第25話 (裏切者side)溺れる者は藁をも掴む

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 重大な事実が判明……

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『トレミー・エージェンシー』


 東京都渋谷区恵比寿のオフィスビルにある芸能事務所だ。

 プロダクションとしては規模が小さいものの、名の知れたアーティストやタレントが所属する少数精鋭部隊である。


 そんなトレミーのオフィスの個室にてオーディオで音楽をかけて上機嫌になっている男がいる。


「いいねぇ、リコネス。絶対売れるよ」


 松平潤、四十歳、トレミーのプロデューサーである。


「そんなにいいですか、リコネス? まぁ、確かにボーカルのビジュアルはいいからグラビアで売り出せそうですね」


 松平に尋ねるのは本多研一。同じくトレミーのプロデューサーだ。


「分かってないねぇ、君は。音を聞きなさいよ、音を」


 松平は呆れ顔で嗜める。本多は俳優プロデュースの仕事が多く、の男だ。一方で松平は音楽方面の仕事が主で


「この歌詞、このリフ。絶対はやるよ」


 したり顔で批評する松平。


 そこにオフィスのドアがノックもなしに開かれ、女が無遠慮に入ってきた。


「松平ちゃーん、お疲れー」


 革ジャンにダメージジーンズというパンキッシュな格好をした彼女は麒麟院きりんいん翔華しょうか。ファンからは“キリショー”と愛称で呼ばれるトレミーのアーティストだ。


「なになに〜、曲聴いてんの? 私にも聞かせて」


「おう、聴いてけ!」


 どさっと横着に応接用ソファーに座るキリショーだが、部屋の主人の松平は咎めない。タレントと垣根を超えた関係を築くのが彼の信条だ。


「この曲どこのバンド? 聴いたことないなー」


「今度契約するリコネスってバンドだ」


「ふーん…………ていうかギターの人、上手いね……」


 鷹揚だったキリショーの声がにわかに座る。

 いつも人を食ったような話し方をする傾奇者の瞳が冷たい刃のように鋭く光った。


「おぉ、キリショーには分かるか」


「分かるよ。理論的で王道、でも個性がちゃんとあるリフ。弾き方もナーバスなくらい正確なくせに遊びも入れてくる。上手いだけじゃないね」


 いつになく興奮気味に評価するキリショーに松平はご満悦である。新進気鋭のアーティストに太鼓判を押された気持ちになったのだ。


 去る夏、知り合いの音楽プロデューサーから「面白いバンドを見つけた」と紹介を受けてリコリス・ダークネス――略してリコネスを知った。


 地方の若いバンドでどこの事務所も手を出してないアマチュア。

 実力については半信半疑だった。


 だが渡されたCDを聴いて興味を持った。

 生音が聴きたくて北斉市とかいう聞いたことのない町まで足を運んだ。

 そして大学の文化祭でライブをするというので聴いてみた。


 演奏を聴いて鳥肌が立った。


 学生バンドの域を超えた演奏技術には聴き入ってしまった。

 特にギターがいい。麒麟院の言う通り上手いだけのギタリストじゃない。リフを正確に引きつつ客に面白く聴かせる技術と遊び心があり、ロックスターの条件を満たしていた。


「このギターならロックの本場の英米でも通じるよ。曲は誰が作ってるの?」


「ギターやってる金吾が詞も曲も書いてる」


「へぇ、作詞作曲もできるギタリストか。だったらソロ活動も夢じゃないね! って、それは気が早すぎか」


 キリショーは若さゆえか斜に構えた所がある。だが演奏の腕は確かだし、金吾同様作詞作曲もできるホンモノのミュージシャンだ。

 そんな彼女が絶賛するリコネス――いや、小早川金吾に松平は筆舌に尽くし難い可能性を感じている。


 娯楽が消費されるこの時代、リコネスは革命を起こす風雲児になると予感していた。

 ヒット曲をリリースしても翌年には忘れられるアーティストが後を絶たない昨今、リコネスは長く愛されるモンスターバンドになるに違いない。

 その核となるのは間違いなく金吾だ。


(いや、俺が革命を起こさせる! 俺がリコネスを育てるんだ!)


 流行の発信地、渋谷の街を眺めながら松平は野心を燃やした。

 娯楽を暴飲暴食する連中がリコネスの音を聞いて震え上がる様が松平の目には浮かんでいた。


 *


 一方その頃、多摩川の河川敷に信彦と結愛はいた。そして彼らの前にはエレキギターを抱えた少年が立っている。


 あれから信彦はバイト先のツテやSNSを使ってギタリストを探した。収穫は芳しくなかったが、どうにかこうにかギタリストを一人捕まえたのだった。

 今日はオーディションを兼ねた顔合わせをしようというのだ。


「五木君、彼女がうちのベーシストの結愛だ。改めて自己紹介を頼む」


「うっす! 五木広重、二人と同じ北斉市出身です! よろしくっす!」


「いやぁ、はるばる東京に出てきて同郷のギタリストに会えるとは。俺たちついてるぞ、結愛!」


 やる気満々の五木と恵比寿顔の信彦。二人は同じバイト先で知り合って意気投合したそうだ。


 そんな二人を結愛は安堵と猜疑の混ざった複雑な顔で見つめていた。


「それじゃあ五木君、オーディションがてら何か引いてくれ。得意なリフと、バッキングで弾き語りしてもらっていいかな?」


「うっす! 任せてください!」


 五木は息巻いて準備をし、言われた通りリフを弾く。選曲は映画『ロッキー』でお馴染みのテーマだ。


 多摩川の河川敷にロッキーのテーマが響く。

 だが進行するにつれて信彦の笑顔は引き攣っていった。結愛の顔からは希望が失せ、真顔になる。

 五木は指板を見るのに夢中で彼らの様子など目に入らない。

 バッキングの間も彼らの表情は冴えなかった。


 やがて演奏が終わり、アンプが静寂になる。


「どうすか!?」


 手応えを感じているのか、五木の表情は自信と期待に満ちていた。


「す……素晴らしい! 採用だ! 是非ともうちで頼むよ!」


「本当すか!? あざす! いやぁ、高校中退して地元飛び出した甲斐がありました! まさかこんな形で芸能界入りできる日が来るなんて」


「き、きっと俺たちは組む運命だったんだよ。それじゃあ、今後のことは追って連絡するから今日のところは解散で」


「うっす! ありがとうございました! これからよろしくお願いします!」


 ビッグになるチャンスが到来し、五木は軽い足取りで去っていった。


 そんな背中を見送る信彦と結愛は青ざめた顔で風に揺れるネコジャラシを眺めていた。


「ねぇ、信彦。本当に彼を入れるの?」


 結愛はピリついた声で尋ねた。


「あんな情けないロッキー聴いたことない。シルベスタ・スタローン負けちゃうよ? 一発KOだよ?」


 さらに結愛は捲し立てるように続ける。


「Fコード弾けてないし、リズムがハシったりモタったりするし、コードチェンジがもたついてるし、てんでダメ。軽音部でも戦力外だよ、あれじゃあ」


「分かってるよ! 分かってるけど選り好みしてる場合じゃないだろ!?」


 信彦はあからさまにイラついて怒鳴った。

 事務所とは年明けに契約する段取りだ。それまでに三人揃えて演奏ができるくらいにはしたい。練習時間を考慮すると時期的に限界なのだ。


五木あいつには指の皮がズル向けになるくらい練習させて、プロレベルになってもらうしかない。並行してギタリストのスカウトは続行だ」


「え、五木君で決まりじゃないの?」


「あいつが使い物にならなかった時のBが必要だろ?」


「そんな取っ替え引っ替えして大丈夫なの? 事務所の人に怒られない?」


「売れる演奏ができればなんでもありなんだよ、この業界は。事務所との調整は俺がやるからお前は口出しするな。あと、結愛もギター弾けるやつ探しといてくれ。この際男じゃなくてもいいから」


 やぶれかぶれな策を打ち出す信彦に結愛は懐疑的である。だがリコネスの先行きは彼にしか任せられないので結局従うしかなかった。


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 次回は涼子とはガッツリラブコメ回です♡


 近況ノートに9月のご挨拶とお礼を載せました。

 よろしければご一読ください。

 10月もよろしくお願いします。

 https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330664523895945

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