第15話 ボストンの茶会③〜ナンパはご遠慮ください〜

 その後しばらくして来場者の入りが落ち着いてきた。

 お茶を飲む人たちもまばらになり小休止と言ったところ。

 ようやくスタッフも休憩を取れるくらい落ち着いたのだった。


「金吾、あんたはちょっと長めに休憩しておいで。せっかくだし空李ちゃんにキャンパスの中案内してあげたら?」


「良いのか?」


「私そんなに疲れてないし、客足も落ち着いたからここは一人で回せるわ。それに、お礼として招待したのにほったらかしてたら可哀想でしょ?」


 確かに、涼子の言う通り俺は仕事にかかりきりで空李さんの相手ができてない。

 当人は美墨先輩と話し込んでて暇してないが、やはり招いた手前俺もきちんともてなすべきだ。


「ありがとう。行ってくる」


「はいよー。今度なんか奢ってねー」


 ズコー! それが狙いか!?

 まぁ、涼子にはこの頃借りっぱなしだ。そのうち一括返済してやろう。


 さて、と。空李さんはいずこや。


 あ、いたいた。空李さんだ。その隣にいるのは……美墨先輩じゃないな? 誰だ?


「君可愛いね! どこの学部?」


「学部? 私、高校生なんです」


「うそー!? 大人っぽいから大学生かと思ったよ!」


「あはは……どうも」


 見え透いたお世辞を言って空李さんを困らせているチャラ男がいる。山科だ。


 コイツ、学部の女子から総スカン喰らってるからって誰かれ構わず声かけおって。というかうちのサークルの客に手を出すなよ、まったく。


「君受験生? 良かったら俺が勉強見てあげようか? 俺こう見えて勉強できるし、塾で講師のバイトしてるから教えるの上手いよ?」


「そ、そうなんですねー。まぁ、お時間があればそのうち……」


「任せて! 絶対合格させてあげるよ!」


 おめでたい奴だな。空李さん、露骨に困って社交辞令で交わそうとしていることに気づいてない。

 学部の女子学生から相手にされなくなったのはこういう一方的な会話をする悪い癖があるためだと推察される。

 なんにせよ空李さんが困らされているところはこれ以上見てられない。


「ちょっと、山科君」


「ん? あ、お前は涼子ちゃんの隣にいた……」


 振り向いた山科は露骨に面倒臭そうな顔をした。


「山科君、さっきも言われてたけど、ボストンのお茶会は地域の人がキャンパスの雰囲気を感じながらお茶を楽しむイベントなんだ。ナンパは遠慮してもらえるかな? それに空李さんは俺が招待したお客様だからあまり困らせないでよ」


「ナンパだなんて人聞きが悪いなぁ。俺はこの大学の一員として足を運んでくださった方とコミュニケーションを取ってただけさ! 今だって受験生の彼女の悩みを聞いてあげようとしてところだよ。ね?」


「え? まぁ、そう言えなくもないような……」


 山科は愛想の良い笑顔でもっともらしい言い訳をして俺の指摘をかわす。

 そして突然話題を振られた空李さんは苦笑混じりに肯定した。迷惑なら迷惑って言っていいんだよ。


 それはともかく、山科をどうするかが先だ。

 このイベントは地域交流を促進したい大学の方針に後押しされて開催されている。

 学生として来場者と交流を持ってくれるのはありがたいが、行き過ぎたウザ絡みはご遠慮願いたいところ。

 とはいえ彼も一応お客さんだ。あまりキツい言い方はしたくない。


「ていうか君と彼女、どういう関係? 付き合ってるわけじゃないんでしょ?」


 図々しい山科の質問。男と女とくればそういう話題を連想せずにいられないのだろうか?


「付き合っていないけど……」


「じゃあいいじゃん」


「よくない。空李さんは俺のなんだ。彼女が不快な思いをしているところは見過ごせない」


 今日、空李さんをお茶会に招いたのは他ならぬ俺自身だ。だから彼女には最初から最後まで笑顔でいてほしい。


 この時の俺は――空李さんがリコネスのファンだからということもあるが――ライブに足を運んでくれたお客さんに楽しんでもらいたい、というリコネス時代の情熱を思い出していた。


「金吾……」


 いつにな強い口調で主張したせいか、空李さんは呆然と俺を見つめていた。頬を紅潮させ、とろんとまなじりの下がった表情をしている。


「お、おう……言うねぇ」


 さすがの山科もここまで言われてバツの悪さを感じたらしく、戸惑いを浮かべていた。


「あなた、ここで何をしているんですか?」


 と、そこに木枯らしのような冷たく強い圧のある声が響く。谷底から吹き上がった風を彷彿とさせる声の主は美墨先輩だ。席を外していた彼女が戻ってきたのだ。


「げ、先日のお姉さん……!?」


 けんもほろろに自分をあしらった先輩を見て山科は頬を引き攣らせた。


「遠くから見てましたが、あなた、空李ちゃんに随分としつこく絡んでいるようですね。学生のみならず他学校の、しかも高校生にまで……」


「「ひぃ!」」


 ゴゴゴ、と地鳴りが聞こえてきそうな叱責に山科と空李さんが小さく悲鳴を上げる。

 いや、なんで空李さんまで怖がるの?


「その人は私の大事なお友達なんです! 今すぐ離れてください!」


「そ、そんなに怒んなくても……。あ、お兄さん、お仕事は大丈夫なんですか?」


 山科よ、ここでそんな露骨に話題逸らしても無駄だぞ。そもそも君に心配される義理はないし。


「今は休憩中なのでご心配なく。空李さんが大学まで来てくれたから中を案内しようと思ったんだよ」


「え、案内してくれるの!?」


 空李さんは困り顔を一転、満面の笑顔を浮かべると山科を突き飛ばして立ち上がった。山科は椅子から芝生の地面に転がり落ちた。


「はい、せっかくキャンパスまで来たわけですし」


「やったぁ! 早く行こうよ!」


 空李さんは俺の手を握ると校舎の方を指差して大はしゃぎだ。本当、犬みたいで可愛いな。


「詩乃さんも一緒に行こうよ!」


「わ、私もですか?」


「うん。詩乃さんも一緒だともっと楽しいですよ!」


 空李さんは先輩の手も握った。

 先輩は目を丸くしてやや驚いた。そして俺の方におずおずと視線を向け、ついてきて良いかと暗に尋ねた。


 空李さんはこの短時間で随分と先輩に心を開いているようなのでぜひご一緒してもらえると嬉しい。きっと思い出になるだろう。

 俺は小さく頷いてお願いした。


「それではお供しますね」


「やった! 金吾と詩乃さんとキャンパス探検だ!」


 空李さんは俺と先輩の間で手を握り、意気揚々と校舎の方へ引っ張っていく。まるで娘と両親の家族連れだ。


 すっきりした秋の空の下、俺はファンの女の子と大学の先輩を伴ってキャンパスをのんびり散歩することになったのだ。


 ひたすらバンドに打ち込み、プロになることに熱意を燃やしたあの頃に比べると随分平穏で退屈だが、今はこの時間がすごく楽しい。


 そう思う十一月の日曜日であった。


「あれー、お嬢さん!? 俺のこと置いてかないでよ〜」


 背後で山科の情けない声が上がるが、まぁ、それは放っておこう。


†――――――――――――――†

 今回でほのぼのお茶会エピソードは終わりです。

 次回は金吾、空李、美墨の語り合いの回です。

 物語が大きく動き出すきっかけのお話になります。


 お楽しみに!

†――――――――――――――†

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