第51話 (空李side)ロックスター

†――――――――――――――†

 時間軸の関係でライブ回を先に持ってきました!

 信彦サイドをお楽しみにされてた読者様、ごめんなさい!

 次回お届け予定です!

†――――――――――――――†


 二次試験当日の朝。


 私は試験開始よりずっと早い時間に会場の北斉大学に赴き、待ち合わせ場所の正門付近に佇んでいた。


 キャンパスは日曜日にも関わらず慌ただしい。

 無理もない。今日は受験生の天王山の二次試験。泣いても笑っても今日で全てが決まる。そう考えるとほっこりした北斉大学にあって今日という日は一番慌ただしい一日なのではなかろうか。


「金吾、もうすぐ来るかな?」


 お母さんから借りた腕時計を見遣る。金吾達との約束の時間になった。だが彼らはまだ姿を現さない。先ほどスマホで「向かっている」とメッセージが届いたので直に到着するだろう。


「ねぇ、空李。推しの人、本当に来るの?」


 隣で一緒に待ってくれている五十嵐凪音が手のひらを擦り合わせながら尋ねる。

 凪音も北斉大を受験する。そして今日、金吾が激励に路上ライブしてくれると話したら一緒に見たいと言い出したのだ。


「うん、もうすぐ来るって」


 今日は薄雲がかかって気温が低い。指がかじかむくらいだ。凪音を付き合わせるのが申し訳なくなってきた。


「おーい、五十嵐、校倉。早めに教室に入っておきなよ」


 そう私達を心配してくれるのは愛宕女学院の数少ない男性教師の能登っちこと能登先生。到着確認と応援のためキャンパスに足を運んでいた。


「もうすぐお友達が来るの! だからここで待ってるね!」


 能登っちには悪いけどここを動くわけにはいかない。もうすぐなのだ。


「空李ちゃん、おはようございます」


「あ、詩乃さん! おはようございます」


 そこに詩乃さんが現れる。コートとマフラーでしっかり防寒した詩乃さんは手袋をはめた手で私の手を握ってきた。


「今日はいよいよ本番ですね。今まで頑張ってきた空李ちゃんならきっと突破できますよ」


「うん! 詩乃さんのおかげで国語の対策はバッチリだから絶対合格してみせるね」


「その意気です!」


 詩乃さんのおかげで苦手科目だった国語は克服済みだ。それどころか得意科目になってしまった。合格の希望が見えたのは詩乃さんの協力が大きい。本当に感謝しても仕切れない。


「おや、そちらはお友達ですか?」


「はい、同じ学校の凪音です」


「み、美墨先生!? え、どうしてここに!? 別の大学にいるはずじゃ?」


 あー、凪音ったら詩乃さんのこと美墨先生と間違えてるよー。まぁ、似てるから仕方がないよね、うん。でもちゃんと見ると全然違うよ。笑い方とか、おっとりした雰囲気とか、ね。


 ガラガラガラ――


 と、そこに荷車の車輪がコンクリートの舗装道を転がる音が響く。試験当日には似つかわしくない慌ただしい音に私の意識は引きつけられて振り向く。


「空李さん!」


「金吾!」


 ギターケースを背負い、機材を乗せた荷車を押す金吾。その横には荷物を手に下げた涼子さんが必死に追い縋っていた。


「遅くなってすみません! ちょっとバタバタして……」


「大丈夫、時間ぴったりだよ! 今日は来てくれてありがとう!」


「とんでもない! 空李さんのためならどこにだって」


 わ、私のためなら!? そんな……推しにそこまでしてもらえるなんて……。


「えへへ、大満足。今日は良い夢見れそう……」


「空李さん、まだ朝ですよ? まだ本番前ですよ?」


 はっ!? 私ったらつい……。推しの金吾に尽くしてもらうのが嬉しくてつい舞い上がってしまった。本番はこれからなのだ!


「それで、どこでライブするの? 敷地の中?」


「そのつもりです。無許可のゲリラライブなのでいけないんですけどね……」


 金吾は肩をすくめてイタズラっぽい苦笑を浮かべる。褒められないことをさせて申し訳ないけど、でもやっぱり嬉しい……。


 正門前広場に場所取りした金吾と涼子さんはテキパキと機材をセッティングした。今日の金吾の楽器はエレキギター。足繁く通ったライブハウスでいつも使っていたステージ用ギターだ。そしてマイクは二本。一本はもちろん金吾で、二本目は……涼子さん!? もしかして涼子さんも歌うの!?


「よし……準備できたぞ」


 深呼吸をした金吾がマイクのスイッチを入れる。


 いよいよ、始まるのだ……。


「受験生の皆さん、おはようございます! 今日は二次試験、皆さんの三年間の勉学の集大成を発揮する天王山ですね」


 アンプから金吾の元気な声が響く。私達の周りにはまばらな人だかりがいつの間にかできていた。緊張の面持ちながら物珍しさから引きつけられた様子である。


「泣いても笑っても今日が本番。そんな皆さんに大学の先輩として激励の歌を送らせてください!」


 おぉ、とどよめきが。早くも受験生達の緊張がほぐれいくのが空気で分かった。


 いつの間にか私のためのライブが受験生のためのライブになってしまったな。まぁ、それはそれで面白いだろうけど。


 ちょっと寂しくなったその時だ。金吾とぱっちり目が合う。それから彼はにっこり微笑み……


「それでは受験生の皆さんに送ります。TOKIOで『自分のために』」


 久しく聞かなかった生のエレキギターのサウンドが耳朶を強烈に打った。それから三三七拍子のリズムバッキングに合わせ、金吾と涼子さんの歌が合わさる。


 イントロからAメロにかける間奏で涼子さんが軽快に手拍子する。するとどうだろう、つられて私の手が……オーディエンスの手がパーカッションでリズムを刻む。まばらな手拍子はすぐに同調し、あたかも一つの打楽器のように音を奏で、金吾のギターと融合した。


 すごい……。

 

 誰も金吾のことは知らないのに、皆あっという間に引き込まれてしまった。


 知名度とか期待値とか関係ない。


 未来の後輩達を応援したいという純真な気持ちが音に乗り、私達の心に響いているのだ。凪音も、愛宕の友達も、知らない学校の人達も笑顔で夢中になって手を叩いていた。


 同時に愛宕女学院に入学してからの六年間の記憶が強烈にフラッシュバックした。


 おしゃれな女子校に入学したら何かが始まると期待を寄せた。でも待っていたのは繰り返していく変わり映えのない毎日。自分から何か行動すれば変わったかもしれないが、当時の私には思いもよらないことだった。


 そんな時、リコネスに……金吾に出会った。ステージの上で一生懸命ギターを掻き鳴らす金吾。リコネスを追いかけるうちに次第に彼に魅了された。

 たった数分のステージに努力の成果と皆を楽しませたいという思いを込める姿はまさにロックスター。

 もし彼と同じ高校に入学していたら……と、戻れない日々を少しばかり後悔した。


 でも退屈に憂さを募らせるのはもうおしまい。

 最後の壁を乗り越えて……私は……。


「後輩の皆さん! 春にキャンパスで会えるのを楽しみにしてます! 最後の大勝負、悔いを残さず戦ってください!」


 いつの間にか演奏は終わりを迎え、金吾の激励をもってライブは締めくくられた。

 夢のような時間は一瞬で過ぎ去ってしまった。

 名残惜しいけど、金吾と涼子さんの歌声、そして伴奏は耳の中で残響して消えないから寂しくなんてない。


「先輩、ありがとう!」「試験頑張ります!」「格好良かったですよ!」


 盛大な拍手とありったけの感謝の言葉がオーディエンスから湧き起こる。

 試験を前に不安を募らせていたのは私だけじゃなかった。凪音も他の人たちも緊張で押し潰されそうになっていた。

 でもここにいる人の中で押し負ける人はいないだろう。

 こんなにも勇気をもらったんだから……。


「空李の推し、格好良いね」


 隣に立っていた凪音がこっそり囁く。


「そうなの! 金吾はすごく格好良いの! だってロックスターなんだから!」


 曲が終わるとオーディエンスは少しずつ散っていった。皆名残惜しそうだが私達の戦いはこれからだ。


「空李さん! どうでしたか、ライブ」


 ギターを肩にかけたまま、金吾が歩み寄ってきた。その姿はライブハウスのステージに立ついつもの姿のままで、まさに夜空に輝く星が目の前に降ってきた心持ちだった。


「最っっっっっっっっっ高!! 皆、すごく盛り上がってたし、私も勇気百倍だよ! 本当にありがとう!」


 おかげで私の身体はメラメラと燃え上がるくらい熱くなってる。北風を吹き飛ばすどころか南極の氷だって溶かせちゃいそうだ。ペンギンが可哀想だからやらないけど。


「その意気です。そうだ、空李さんにこれを。壊れたヘアピンの代わりのお守りに、よろしければ」


 そう言って金吾が差し出したのは……


「これってピック?」


「はい、今の演奏で使ってたものです」


「もらっていいの!?」


「もちろん。家にいっぱい換えはありますから遠慮なさらず」


 ピックは消耗品だと聞く。彼にとっては些細な贈り物だろう。

 だが私にとっては一生物の思い出だ。憧れのギタリストが私のために開いてくれたライブで使ったピック。世界で一つだけのピックだ。


「それじゃあ、遠慮なく……あ……」


 嬉しさいっぱいで受け取ろうとしたが、手を止める。


「ピック……割れてるね……」


 先端のほんの一部が折れてかけていた。きっと演奏中に折れたのだ。

 ピックは薄いプラスチックの欠片なので演奏中に折れることがある。

 金吾にとってそれは些細な問題なのだろう。事実、彼は途中で折れても最後までやり抜いた。

 でも私には少し縁起が悪い。思い出されるのは共通試験の日のこと。お守りにもらったヘアピンが目の前で壊れてしまい、動揺してしまった。


 これを受け取ったらあの日と同じようになってしまうのでは……。


 不安をにわかに抱き、受け取るかどうか躊躇っていると金吾から手渡してきた。私の手を取ってそっと握らせたのだ。


「音楽というのは一度走り始めたら何があっても途中でやめてはいけないんです。弦が切れようと、ピックが折れようと、最後まで演奏するのが掟なんです。今日、難しい問題が出て動揺するかもしれません。そういう時は深呼吸をしてこのピックのことを思い出してください。そして『本番は最後の練習』だと思ってやり抜いてください」


 やり抜く……。そうだ、やり抜かないとダメだ。ちょっと驚かされたくらいで折れたら応援してくれた人達に顔向けできない。

 お父さん、お母さん、美墨先生、涼子さん、詩乃さん…………金吾。

 皆のためにすくみあがっちゃダメだ。


「うん、分かった。教わったことを思い出すつもりでやってみるよ。あ、そうだ、金吾!」


 ピックを握った手を胸に当て、呼びかける。

 拳の下では心臓がドクドクとビートを刻む。私の心が「伝えたい」と叫んでいるのだ。

 でも、それは今じゃない……。


「合格したら金吾に伝えたいことがあるの。聞いてくれる?」


 両目の内側が熱くなる。たぎる血が心臓からそのまま送り込まれたみたい。

 金吾は一瞬虚をつかれたような顔をした。でもいつもみたいにふんわりと笑った。


「はい、もちろんです。春になったらキャンパスで聞かせてもらうのを待ってます」


 それが私達の約束。四月、大学生になって、キャンパスで……。


「行ってくるね!」


 ピックをブレザーの内ポケットにしまい、私は会場の教室に足を向けた。


 金吾、涼子さん、詩乃さんに見送られて。


 予報によると今日の天気は次第に崩れていくそうだ。けれど私が進む道だけは雲間から降り注ぐ日差しに照らされていた。


†――――――――――――――†

 TOKIO『自分のために』はこんな曲です。

 https://www.nicovideo.jp/watch/sm23277127

 TOKIOは格好いい曲が多いですが、トップクラスで好きな曲です!

 今の若い人は知ってますか?


 ⚠️次回予告

 金吾との約束を果たすため、リコネスを再結集しようと東京に帰る信彦。

 しかしそこで思わぬ事態に直面する……。

 さらに借金取りの丑峰まで現れ、万事窮す!

 信彦はこのピンチを乗り越えられるのか!?


 次回『第51話 (裏切者side)さようなら、リコネス』

 お楽しみに。(遊戯王ばり)

†――――――――――――――†

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る