第20話 (詩乃side)校倉空李観察記(後)
――case 3. バイトする空李ちゃん
空李ちゃんはGW明けからファストフード店でアルバイトを始めました。注文すると目の前でサンドイッチを作ってくれるお店で、カウンターでせっせとパンに具材を載せています。
働きぶりは真面目そのもので、お客さん一人一人と目を合わせてコミュニケーションをとっていきます。
「今日は暖かいですね。こんな日はよく冷えた烏龍茶がおすすめですがいかがですか?」
「えっと……それじゃあドリンクセットにしようかな」
「かしこまりました!」
そんな接客が功を奏し、プラスアルファの売上げを立てていきます。
空李ちゃん、すごいです。空李ちゃんの笑顔でお客さんは萎びたキャベツみたいにヘロヘロになってしまいます。
「お嬢さん、俺のサンドイッチ、ピクルスとハラペーニョをトッピングで。あとお嬢さんの愛情増し増しで!」
おっと……これは迷惑なお客です。見た感じ私達と同じ大学生くらいの若い男性客です。昼のファストフード店なのに深夜の居酒屋みたいなノリです。見てる私でさえ激辛のハラペーニョを鼻の穴に突っ込みたい衝動に駆られます。
さて、空李ちゃんはどうするのでしょう。
「はい、ピクルスとハラペーニョをトッピングですね!」
空李ちゃん、まさかのスルー! 悪いお客さんには塩対応です。でも相手にするとエスカレートして他のお客様に迷惑になるかもしれないのでそれで良いと思います。
お客さんの方も肩透かしを食らったのか、サンドイッチを作る空李ちゃんにちょっかいは出しませんでした。
空李ちゃんは勤務中。邪魔してはいけないと悟ったのですね。分かればよろしいのです。
「お待たせしました。ベーコンサンド、トッピング付きです。それと……」
サンドイッチの乗ったトレーを渡す空李ちゃん。少し頬を朱に染めて、でも笑顔を絶やさずひっそりと告げたのです。
「愛情もいっぱい挟んでおきました!」
「「っ!!!??」」
絶句です……。迷惑客も私もこれには絶句です。塩対応からの神対応。肩透かしと見せかけて期待に応えるなんてあなたはマジシャンですか?
惚れちゃいます。これは私も惚れちゃいます。今から私も愛情増し増しの注文をしてこようかな……。
「いらっしゃいませ。あ、遠藤君! こんにちは。今日も来てくれたんだね」
「こ、こんにちは、校倉さん。ここの駅よく使うし、サンドイッチも美味しいから……」
「そうなんだ! いつもご贔屓にありがとうございます! 今日はどれにする? いつもお肉系だから今日は野菜系にしない?」
「えっと……校倉さんのおすすめならそれにする」
「はい! それじゃあ今日はBLTサンドをお作りしますね!」
今度のお客さんはお友達でしょうか? メガネをかけた素朴な青年です。他のお客さんと違い、ニコニコ接客する空李さんの顔を見ようとしません。
不思議な人もいるんですね。空李ちゃんの笑顔ならコッペパン五本食べられるのに。
「はい、BLTサンド野菜増し増し! 美味しく召し上がれ」
空李ちゃんの営業スマイルは完璧です。いや、あれは本心からの笑顔なんでしょう。だからお客さん達皆癒されてます。
しかし今対面している男性の方はなぜか顔を強張らせているように見えます。なぜそんなに緊張するのでしょう?
話を聞きたいですが声のボリュームが小さくて耳に入りません。
「あ、ありがとう……校倉さん。あ、あのさ、バイト終わるの何時頃かな? 俺、今日はこの辺で買い物するつもりだから、せっかくだしお茶でも……」
「ごめんなさい。バイトが終わったらギターの人の部屋で練習見てもらうことになってるの」
「あ、そうなんだ……。練習頑張ってね」
「うん、ありがとう!」
うーん、結局何を話していたのでしょうね。男性客はなぜか肩を落として去っていきました。
聞き耳を立てるのは良くないと分かっていますが、空李ちゃんを知るため、ぜひ聞きたかったものです。
――case 4. バンドの練習をする空李ちゃん
空李ちゃんは合同練習のない日でもベースの練習に励んでます。自分でスタジオを押さえて個人練習したり、スタジオが借りられなければ屋外で一人で弾いています。
今日はあいにくとスタジオを借りられませんでした。なので校舎から離れたスペースのベンチでミニアンプに繋いでパート練習です。北斉大は住宅地から離れている上に森林に囲まれているので音を出しても誰にも怒られません。
なので思いのままに音を出す空李ちゃんなのです。
ちなみに一人ではなくお友達もご一緒です。黒髪セミロングの清楚な女の子です。
「空李、もう上達してるね。練習の成果が表れてるよ!」
「えへへ、凪音が手伝ってくれるおかげだよ。さすが元ダンス部!」
部外者だけど練習に付き合ってもらっているようです。空李ちゃんはつくづくお友達に恵まれています。
明るい人柄もありますが、真剣に練習する様子に感化されたのでしょう。
空李ちゃんは普段は明るくてお茶目ですが、勉強や練習の時は人が変わったように黙々と集中します。飲み込みも早く、指導する側も甲斐があるのです。
そういえば、受験勉強もバンドもどちらも小早川君が関係していました。
彼と同じ大学に通う、彼と同じステージに立つ。
それが彼女のモチベーションになっているのでしょうか?
推しへの愛、恐るべしです。
「ねぇねぇ、おねーさん達ー! 良かったら俺達とバンドの話しない?」
「俺ら、学祭でコピーバンドしたことあるんだ!」
そこへ二匹の蝿……ではなく輩が現れました。金髪に焼けた肌という由比ヶ浜を拠点としてそうな男子学生です。
目的は明らかにナンパ。空李ちゃん、ピンチ!
「「練習中なので結構です!」」
「……あ、はい。なんかすんません」
なんと、お二人で蹴散らしてしまいました! ギロリと鋭い眼光でひと睨みしただけで輩達は怖気付いて蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。まさに鎧袖一触です。
バンドへの熱意でナンパ師達を圧倒したのでした。
「凪音と一緒にいると男の人によく声かけられるね」
「空李が可愛いから近づいてくるんだよ」
「そ、そんなことないよ〜」
気が緩んだのかよくある女子トーク。どちらもすごく可愛いので寄ってくるのですよ。あぁ……私がお持ち帰りしてしまいたい。空李さん、お友達さん、今夜うちでご飯でもどうですか?
「その証拠に凪音には彼氏ができたじゃん。あ、そうだ! その後年上の彼氏さんとはどうなの? 順調?」
「うふふ、順調だよ。今日も部屋に行ってお夕飯作ってあげるんだ! しかも、今日はお泊まりさせてもらうの!」
「きゃーー! 凪音、大胆! ねぇねぇ、いつになったら紹介してくれるの?」
「えっ!? うーんと、時期が来たら必ず紹介するよ」
と恋バナも挟みつつ、真剣に練習に取り組む空李ちゃんでした。
*
さて、数日かけて空李ちゃんを観察した結果をまとめると、私から見た彼女は
明るくて、
真面目で、
お茶目で、
固い芯のある、
恋愛にも興味のある女の子
と結論づけられました。
まさに天性のリア充、生粋の陽キャ。
そんな彼女をイメージした歌詞が……できました!
キャンパスでお友達に囲まれ、大きな目標を持ってバンドに打ち込む青春まっしぐらな女の子の歌。
ついに完成した私の作詞第一号!
「こんな歌でいいのかな……」
それなのに達成感とは程遠い、不安ばかりが胸の内に募るのでした。
†――――――――――――――†
ついに完成した詩乃さんの詞。
しかしその出来栄えは……
金吾の弟が主人公の兄弟作『藍田姉妹はハサみたい❤️』もよろしくお願いします!
https://kakuyomu.jp/works/16817330668219472961
†――――――――――――――†
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