第14話 ボストンの茶会②〜そっくりさん?〜

 横手から漂ってきた少女の驚きの声。


 怪訝に思い声の方を振り向く。先輩もハッと肩を震わせて振り向いた。


 そこにはケーキを受け取った空李さんがポカンと口を開けて棒立ちになっていた。


「やっぱり美墨先生だ! 先生もお茶会に来たんですか!? 一緒にお茶しましょうよ!」


 パタパタっと軽快な足取りで先輩に近寄る空李さん。尻尾が生えてたら千切れんばかりに振っていることだろう。

 対して先輩は戸惑った様子で視線を泳がせている。


 先生、とはどういうことだろう?

 美墨先輩は塾か家庭教師でもしていたのだろうか?

 しかしその割には空李さんをどう扱うか困っているみたいだが……。


「空李ちゃん、その人と知り合いなの?」


 そこに怪訝に思った涼子が入って尋ねる。


「はい! この方は私の担任の美墨先生です! 通ってる愛宕女学院で中学生の頃からずっと担任をしてくださってるんですよ!」


 空李さんは嬉しさをあらわに興奮気味に説明した。

 が、俺は首を捻る。


 担任? 愛宕女学院の先生?


「空李さん、人違いですよ。その人はここの学生で俺と同じ学部に通う美墨先輩です」


「ほへ? 美墨じゃなくて美墨?」


 空李さんはこてんと首を傾げる。

 そこでようやく渦中の先輩がおずおずと口を開いた。


「私は文乃の妹で詩乃といいます。あ、姉がいつもお世話になっています」


「……い、妹さん!? す、すみません! 私ったらてっきり美墨先生だとばかり……」


「いえ、しょっちゅう間違われるので」


 空李さんは畏まってペコペコお辞儀して詫びた。そんな空李さんを先輩は苦笑いで宥めた。


「そんなに似てるんですか?」


「はい! もうご本人かと! 顔立ちとか艶々の髪とか!」


「へぇ」


 さすが姉妹だ。

 空李さんが中学生の頃から教鞭を取っているそうだから、お姉さんとは歳が離れているはず。それでも容姿は似るものか。

 空李さんが興奮するくらいのそっくり姉妹なら見てみたい。


「おっぱいが大きいところもそっくりです!」


「ちょ、空李さん!?」


 興奮気味な空李さんの突拍子のない説明に俺は戸惑いつつ、先輩の胸に視線を向けてしまう。

 今日の先輩は以前と似たようなニットである。そのニットセーターは内側からこんもり押し上げられて二つの連峰を形成している。


 指摘された先輩は顔を赤くして両手で胸を覆い隠そうとした。

 だが先輩のは二本の細腕で到底覆い隠せるサイズではなかった。むしろむぎゅっと両側から圧迫されてサイズが強調されてしまった。

 さながら、インド亜大陸がエベレストを隆起させるがごとくである。


「洋服の上からでも分かる圧倒的ボリューム感は愛宕随一だけど、妹さんはそれに負けてませんよ!?」


 何を力説してるのかな、この子は!?


「こーら、空李ちゃん。初対面の人の身体をあれこれ言わないの」


「はっ!? 私ったらつい……すみませんでした!」


 落ち着きを失っている空李さんを涼子が嗜める。


「金吾も見るな」


 ちょ!? 俺にまで飛び火させるなよ!?


「小早川君?」


「み、見てませんよ!?」


 嘘です。見ました。


 美墨先輩に恥ずかしそうに睨められ咄嗟に誤魔化す。が、多分お見通しだ。

 だって、あんなにご立派な連峰が飛び出したら目が吸い寄せられるじゃんか!


「あはは、金吾えっちだー」


「空李さんまで!?」


 誰のせいだと思ってるのかな?

 俺がプレゼミの間、美墨先輩をイヤらしい目で見ないよう自重していたのに、君がおっぱいだなんだと言ったせいだからね?

 俺の押さえ込んでた妄想が暴走したわけじゃないんだからね!?


「美墨先輩! 本当にそういうつもりでは……」


「いえ、平気です。小早川君がそういう人でないことは分かっているので。私も少し過剰に反応してしまいました」


 先輩は恥ずかしさと申し訳なさから頬を朱色に染めて誤解を解いてくれた。俺はほっと安堵する。


「えへへ、ごめんなさい。私もハメ外しすぎちゃった。改めて自己紹介します。校倉空李、愛宕女学院高校三年生です。美墨先生にはいつもお世話になってます」


「文乃の妹の詩乃です。姉に比べて不束ですが、どうぞお見知りおきを」


 空李さんはお詫びとともに自己紹介をし、先輩もそれに応じる。


「あの、詩乃さんって呼んでも良いですか?」


「はい、もちろんです」


「やった! それじゃあ詩乃さん、一緒にお茶しましょう!」


「い、一緒にですか? 私といても楽しくありませんよ?」


 初対面の空李さんにいきなりお茶に誘われる先輩。

 ある意味これもナンパだが、先日と違い女の子からなのでどう対処して良いか困っている様子。


「きっと楽しいですよ! 詩乃さんとは仲良くなれると思うんです! 美墨先生のことで聞きたいことが山ほどありますし」


「そこまで言うのでしたら……」


 空李さんは人懐っこさに少しのイタズラ心を混ぜた笑顔で先輩におねだりし、一瞬で心に入り込んでしまった。

 空李さんには天性の人懐っこさみたいなものが備わっている気がする。

 感覚としては中型犬にじゃれつかれる気分だ。


 そんな空李さんの勢いに先輩はたじたじで、半ば引っ張られるように空いてる席へ連れられお茶し始めた。

 一応初対面の人だけど、一瞬で仲良くなれるなんてすごいな。


「あの人ってあんたの先輩?」


「そう。先月のプレゼミで知り合った」


「ふーん。で、先輩のお姉さんが空李ちゃんの先生、と。こんな偶然ってあるのね」


 確かに、涼子の言う通り不思議な縁だ。

 他人同士だった二人がここにいない美墨文乃さんの存在を介して知り合いになるなんて。世の中狭いものだ。


「涼子ちゃ〜ん、こんにちは〜。そのエプロン素敵だね!」


 涼子と接客係を変わってお茶の準備を始めると背後からナンパっぽい男の声がした。


「あら、山科やましなくん。こんにちは。ご来場どうも」


「涼子ちゃんがお茶淹れてくれるって聞いたから居ても立ってもいられなくてね!」


「一体どこで聞いたのやら」


 浮ついた声は聞いててイライラするが、涼子は平然と対応している。

 涼子は見た目からも分かるとおり結構モテる。だからナンパをあしらう術も心得ているのだろう。


 それにしてもこの声、どこかで聞いたような……。


「ねぇねぇ、涼子ちゃん、休憩時間とかないの? 良かったら俺と一緒にお茶しようよ」


「誘ってくれるのは嬉しいけど、私さっき休憩したばかりだから終わりまで外れられないの。ごめんね」


 涼子は失礼にならないよう、他所向きの慇懃な口調で山科なる男の誘いを断った。

 俺と話す時とは大違いの態度。しかし涼子は平然と「休憩を取った」などと嘘をつく辺り、さして仲の良い相手でないことが分かる。向こうは名前呼びだけど涼子は苗字呼びだし。


 一体どんなやつなんだ。


 俺はポットを渡すついでにそいつの顔を拝むことにした。


「「あっ!」」


 そして目が合い、互いに驚く。


「お、お前はこの前の!?」


 山科は仰け反って俺の顔を指差す。


「そう言うあんたはこの前のナンパ男!」


 俺も驚いてつい変なあだ名を口走ってしまった。


 そんな俺たちの様子を見て涼子は怪訝そうに首を傾げた。


「二人とも知り合い……って感じじゃなさそうね。どういう間柄?」


「この前、この人が美墨先輩にしつこく絡んでたから間に割って入ったんだよ」


「ちょ!? 何本当のこと喋ってくれてんだよ!? 違うよ、涼子ちゃん!? ちょっと道を尋ねただけで……」


「キャンパスの中で迷子になってたのかよ?」


 思わず冷笑を浮かべて意地悪なツッコミを入れた。山科は「ぐぬぬ」と歯噛みして俺を睨みつけた。


「はいはい、二人とも喧嘩しないの。山科君、私はスタッフだから相手できないし、ここはそういう場所じゃないの。悪いけどお喋りはまた今度ね」


「えー。涼子ちゃん、いっつも俺につれないじゃーん」


「学科の女の子皆に声かけて回ってるから私なんか眼中にないんじゃないの?」


「そういう言い方は無しだよー」


 涼子の塩対応で追い払われた山科はため息つきながらお茶とお菓子をもらって去っていった。


「あの人、涼子の友達だったんだな」


「同じ学科なだけよ。別に仲良くないし。学部の女の子皆に声かけて回ってる変なやつなの。学部の子からは相手にされなくなったから、とうとう他所に遠征し始めたのね」


 わーお、辛辣。というか山科、がっつき過ぎだろ。


 涼子のドライな口ぶりに少し同情しつつ、またしても奇妙な縁に恵まれたことで改めて世の中の狭さを実感したのであった。


†――――――――――――――†

 美墨先輩の正体が分かるエピソードでした!

 先輩が先生の妹と分かり、驚きつつすぐに心を開いちゃう空李。

 空李のこの人懐っこさが物語を大きく動かしていきます!


 次回でお茶会の話はおしまいです。

 空李と先輩、そして金吾がもう少し仲良くなるお話です!

†――――――――――――――†

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