第11話 (挿絵あり)清楚な先輩とお茶会の招待
(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330663792792496)
国立北斉大学。水と緑豊かな地方都市・北斉市にキャンパスを構えるこの大学に俺と涼子は通っている。
といっても俺は文学部人文学科、涼子は経済学部経営学科。時間割が違うし、お互い学科の友達がいるのでそちらの付き合いがある。
なので大学で行動を共にすることは基本的にはない。
あるとすれば一緒に入っているサークル活動の時だけだ。
さて、バンドをクビになって迎えた初めての平日、俺は課題の調べ物のために大学の図書館へ足を運ぼうとしていた。
バンドをクビになろうが、彼女を寝取られようが時間は等しく流れる。課題の期限も時々刻々と近づいてくる。
大学生は時間があると思われがちだが、やるべきことはやらないと地獄を見る羽目になる。
そんな世界の無情さにはため息が出てしまう。
だが考えようによっては多忙は悪くない。その間は音楽のことは忘れられる。
今は一人でこれまでの自分と今後の自分を見つめ直したい気分だ。
そのためには一度、音楽のことを綺麗に忘れるのも良いだろう。
修行僧みたいな考えを抱きながらキャンパスを歩いている、その時だ。
「ねぇねぇ、一回くらいいいじゃーん」
「興味ありません。他を当たってください」
チャラチャラした男の声と、億劫そうな女性の声。
声のする方向を見ると男子学生が女子学生の後ろに張り付かんばかりに付き纏っていた。
「ちょっとお茶するくらいいいでしょ? 学食でコーヒー奢るからさ」
「コーヒー苦手なので結構です」
ナンパだ。キャンパスの中でナンパなんて、度胸あるな。
男の方は髪を染めてピアスもしていて、まるでミュージシャンみたいだ。ある意味俺よりもバンドマンっぽく見える。顔の感じも整っていて遊ぶ相手としては悪くなさそうだ。
一方の女子学生の方はけんもほろろな塩対応。男遊びに全く興味がないと言った様子。
というかあの女子学生は……あぁ、
「そう言わずにさ!」
「きゃっ!」
焦れた男が先輩の正面に回り込む。
先輩は接触されたわけではないが、急に視界に入り込まれて驚いたせいで、抱えていた本を落っことした。それを男の方がさっと拾う。
「返してください」
「どうしよっかなー?」
男は本を顔の前でひらひらひけらかし、そんな意地悪なセリフを吐いた。
そうやって先輩の気を引こうという作戦か。そんなの逆効果にしかならないだろうに。
対してやはりと言うべきか、大事な本を取られた先輩は口をへの字に曲げて苛立ちをあらわにした。
「怒った顔も可愛いね!」
男は先輩の気持ちなんかそっちのけで悪ふざけを続ける。
もう見てらんないや。
俺は気配を悟られないように男の背後に近寄る。もっとも、男は先輩しか見てないので忍び寄るのは容易だ。
そしてその手から本をさっと掠め取った。
「この本はお預かりします」
「あ、こら! 何すんだよ!」
「これは美墨先輩の本です。先輩に返してあげてください」
「小早川君……」
取り上げた本を先輩に渡す。突然の俺の登場に先輩は驚きつつ、安堵した様子で本を受け取って大事そうに抱きしめた。
「先輩が困ってるのでこういうのはご遠慮ください」
「いや、困らせるつもりとかないんだけどなぁ……」
男はバツの悪そうな顔で言い訳をする。
一方で困らせられていた美墨先輩は不快感をあらわに男を睨みつけた。垂れ目がちなため迫力に欠けるが、気分の良い顔でないことは誰の目にも明らかだ。
「そ、そんな顔しないでよ。ちょっとお茶したかっただけなんだよ。さいなら〜!」
最後の最後まで男は言い訳をし、脱兎の如く走り去った。
「災難でしたね、先輩」
「えぇ、早く課題を終わらせたかったのに」
先輩はひどく疲れたような顔でため息をついた。
「小早川君、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「大したことしてませんよ」
先輩の目元は前髪に覆われているので表情の変化が分かりづらい。だが僅かに見えた片目や声のトーンから本心でお礼を言ってくれていると察せられた。
源氏物語から出てきたような雅な容貌はまさに大和撫子。
そんな先輩と初めて知り合ったのはゼミだった。
俺の学科は二年生からゼミが必修で、一年生の後期は一ヶ月ごとにゼミを渡り歩いて体験するプレゼミという単位がある。
美墨先輩は先月に参加したゼミの学生なのだ。
「何かお礼をしないといけませんね……。何が良いでしょう?」
むぅ、と細い指を顎に当てて考える先輩。
「お礼なんて求めてませんよ」
先輩の義理堅さに俺はつい苦笑した。本当にそんなつもりじゃなかった。
「いえ、されっぱなしだと恐縮です。私にできることならなんでも言ってください」
「なん……でも……」
ゴクリ、と生唾を飲み下す。
あらぬ妄想をし、一瞬先輩の身体の一部に目が吸い寄せられる。
先輩は大和撫子そのものの顔立ちだが、反面、出るとこ出て締まるところ締まった抜群のスタイルの持ち主だ。
特にセーターを押し上げるバストは大人の色気の塊で、つい変な期待をしてしまう。
ダメダメ! こんな考えは先輩に失礼だ!
しかも、先輩にだけは邪な視線を向けてはいけない。
先輩にはある噂がある。
ゼミの別な先輩から聞いたが、彼女は筋金入りの男嫌いなんだとか。
だから男が美墨詩乃と仲良くしたければ決して下心を抱いてはいけないとのこと。
理性をフル動員して視線を明後日の方向に向ける。
俺は短歌に興味があるので来年度は美墨先輩と同じゼミに入りたいと思っている。だから今から嫌われることは避けたい。
幸い、今までは結愛という最愛の女性がいたから脇見しなかった。しかしその枷がなくなったせいか、不覚にも俺は妙な妄想をしてしまった。
この巨大な二つのもので俺の熱く
いかんいかん、何考えてるんだ、俺は!
「本当にお気になさらず。先月お世話になったお礼のつもりですし」
先輩とはつかず離れず、良き後輩として接しよう。
俺はそう誓った。
「本当によろしいんですか?」
「はい、お気持ちだけで十分です」
「そうですか……。試験の過去問なら提供できるのですが」
「すごく欲しいです!」
俺は物に釣られた。まぁ、単位を取るための便宜を図ってもらうことは後輩らしい振る舞いのでセーフということで。
先輩は俺の反転ぶりに意表を突かれてコロコロと笑った。
うーん、可愛いな。
先輩は化粧気がないのでちょっと垢抜けないが、それでも元が良いので絵になる。
と、俺はここであることを思い出す。
「そうだ、先輩。次の日曜日はお暇ですか?」
「え、日曜日ですか? 時間はありますが……」
先輩は怪訝そうに首を傾げる。突然休日の予定を尋ねられて驚いたのか。
「よかった。日曜日に俺のサークルの”お茶会”が開催されるので、よろしければ来てください」
俺は涼子と一緒に『紅茶同好会”ボストン”』というお茶飲みサークルに属している。
ボストンの活動は基本は仲間内でお茶を飲むことだが、月に一回、キャンパスの施設を借りてサークル外の人にお茶を振る舞うイベントを開催している。
今月は俺と涼子は運営スタッフとして仕事をすることになっているのだ。
「声かけはメンバーのノルマなので、いらしてもらえると嬉しいです」
「そういうことですか。それでしたらぜひお邪魔しますね」
先輩は朗らかに笑って約束し、会釈をして去っていった。
その背中を見送りながら俺はあることを思いつき、スマホで涼子に電話をかけた。
コールすると涼子はすぐに出た。挨拶もそこそこに俺は要件を切り出す。
「空李さんへのお礼なんだけど、日曜日のお茶会に招待するってのはどうかな?」
『いいんじゃない? 受験勉強の気晴らしになるだろうし。でも招待するだけじゃ味気ないから、ケーキ屋さんでクッキーとか買って渡したら?』
「おぉ、それもそうだな! さすが涼子、気が利く!」
お礼の内容が決まると俺は早速空李さんにLINEでメッセージを送った。
†――――――――――――――†
というわけで今回は清楚な文学女子大生・美墨先輩の紹介でした。
先輩と金吾の関係はまだ薄いですが、これからヒロインの一角としてどんどん仲良くなります!
次回は空李のお話です!
通っている愛宕女学院高校を舞台に先生やお友達と交流します!
お楽しみに!
†――――――――――――――†
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