第34話 真実か挑戦か③
「金吾が付き合ってたのって……結愛だったの?」
抑揚のない茫然とした声。
おかげで俺の意識は一瞬にして真っ白になり、全身に嫌な汗をかいた。
「ど、どうしてそれを……?」
「いや、今言ったよ!?」
「誰が!?」
「金吾が!」
「なんと!?」
「『結愛と目があって、キスした』って!」
ズドン、と脳天に雷が落ちた気がした。
うわぁー、やっちまった!
何自分でバンド内恋愛暴露してんだよ!?
誰とキスしたかまで話すつもりなんか無かったのに、浮かれてつい名前出しちゃってどうすんだよ!
「忘れてください」
「いやいやいや、無理だよ!? 追っかけてたバンドの推しとボーカルが恋愛してたとか衝撃ニュースだし!?」
空李さんの食いつきが半端ない。
俺と結愛が付き合っていたの知るのは身内と親しい友人くらい。極秘情報というわけではないが、見ず知らずの人にひけらかす情報でもないので発信もしてない。ファンの空李さんが知らないのも当然だ。
「わ〜、びっくり〜。そっかぁ……結愛と……へぇ……」
「空李さん? しっかりしてください! なんだか色褪せてますよ? 風化してますよ!?」
さっき「推しが恋愛してても嫌いになったりしない」って言ってませんでしたか?
いや、嫌いになっているのではなく単に驚いているのか。
「はっ!? 初めてライブハウスに行った記憶が蘇ってきた……」
ぶんぶんと頭を振って意識を引き戻す空李さん。何年分の記憶を遡ってたんです?
「というか、結愛と付き合ってて別れたってことは、もしかしてそれがリコネスを辞めたきっかけ? でも、前に話してくれた時は『足を引っ張ってるから』って……」
そういえば空李さんには信彦からクビを宣告された理由をそのまま告げたんだっけ。
おかげで嘘をついたみたいになってる。なんとか誤解を解かないと。
「それは嘘じゃありませんよ。あの日、俺はバンドミーティングで信彦からそう言われてリコネスを追い出されました」
「その時、結愛は
空李さんは壊れ物に触れるようなおずおずとした声で尋ねた。
俺は返答に詰まった。「結愛が庇うわけない」と言いかけた。だが会話が噛み合ってないことに気づいてやめる。
空李さんの中では時系列が繋がっていない。まさかこの時すでに信彦とデキてたなんて想像できるだろうか。
どうしよう、さすがにバンド内の痴情のもつれなんて生々しいよな。
逡巡していると空李さんが俺の手を掴み、ギュッと力を込めた。
そんな所作をするのは方便を使おうとする俺の心を見透かしたから。
真実を知りたいと覚悟を持っているから。
俺にはそう察せられた。
同時に俺はこの子に真実を話したいと思ってしまった。
涼子に事実と痛烈な気持ちを打ち明けたように、空李さんにも打ち明けたいと。
遠くから俺を見守ってくれていた彼女に知ってもらいたいと。
拳を包んでいた空李さんの手を握り返す。
「実は……」
俺はことの顛末を訥々と語った。さすがに生々しい状況や会話はオブラートに包んだが、できるだけありのままを語った。
俺が大学に通い始めて結愛との擦れ違いが増えたこと。
高校生の頃のようにバンド活動に時間を割けなくなったこと。
それでも努力が身を結び、東京のプロダクションから声をかけてもらえたこと。
俺が喜んでいる裏で信彦が結愛と親密になっていたこと。
そして俺を切り捨て、二人は上京していったこと。
「今にして思えば気概とか実力とかは口実で、信彦は俺を追い出して結愛と人生を歩むつもりだったんでしょうね。恋人として、バンドの仲間として。そこに元彼の俺がいるとバツが悪いからそれらしい理由をつけて追放した。まぁ、プライドの高いあいつらしいやり方ですよ」
最後にとびきりの侮蔑を含ませて俺の回顧録は締めくくりとなった。
「すみません、こんな話になってしまって。幻滅しましたよね? リコネスのみっともない内側を知ってしまって」
空李さんは終始黙っていた。やはりその表情は穏やかでなく、苦虫を噛み潰したような顔でずっと耳を傾けてくれていた。
やはり俺は語るべきではなかっただろうか?
彼女は青春をリコネスに捧げてくれた。だから俺は――いや、俺達リコネスはいつまでも彼女の思い出を輝かせるロックスターであるべきだった。
一人の人として弱さを見せるなんて演者失格だ。
そんな後悔を抱いた。
「金吾……辛かったよね?」
空李さんの声は今にも均衡を崩しそうなくらい不安定に揺らいでいた。声だけじゃない、目には涙を湛え、少しの風で溢れてしまうのではと心配される。
やっぱり俺は打ち明けるべきじゃなかった。
俺の役目はこの子に元気と勇気を与えて笑顔にすることなんだ。
辛い過去を打ち明けて同情してもらおうなんて情けない真似するもんじゃない。
「い、いえ、辛いなんてことは……。むしろ一人になれて不思議と穏やかな気分と言いますか……」
俺は必死に誤魔化そうとした。だが、
「そんなわけないでしょ!?」
なぜか一喝されてしまった。その拍子に彼女の瞳から一筋の涙が駆け下りる。
「恋人と友達に裏切られて、デビュー直前に爪弾きにされて夢を叶えられなくて、辛くないはずないよ! 悔いが無いわけないよ! だからあの夜、あんな悲しそうにしてたんでしょ?」
「空李さん……」
全てお見通しだった。そもそも俺はリコネスを追われた日に捨て猫みたいになってるところを見られたんだった。
今更取り繕ったって格好がつくはずはないか。
我ながら間抜けな話だ。
「いや、その……。空李さんに格好悪いところは見せられないと言いますか……」
「格好悪いことないよ! 酷い目にあったら辛いと思うのは当たり前だよ! 辛いなら辛いって言ってよ! 推しが落ち込んでるなら全力で励ますのがファンの役目でしょ!?」
それは金槌で殴られたような衝撃だった。
格好つけることしか考えてなかった己の浅はかさを思い知らされた瞬間だった。
俺の痛みを知ろうとする空李さんに遠慮する必要など無かったのだろう。むしろ真摯に向き合おうとしてくれた彼女に失礼だった。
「幻滅……してませんか?」
それでもまだ少し怖かった。もっとも近しい恋人と親友だった人に裏切られた傷が思わぬところで疼いたのだ。
「幻滅するわけないでしょ! ていうか金吾は悪くないし!」
空李さんは断言する。加えて俺の味方をしてくれた。
それがとても嬉しかった。
「結愛酷いよ! 金吾が大学頑張って通って、バンドの時間を捻出してたのに。両立するのをサポートするのが恋人の役目でしょ! もう結愛のことなんか嫌い!」
プンスカ頭から湯気を吹き出し憤る空李さん。俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどちょっと面白い。
「ゆ、結愛には寂しい思いをさせてしまったのでおあいこですよ。結構寂しがり屋なんです」
「だからって浮気は絶対ダメ! 信彦も信彦だよ。友達の彼女に手を出すなんてケダモノじゃん!」
「ホントそれ! あいつだけはマジで許せないです!!」
ここに異論はない。あいつの前世はハイエナかハゲタカだったに違いない。
「ふふ、金吾元気になった?」
俺が大きな声を出したのを見て空李さんは微笑んだ。気恥ずかしさもあって俺も笑いが漏れ出した。
「まぁ、少しだけ」
「少しだけ、か。それじゃあもう一回ゲームして元気だそうよ!」
「最後の一回ですね」
今の俺に秘密はもう残ってない。だから怯える理由はなかった。
空李さんがコインを弾いてキャッチする。
「私は裏」
「じゃあ俺は表で」
出たコインの目は……表。なんと三回連続の表だった。
「俺の勝ちですね。それでは空李さん、真実か挑戦か?」
「挑戦で!」
強気な表情で選択する。どんな難題もどんとこい、と言わんばかりの表情は見ているだけで元気が湧いてきそうだった。
しかし困ったな、空李さんに何をしてもらおうか。
考えあぐねていると空李さんが口を開く。
「お題が見つからないなら私から挑戦してもいいかな?」
「えぇ、構いませんが、何をされるんです?」
「歌を歌います! 金吾、ギター貸して!」
「はぁ、どうぞ」
俺の許可が降りると空李さんはスタンドのアコースティックギターを掴み、ストラップを肩にかける。
空李さんの生歌か。でも空李さんってギター弾いたことないんじゃ?
怪訝に思いながら見る俺をよそに、空李さんはジャカジャカと景気良くピッキングする。
「Wow〜、金吾早く元気になってね〜♪ 落ち込む金吾は金吾じゃないよ〜♪ あなたに似合うのはレーザービーム〜♪ 悲劇のスポットライトは似合わない〜♪ ステージの上のあなたと再開できる日を〜私待ってるわ〜♪」
ジャジャン♪ とキレの良いアウトロで空李さん即興オリジナルソングは締めくくられる。
音程も、韻も、コードも、へったくれもない無茶苦茶な歌。こんな歌を駅前で披露しようものなら通行人の嘲笑を買うのは必至だ。
だがそんな歌でも俺は嬉しかった。俺のファンが俺を一生懸命に元気づけようとして歌った曲だ。心に響かないはずがない。
「元気出た?」
問いかける空李さんの表情には緊張や羞恥はない。爛々と明るく、俺への真心で満ち溢れていた。
「はい、出ました。素晴らしい曲をありがとうございます」
「えへへ、お粗末さまでした」
本当に素晴らしい曲だった。リコネスのことをいつまでも引きずっているのがバカらしくなるくらい。
「ねぇ、金吾、春になったらもっともっと元気を分けてあげるね!」
「ありがとうございます。でも今ので十分嬉しかったですよ」
「こんなのじゃまだ足りないよ。私が貰った元気の一パーセントにもなってないもん」
それは大袈裟な。
「それでは春になるのを楽しみにしています」
「うん! 受験が終わって、私が北斉大の学生になったらいっぱい遊ぼうね!」
それは……春が訪れるのが楽しみだ。
俺はまたクスリと微笑みを溢した。
空李さんとの大学生活、一体どんな日々が訪れるのだろうか。
「それじゃあ、そろそろ学校に行くね。急に押しかけたのに付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、楽しい朝でしたよ」
ギターを置いて身支度をする空李さん。その際、テーブルに置いていたコインを摘み、財布に戻そうとした。
が、手が滑ってコインが指から落ち、俺の足元へコロコロ転がってくる。俺は条件反射的にそれを拾った。
「それは触っちゃダメ!」
なぜか空李さんは必死な形相で俺を制止する。だがコインはすでに俺の手の中にあった。
そしてそんな奇妙なことを言われて怪訝になり、つい十円玉を見つめた。
なんてことのない、ただの十円玉。やや黒ずんでいるが表面には平等院が刻印されている。裏面には……
「裏面が……無い!?」
裏面には額面の刻印があると思っていたが、なんとそちらにも平等院が。
エラーコインだ。造幣の過程でミスが起こった硬貨であった。
「すごい! 角度ズレとか裏移りは聞いたことあるけど、両面同じ刻印なんてあるんですね。どうやったらこんなミスが起こるんだろう? というか両面表ってことは……」
疑惑が浮上する。
コインゲームの勝率は二分の一。だが両面表ということは当然、表を予想すれば必ず勝つことになる。
つまり空李さんはイカサマしてたということだ。
ジトっと俺は視線で追及する。
すると空李さんはきまりの悪そうな誤魔化し笑いを浮かべて視線を泳がせる。だが俺の視線が緩む気配がないと見るや、
「てへっ☆」
思い切り誤魔化した!?
自分で頭をコツンと小突いて舌をぺろっと出すぶりっ子仕草。
ぐぬぬ、そんなポーズをされては責めるに責められない。
もっとも俺に責めるつもりなど毛頭ない。
最後の勝負、空李さんは裏を選んでわざと負けてくれた。きっと自分から歌に挑戦する腹づもりで。
その優しさはイカサマを帳消しにしてしまえるくらい心に沁み渡ったのだった。
†――――――――――――――†
更新できずにすみません💦
土日は頑張って更新します!
レビューと応援もよろしくお願いします🙇
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