第24話 「ご褒美欲しいよ……//」
涼子と美墨先輩を迎えてのレクチャー初日はつつがなく終わった。
美墨先輩が手取り足取りレクチャーしたおかげで空李さんは何かを掴んだらしい。問題集の演習問題を解いたところ、早くも結果が出ていた。
空李さんも手応えを感じたらしく、表情に自信がたっぷり溜まっていたのだった。
一方の俺と涼子は待機している間は他の科目の復習に時間を注ぎ、今後の授業に備えた。
夕方になり、陽が沈む前に解散となった。涼子は隣駅だが徒歩圏内なので歩いて帰る。先輩はバス、空李さんは電車で、俺は空李さんを駅まで送ることにしたのだった。
「今日は充実した一日だったー! 現代文ってコツを掴むと案外いけるんだね!」
伸びをしながら拳を空に向かって突き出す空李さんは手応えに満足な様子。
「作者の心情とか登場人物の気持ちとか、エスパーじゃないから分かんないって思ってたけど、冷静に問題文を読んでると見えてくるんだね」
「問題文から答えを探したり導く癖をつけると、現代文は得点源になりますからね。今日教わったことを復習して、身につけてください」
「はーい!」
家庭教師開始早々、成長が見られたため俺たち講師も、当然空李さん自身も見通しは明るい。
これはもしかすると楽勝かもしれないな。
口にはしないが俺は早くも彼女の合格を予感した。
まだ本試験までは時間があるため気を抜けない。しかし先週の時といい今日といい、空李さんは飲み込みが早いので希望が持てる。
近々実施される模擬試験の結果が早くも楽しみだ。
「それにしても本当にいいのかな……?」
元気一杯だった空李さんの声がにわかに萎む。俺は心配になって心中を尋ねた。
「金吾も涼子さんも詩乃さんも私のために時間を使ってくれる。でも私は何もお礼ができないよ。家庭教師なんて普通お金を払ってしてもらうことなのに……」
「そんなことですか。お金なんていりません。俺が空李さんの力になりたくてやってるんです」
「本当?」
「本当です。空李さんは今でもステージを下された俺のファンでいてくれてます。それがすごく嬉しいんです。そんな空李さんにお礼をするのはむしろ俺の方です。本当はライブに招待できれば格好がつくんですが、当分できそうにないので受験に協力させてほしいんです」
「えへへ……。贅沢過ぎるファンサービスだよぉ〜」
空李さんはニヘラ、と蕩けたように笑って照れた。
確かにファンサービスとしては贅沢だし、ただの友達としても大きすぎる好意だ。
でも、俺はファンのこの子に報いたい。この子のヒーローでありたい。
でもステージには上れないから、せめて彼女が受験という壁を乗り越える協力したいのだ。
「涼子さんと詩乃さんは良かったのかな? あの二人にまで甘えていいのかちょっと心配……」
「涼子はセルフマネジメントしながら協力してくれますよ。頭良いし、無理しない性格ですから。先輩は……」
ここで俺は言葉を詰まらせた。
先輩は俺に負けず劣らず家庭教師に積極的だ。しかし正直なところ、その理由がよく分からない。
先輩と空李さんはあのお茶会限りの関係だった。受験の悩みを聞いたり、口出ししたからと言ってここまでするだろうか?
あるいは、空李さんがお姉さんの教え子なことに関係あるのだろうか?
お姉さんの喜ぶ姿が見たいとか、驚かせたいとか。
だがそれは違う気がする。美墨先輩が昼間に見せた表情が俺の予想を否定した。
「ふふふ、詩乃さんって美墨先生と優しいところがそっくり。詩乃さんがついてくれたら国語はバッチリな気がする」
空李さんは満足げに独り言を呟いた。
引っかかるものがあるが、とりあえず先輩は強力な戦力だ。引き続きお願いするとしよう。
そんな会話を続けて歩いているとすぐに最寄駅に到着した。
「えへへ、金吾。今日はありがとう! 明日もよろしくね!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
明日は先輩は欠席し、俺と涼子で国語と数学を見ることになっている。
「それでは暗くならないうちにお気をつけて」
「…………」
俺は見送りを述べるが空李さんはその場に立って動かない。なぜかモジモジと手混ぜして、何かを求めるように上目遣いした。
「ねぇ、金吾……。今日はしてもらってないね?」
「してない? 何をでしょう?」
「ほ、ほら、あれだよ! 勉強頑張ったご褒美……」
遠慮がちにほのめかしつつ、空李さんはつむじの辺りを俺に向けてきた。
あぁ、全問正解した時のご褒美か。
今日は涼子たちがいたから自重したのだが、そのせいで物足りないらしい。
「しかし、今日は全問正解が出ませんでしたし、ご褒美はお預けでは?」
「うぅ〜。そうだけど、一日頑張ったんだよ? 頑張ったし、明日は満点目指して頑張るから! ご褒美欲しいよ……金吾になでなでしてほしいよ……」
餌のお預けされた子犬みたいな上目遣い。
そんな物欲しそうにおねだりするなんて反則だ。
俺はあっさり陥落した。こんなに可愛い女子高生なファンからリクエストされては断れない。
まぁ、減るもんじゃないし、出し渋ることもない。それで空李さんの学習のモチベーションが上がるならお安いご用だ。
「こほん、それでは……。空李さん、今日も一日よく頑張りましたね。この調子で明日も頑張りましょう」
なでなで。
「はうぅ〜。金吾になでなでされると幸せホルモンがドバドバ出てきちゃう〜。ライブの時よりドキドキするよぉ〜」
「ライブより興奮するんですか?」
「えへへ、金吾になでなでされるために勉強してるからね」
「大学合格を目指して勉強してくださいね?」
本当に面白い子だな。
俺は面白さ半分、照れ臭さ半分でつい微笑みながら空李さんの頭を撫で続けた。
空李さんはくすぐったそうに身動ぎし、撫でられるたびに相好を際限なく蕩けさせていった。
「(俺たちの税金で作られた駅でイチャつきやがって)」
「(婚活がうまくいかない私への当てつけなの!?)」
「(ガキが……舐めてると潰すぞ)」
撫でるのに夢中になったせいか、周囲の視線が痛い。まぁ、利用客の多い時間帯に往来の真ん中で立ち止まってたら邪魔になるか。
「それでは空李さん、また明日」
「うん! 明日も朝から部屋に行くね!」
「(受精しろ受精しろ受精しろ)」
†――――――――――――――†
駅でのイチャつきはトラブルのもとです。
自重してください。(憤死)
次回は皆様お待ちかね、裏切り者パートです!
金吾が無償の奉仕にやる気を出している頃、信彦は……
†――――――――――――――†
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