第6話 (涼子Side)クールな涼子のウェットな一面(前編)
宴は最高潮を更新中。
あっちで男子の大笑いが巻き起こったかと思えば、こっちでは女子の甲高い笑い声が響いている。
シルクロードは北斉大ではかなり規模の大きいサークルだ。旅行サークルという名前の通り旅行が活動の目玉であるが、普段は何かに理由をつけて集まって飲み会を開く、いわゆる『飲みサー』である。
四月は新歓、五月はGW、七月はテストお疲れ様会と集まりに事欠かない。
賑やかなのが好きな人が集まるところなのでことさら四月の新歓は盛り上がる。一人でも多くの会員を集めようと幹部は躍起なのだ。
そんな新歓の会場を私は視線を彷徨わせながら歩いていた。お目当てのあの子はどこかしら?
「神田さーん、こっち来なよ!」
「涼子ちゃん、一緒に飲もうぜ!」
知ってる顔、名前も知らない顔。私を受け入れてくれる彼らに申し訳程度に手を振って探し続ける。
すると異様に熱気の高いシートが目に入った。男子ばかりの小集団の中で一人の小柄な女の子が少し困ったような顔をして矢継ぎ早な質問や話題に応じていた。
その女の子は校倉空李ちゃん。小顔とくりっとした大きな目がチャーミングな後輩だ。あれだけ可愛いとやはり男子は放っておかないのね。でもあなた達、空李ちゃん困ってるのに気づいてないのかしら?
「あーりちゃん」
空李ちゃんの背後に回り込んで肩にポンと手を置く。小さな肩を一瞬ピクっと跳ねさせてこちらを振り向いた。
「涼子さん!?」
「久しぶり! ちょっと時間良い? 紹介したい人がいるのよね」
「あ、はい! 私は大丈夫ですけど……」
空李ちゃんは戸惑い気味に同席していた男子達に目配せした。話の途中で中座するのが申し訳ないのだろう。何ともお行儀の良いことだ。
その男子達だが、突然現れた私のことを鳩が豆鉄砲食ったような顔で見つめていた。そんなに熱い視線を注がれると照れるじゃない。
まぁ、それはともかく、
「空李ちゃん借りてくけど、良いわよね?」
可愛い一年生に群がる男どもに賃料代わりの営業スマイルを送ってやる。すると彼らは顔を赤くしてコクコクとそういうおもちゃみたいに頷いたのだった。
「というわけで行きましょ、空李ちゃん」
「は、はい!」
空李ちゃんは男どもに断りを入れて立ち上がり、靴を履いて隣にピッタリついて歩き出した。男どもは鎮火したみたいに静まり返り、ちびちびオードブルを突き始めたのだった。
「あの、涼子さん。紹介したい人というのは?」
「あれ嘘。空李ちゃん連れ出して二人で話したかっただけ。囲まれて疲れてる感じもしたし。迷惑だった?」
「いえ、むしろ助けてくれてありがとうございます! チヤホヤしてくれるのは嬉しいんですが、さすがに疲れちゃいました。男子と大勢で話すのも慣れてませんし」
「女子校だもんね。どう、男がいる感想は?」
「どう、と聞かれても……。ガサツなところ出ちゃわないかドキドキします?」
「ガサツ?」
予想外な返答に首を傾げる。私が記憶する限り、空李ちゃんにそんな粗野な一面は見当たらない。
「女子校ってお上品なイメージ持たれがちですけど、男子がいない分気が緩みっぱなしで結構ガチャガチャしてるんですよ」
「ふーん」
なるほど、女子校だと男がいないから見栄えや貞操に気を配る必要がないということか。で、そんな姿が油断して露呈しないか心配だと。そういえば愛宕女学院のOGな榛名からも似たような話を聞いたっけ。にしても斜め上な回答だった。
「廊下でも階段でも普通にパンツ見えてますし」
それはさすがにどうなんだろう……。というか愛宕女学院にも男性の先生はいるでしょうに。
立ち話も何なのでひとまずどこかに座ることに。適当なクーラーボックスからドリンクをかっぱらい、私達は一段から少し離れたベンチに腰掛けた。
「それじゃあ乾杯」
「はい、乾杯です!」
コーラとジンジャーエールで乾杯。辛口な生姜の風味が口いっぱいに広がり満足感がある。しかし……
「はぁ……お酒飲みたいわ」
ソフドリでは物足りない。
「涼子さん、未成年ですよね?」
「十九歳なので成人はしている」
「飲酒可能年齢ではないですよね?」
「さぁ、どうだったかしら?」
全く世の中面倒臭いったらありゃしない。成人年齢は引き下げられて責任は増えるのに酒は飲ませてもらえないなんて。それどころかどんどん風当たりが厳しくなっている。
昔のシルクロードは一年生も普通に飲酒していたらしいが、世間の風潮を汲んで二十歳未満の飲酒は御法度だ。飲みサーというと無分別に聞こえるがむしろ徹底していて、参加者は年齢確認した上、飲酒可能かを判断するため胸元に色付きのテープを貼る決まりになっている。
ちなみに飲める人は青、飲めない人や飲みたくない人は赤。私と空李ちゃんは赤いテープを貼っている。
「それはそうと、改めて入学おめでとう」
「ありがとうございます! 涼子さん達が勉強を見てくれたおかげですよ!」
「空李ちゃんが毎日コツコツ勉強頑張ったおかげよ。本当によく頑張りました」
諦めてしまいそうな逆境が彼女には二度もあった。だがそれにめげなかったのは彼女の心の強さの賜物だ。
「頑張った分だけ大学生活はきっと楽しいものになるわ。充実した四年間を過ごしてね」
他意のない賛辞とエールを送ったつもりだ。だが私は無意識に彼女との距離を取ろうとしているようだった。「一緒に過ごしましょう」との一言が出てこなかったのが良い証拠だった。
それを空李さんは敏感に汲み取ったのだろう。虚をつかれて目を見開き、一瞬だけ寂しそうな顔をしたのだった。だがその刹那、
「涼子さん、もう一度伺います。私とバンドしませんか?」
あの日と同じ質問をしたのだった。
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本日は2話一挙公開です!
夕方に投稿します。
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