第12話 (空李side)「にやにやしちゃう……///」

 私立愛宕女学院。


 明治時代から北斉市に校舎を構える、中高一貫の伝統ある女子校だ。

 私は親の教育方針で中学生の頃からここに通っている。


 今は昼休み。私は仲の良い友達と学校の中庭でお弁当を食べた。休み時間も終わりに差し掛かり、皆で教室に戻ろうとした時だ。


 ブレザーのポケットのスマホが鳴る。LINEのメッセージ受信の通知音だ。


 平日の昼間にメッセージなんて珍しいな。


 私は怪訝に思い、歩みを止めてスマホを確認した。


「っ!? 金吾からだ……」


 心拍数が一瞬で跳ね上がる。顔がポカポカして頬が緩む自覚があった。


「あれ、空李? どうかした?」


 前を歩いていたら友達が振り返って尋ねてくる。


「なんでもないよ! 先に行ってて!」


 友達に断りを入れ、私はグループから外れた。

 女子校という環境のせいか、愛宕生は恋バナが大好きだ。

 私が大学生の男性からメッセージをもらったと知られれば必ず詮索されるだろう。


 一人になったところで私はメッセージを開いた。


『(金吾)こんにちは。日曜日のお昼ですがお時間ありますか? 北斉大学でサークルのお茶会イベントがあるので、よろしければいらしてください』


 私はメッセージを五回は繰り返し読んだ。

 何度読んでも金吾と日曜日に会えることが書いてある。


 うわー! どうしよう!

 推しにお茶に誘われちゃった!!

 イベント? お茶会? よく分からないけど、金吾とお茶できるってことだよね!?


 推しとお茶だなんて……幸せすぎる!

 顔がにやけちゃうよぉ……。


「空李! 何にやにやしてるの?」


「ひゃ!? な、凪音!? 戻ってきたの?」


 スマホに目が釘付けになった私の耳朶をイタズラっぽい声が撫でる。一緒にご飯を食べてた友人が戻ってきたのだ。


 艶々の黒いミドルヘア、瀬戸物のように美しい肌、ぱっちりした瞳に瑞々しい唇。

 アイドルもかくやな可愛いルックスのこの子の名前は五十嵐いがらし凪音なお

 凪音とは中等部からの友達だ。私は文系で凪音は理系なのでクラスが違うが、今でも交友は続いている。


「もしかして、例の推しから?」


 凪音は不敵な笑顔を浮かべて事実を言い当てた。


 金吾とのことは親にも言っていない。が、凪音にだけは打ち明けている。

 というのも、土曜日の夜は凪音の家で『共通試験対策合宿』と称したお泊まり会の予定だった。

 凪音の家はお屋敷と言えるくらい大きな家だ。しかしご両親は海外にいて実質一人暮らし。そのため中抜けのアリバイ工作に一役加担してもらった経緯がある。

 そんな彼女には迷惑をかけたし、心配もさせた。そんな負目から事実を打ち明けたのだった。


 最初凪音は


「男の人の家に一人で行くなんて危ないよ!?」


 と心配してくれた。


 しかしその後の出来事を話して一応心配は晴らした。

 金吾が私に何もしなかったと言っても半信半疑だった。口にはしないが、彼が私に優しくしたのは下心があるに違いないと訝っていたのだろう。

 だが涼子さんというしっかりした女性の友達がいることを知って、どうにか疑い晴れたのだ。


「そう、彼から。次の日曜日に北斉大学のキャンパスでサークルのイベントやるから是非って」


「へぇ、よかったね! そこで仲良くなれるかもね」


「ど、どうだろう。緊張しちゃうなぁ……何着ていこう?」


 受験勉強も大詰めに迫っている今日この頃、親の目があるのでなかなか遊びに行きづらい。久々に遊びに行く予定ができて私の胸を踊らせた。


「空李、楽しそう。休日に推しにファンサービスしてもらえてよかったね」


「えへへ、役得だよー! バンドやめることになっちゃったからもう会えないと思ってたけど、連絡先はゲットしたからその次もあるかも〜」


 以前はライブステージの上の存在だった金吾と今ではSNSで繋がっている。こうしてメッセージまでもらえる関係になった。

 ファンとしては感無量なのだ!


「あはは、分かるー。推しと普通に話せるって幸せだよねー」


 凪音は笑顔を一層花笑ませて呟いた。


 私はその一言に違和感を抱く。


「凪音も推しと繋がったりしてるの?」


「ほへ!? いや、の話だよ! もしも推しと繋がってプライベートでお喋りしたり、ご飯食べられたら幸せだろうなって思ってさ」


 なんだ、そういうことか。まぁ、凪音がそう思うのも無理はない。なぜなら凪音と彼女の推しとは繋がれないからだ。


 その時、スピーカーからチャイムが鳴る。午後の授業の始まりの予鈴だ。


「おーい、五十嵐、校倉! 授業始まるぞー」


「あ、能登先生だ! はーい、今行きまーす!」


 同時に窓の向こうから男性の声が。

 数学教師で凪音の担任の能登先生だ。

 彼に反応する凪音の声は一オクターブ高い。


 というのも凪音の推しはあの能登先生だ。


 能登先生は愛宕女学院の数少ない男性教師で、歳は三十手前と若い。きっちりしてるけど優しい性格なので女子生徒からの人気は高い。

 もちろん先生なので生徒に色目使ったりしないので、その安心感から推し活してる生徒は割といる。バレンタインデーとか結構チョコもらってるし。


「じゃあね、空李。推しと上手くやんなよ!」


「ちょ、上手くって私はそういうつもりじゃ……」


「それじゃあどうするの? せっかく推しと仲良くなれるチャンスなのに」


 凪音に言われ、自分がどうしたいのか考えてなかったことに気づく。


 チャンス……。確かにこれはある意味チャンスなのだろう。


 凪音と能登先生は生徒と教師という明確な一線があるし、そもそも能登先生は既婚者だ。凪音は先生との関係を進められない。


 一方の私はその気になれば状況を変えられる。

 ファンからお友達に、お友達からその先へ……。


 でも金吾とお友達や恋人になりたいのかと問われるとなんだか違う気がする。


 私は金吾から元気をもらい、彼を応援していたかった。それで十分だった。

 そして今は辛い目に遭った彼を応援したい。それが私の想いだ。


「ま、受験もあるし今は推し活はほどほどにね。それじゃあ私行くね!」


「あ、待ってよ凪音! 金吾から『良かったらお友達も誘って』って言われてるんだけど、日曜日どうかな?」


「ごめん、日曜日はあるからパス。その代わり二人きりで楽しんでおいで!」


「もう、そういうのじゃないんだってば!」


 ぴゅーっと風のように去っていく凪音。

 凪音は勘違いしているのか、それとも揶揄っているのか分からない。

 私にその気はない。彼も友達を誘ってなんて言うあたりその気はないのだろう。 

 私達はあくまでファンと推しの関係なのだ。


「さぁ、私も教室行こう。あ、その前に金吾にお返事しちゃおうっと!」


 関係うんぬんと難しいことは置いといて、今は推しとお茶できる幸せを享受しよう。


 そんな心持ちで返事を書いていた時だ。


「校倉さん、どうされたんですか?」


 和歌を詠むかのごとき優しい声で尋ねられる。


「あ、先生」


 いつの間にか目の前に担任の美墨みすみ文乃ふみの先生が立っていた。

 すずりに溜めた墨のように黒く綺麗な長い髪、おっとり優しい顔立ちと裏腹なナイスバディ。私が中学生の頃からお世話になってる国語の先生だ。

 年齢は不詳だが、能登先生より先輩なので多分三十歳くらい。なのでその話はしてはいけない。


「実は先日知り合った大学生の方からキャンパスで開催するイベントに招待してもらったんです!」


「まぁ、イベントですか。それは良いですね」


 美墨先生はコロコロと淑やかに笑った。

 先生との付き合いは長い。なにせ中等部からぶっ続けで担任をしてくれている。私にとってはお姉さんみたいな存在でもある。

 だからつい嬉しくて素直に話せてしまう。


「えへへ。それで勉強の息抜きに北斉大学まで行ってこようかなって」


「楽しんできてくださいね。息抜きも時には大切なので」


 受験も大詰めのこの時期に遊んでいては怒られそうなものだが、先生はそんな了見の狭いことは言わない。

 だから私は美墨先生を慕っているのだった。


「でも、息抜きは良いですが、はいけませんよ?」


 が、舞い上がったせいで忘れていた。美墨先生は規則には厳しい。

 声のトーンはそのままにピンと先生の声が張り詰める。そして私の手からスマホを手品みたいに掠め取った。


「校内でスマホの使用は禁止、ですよ?」


「ひえ〜、ごめんなさ〜い!」


「放課後、職員室まで取りにきてくださいね」


「せんせー! せめてお返事書くまで待ってください〜」


「ダメです」


†――――――――――――――†

 というわけで今回は空李の学校での一幕でした。

 友達の凪音、優しいけどきっちりした美墨先生、ちょっとだけ出た能登先生。

 実はこの三人は私の別の作品の主人公とヒロインです。

 そちらを読んでいなくても楽しめるようストーリーは進みますが、ぜひご一読いただけると幸いです!


 女子校教師俺、S級美少女の教え子に弱みを握られダメ教師にされる

 https://kakuyomu.jp/works/16817330659066907525/episodes/16817330659677295819


 次回からはいよいよヒロインたちが一堂に会します。

†――――――――――――――†

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