私、今受験生なんだけど自分じゃ絶対にできないもん! だから本当に尊敬する」


 女の子は目をキラキラさせてそんな励ましを送ってくれた。


 それがすごく、嬉しかった……。


 信彦からは不要と言われたのに、彼女は俺の存在を肯定してくれる。


 俺の詞と曲と音色をきちんと評価し、愛してくれる人がいたんだ。


 それだけで十分だ。


 三年間、バンドやってて良かった……。


「君、ギター好き?」


「はい、大好きです! やったことないですけど、聞くのは好きです」


「じゃあ、これ上げる」


 そう言って俺はケースごとギターを差し出した。今年の夏休みにバイトを入れまくって買った結構良いギターだ。


「いやいやいや! 受け取れないよ、こんな高価なもの! それに大事なギターでしょ!?」


「へーきヘーき。もう弾くことはないよ。質屋に入れて誰かの手に渡ることになるさ」


 俺のギター史はリコネスの歴史だ。ギターを弾く時、リコネスの思い出が蘇るだろう。だからギターは手放したい。家にある他のものも処分するだろう。


「これ、ライブでも使ったギターだからファンの君に上げたい。受け取って」


 女の子は茫然自失のしょんぼり顔をして無言で受け取った。固いハードケースが小柄な身体に抱かれる。


「ありがとう。大事にする……。でも……最後に何か弾いて。金吾の歌を聴いて、受験の励みにしたいの」


 女の子は両目に涙を溜め、波打つ声でそんなお願いをした。


 最後に一曲、か。

 そんな気分じゃないけど、考えようによっては悪くない。なんせ俺を推しと言ってくれるファンの前で引退ライブができるんだ。


 俺は差し上げたギターを受け取り、ストラップを肩にかける。チューニング済みなのですぐに弾ける。


「何がいい? あ、でもオリジナル曲は気分じゃないからカバーで」


「それじゃあ『ガラスのブルース』で」


「バンプの?」


 あれは応援ソングじゃないが。


「はい。以前、一番好きな曲ってMCで言ってましたよね? 私も大好きなの」


「よく覚えてるね」


『ガラスのブルース』はリコネスでコピーバンドしたし、アコギで弾き語りもしたりするお気に入りの曲だ。


 女の子は遊歩道に出て二メートルほど距離を取る。俺も立ち上がり、彼女に向き直る。


「そういえばお名前は?」


校倉あぜくら空李ありです」


「それじゃあ受験生の空李さんが頑張れるように歌います。BUMP OF CHICKENで『ガラスのブルース』」


 俺のバッキングに合わせ、彼女が手拍子して軽快にリズムをとる。


 観客は空李さんだけの最後のライブが始まった。


 *


 アウトロが終わると引き延ばされた時間の中で身体中の毒が抜けていくのが分かった。

 信彦に裏切られた屈辱も、結愛に浮気された悲しみも今だけはどうでもいい。


 なぜなら俺の歌で喜んでくれるがここにいるから。


 パチパチと喝采が起こる。


 俺の目の前で空李さんが満面の笑みで拍手する。

 空李さんだけじゃない。オーディエンスはいつの間にか十人くらいまで膨らんでいた。通行人が足を止め、俺の演奏を聴いてくれたのだ。

 皆手拍子で盛り上げくれて、曲が終わると拍手を送ってくれた。


「お上手でしたよ」

「良い曲でしたね」

「楽しかったです」


「どうも、ご清聴ありがとうございました。あ、おひねりは結構です、他人の歌なので!」


 お客さんがにこにこ笑って声をかけてくれる。俺は一人一人にお礼を言った。


 なんてことのないささやかな言葉の一つ一つが今の俺には宝石のようで、うつろになった心に積もっていくようだった。


「金吾、今の演奏、すごく良かったよ! お客さんどんどん増えて、皆ノってた!」


「そうですね。俺もやってて途中から楽しくなってました」


 こんなに楽しく演奏したのはいつ以来だろう。客の反応とかお金とか、しがらみ無く歌うのは久々だ。


 うん、こういうのも悪くない。


「やっぱりそのギターは受け取れない。きっと金吾に弾かれたがると思うから」


「持ってても部屋の隅っこで埃かぶるだけですよ」


「ううん、あなたが持っているべきよ。金吾には皆を楽しい気持ちにさせる力があるんだもん。それを発揮するにはそのギターが必要よ」


 空李さんは改めて差し出されたギターを俺に押し返して固辞した。


 楽しくさせる力、か。

 音楽は本来、人の気持ちを揺り動かす魔法。

 そんなふうには久しく考えなかったな……。


「ありがとう、空李さん。おかげで少し元気が出ました」


「こちらこそ、素晴らしい演奏をありがとう! ……やっぱり、あなたはだね……」


「え、昔?」


「ううん、なんでもないよ!?」


 よく聞こえなかったので問いかけるも、空李さんは顔を赤くして両手を振った。

 なんだったんだろう。気になるが踏み込むのは失礼か。


「そうだ、空李さん。良かったらこれを。ちょっとぬるいですが」


 と、ギターケースのポケットから取り出したるは涼子からもらったはちみつレモン。差し出すと空李さんはパッと顔を華やがせて受け取ってくれた。


「はちみつレモン! 私、大好きなの!」


 ハキハキと礼を言って空李さんは受け取る。貰い物で恐縮だがこんなに喜んでもらえるのなら本望だ。


「金吾、乾杯しよう!」


「乾杯? 何に?」


「最後のライブの大盛況に。それから、あなたの今後に」


 ペットボトルを開栓した空李さんは曇りのない瞳をして飲み物を掲げた。

 俺のカムバックを信じているようで随分楽観的に映る。

 リコネスとは別の形でデビューできる確率なんてゼロに等しいのに。


 でも……


「うん、お客さん達に乾杯!」


 さっきのライブは良かった。上手に弾けたし、何よりお客さん達が盛り上がってくれた。あの人達へのお礼のつもりで俺は乾杯し、自分の飲み物を一気に飲んだ。


「そういえば、金吾は何飲んでるの?」


「ストゼロロング」


「……強そうなお酒だけど、一気に飲んで大丈夫?」


「……………………」


 中身を飲み干した途端、突然視界が揺らいだ。

 全身の力が抜ける酩酊感。こ、この感覚……。初めての飲み会で調子に乗ってイッキした時と同じだ。


 回転する視界、背中と頭に走る鈍痛。俺は立つことすらもままならなくなり、ウッドチップの遊歩道に仰向けに倒れ込んだ。


「金吾、大丈夫!?」


 空李さんが膝をついて俺の顔を覗き込む。俺を心配する声が妙に遠くから聞こえる気がした。


 あぁ、俺はきっと死ぬんだ。

 仲間に裏切られ、夢を奪い取られ、彼女に浮気された日が命日なんて散々な人生だ。

 でも、最後にこんなに可愛いファンの女の子とライブができたから俺は幸せだ。心残りがあるとすれば……


「どうせなら ファンのギャルと イチャつきたい パリピになるのは 夢のまた夢」


「辞世の句それでいいの!?」


†――――――――――――――†

 作中で金吾が歌った『ガラスのブルース』はこんな曲です!

 https://www.youtube.com/watch?v=wa20XajXjLE

 著者の好きな曲でもあるのでぜひ聞いてください!

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