第5話 「付き合っちゃえば?」

「お二人は付き合ってるって噂聞いたんですけど!?」


「ぶふぉ!?」


 本日二度目、頂きましたー♡ ただし今度は俺一人。


 え、噂って何? いや、ここに至れば容易に想像できる。


 入試の日、涼子にはコーラスとしてライブを手伝ってもらったのだ。難しい役割ではなかったが短時間の練習で完璧に歌い切ったのは見事と言う他ない。狂いのない人選はまさに俺の目論見通りだったわけだ。


「お二人ってすごく息が合ってたから付き合って長いって噂信じてたんですけど、違うんですか?」


 そう、妙な誤解を招いたという点を除けば……。


 なるほど榛名がやたら楽しそうなのはそのせいか。会ってものの五分で彼女の性格が読み取れた。この人と恋バナになるとすごくめんどくさいぞぅ!


「あなた達、今や噂のカップルよ? 『神田涼子に男がいた』って話題で持ちきり。色んな人から質問攻めなのよね、涼子?」


「ホント、いい迷惑よ!」


 涼子はペコッと空き缶を握り潰すと二本目の烏龍茶をあっという間に飲み干した。本当は飲みたい気分なのだろうな、可哀想に。


 涼子はその美貌のおかげで昔からモテる。人付き合いが上手いのも相まってコミュ力高めなイケメンの、いわゆる陽キャ男子にいつも囲まれている。

 そんな涼子だが大学に入ってすぐイケメンの上級生と付き合っていたが夏休みごろに別れ、以来フリー。その噂を聞きつけて「涼子を紹介してほしい」と頼まれたが、本人は恋愛する気がずっとなかった。


 それが一変、男と息ぴったりのライブを披露したのだから涼子に熱い視線を注いでいた連中はさぞ驚いたことだろう。


 ともかく、親密なのは認めるぞ。だがあくまで友人としてであって皆様が思うような方向性の睦まじさじゃありませんよ?

 

「付き合いが長いのは事実だけど、それはあくまで友達って意味だよ。俺達、高校の頃から仲良くしてるけど、恋人じゃないんだ」


「そうそう。お互い別に恋人いたしね」


 俺と涼子は異性だが仲の良い友達同士。大学で暇が合えば駄弁だべるし、学食で二人で食事することもちょくちょくある。

 高校から大学へ、環境が変わっても変わらず仲良くしてくれる親友であり、腐れ縁とも言える心地良い間柄だ。


 だが改めて思うがここ最近は輪をかけて仲が深まった気がする。

 以前は俺も涼子も互いの恋人に遠慮してあくまで友達の範疇を逸脱しなかった。だが涼子が別れ、次に俺が別れて気兼ねする相手がいなくなったせいだ。以前は部屋に上がることまではなかった。

 俺がバンドをやめて空李さんの家庭教師を始めたのがきっかけだが、それでも共にする時間が増えたのは疑いようがない。

 挙句ゲリラライブに付き合わせたから誤解されても仕方がないのか。


「二人とも今はフリーなんでしょ?」


「そうだけど……」


「もう付き合っちゃえば?」


「ナンデソウナル?」


 かぁーっと頭が熱くなるのがよく分かった。なんとかビールでクールダウンを図ろうとするがすっかりぬるくなってしまって全然冷えない。むしろ顔がポカポカする始末だ。


 いつかこういう日が来ると思った。

 結愛と付き合っている間は「涼子に乗り換えろ」なんて悪魔の囁きをする奴はいなかった。

 しかしフリーになれば青信号がともったと勘違いする輩が出てくるだろうと。

 まぁ、榛名のニヤけ面は十分悪魔的なのだが。


「だーかーらー、私と金吾はそういう関係じゃないんだってば。前から何遍も言ってるでしょ」


「分かんないわよぉ? そう思ってるのは涼子だけで、金吾の方はどうなのかしら、ね?」


「ね?」じゃないよ。

 なんだろう、カジュアルに人の友情壊すのやめてもらっていいですか?


「涼子の言う通り、俺らは気安い友達だよ。榛名が期待してるような展開にはなりません〜」


「本当かなぁ? 涼子が見せるふとした女の顔にドキッとしたりするんじゃ?」


「酒に酔って思い出せません」


「つまんないの〜」


 不貞腐れる榛名。


 正直図星なところはある。結愛を一途に想ってきたつもりだが、榛名の言う通りふとした瞬間に垣間見た涼子の色気にドギマギしたことは一度や二度ではない。

 だがそれがあるからといって涼子に変な気を起こすつもりはない。


 今の涼子との居心地の良い関係を俺は気に入ってる。気取らずに本音を話せる涼子の存在は心の支えになっている。事実、俺がかつて所属したバンド『リコリス・ダークネス』を追い出された時も親身になって支えてくれた。

 その関係を壊したくなかった。


「(良かった。神田さんの彼氏じゃなかった)」


「(まぁ、友達と恋人は別口だよな)」


「(俺の大学生活ふっかーつ!)」


 ざわざわする一年生達。されど俺の胸の内は彼らの話し声が気にならないくらいモヤモヤしていた。

 なんだろう、この不完全燃焼感。大事な友達との関係を揶揄われ、なぁなぁで終わらせてしまった感じがして気持ち悪いな。

 よし、言いたいことはしっかり言っておこう!


「付き合いたいとしても、煽られた勢いで付き合い始めるつもりはないよ。そのつもりならきちんと告白するし。ヒック――」


 シーン、と訪れた静寂。


 うわぁ……格好悪いな。最後にしゃっくり出ちゃったよ。完全にスベッた。


「あああああああんた何言ってんの!?」


 いち早く反応したのは涼子だった。シラフのくせに耳まで紅潮させ、目をひん剥いてぐるぐる回してる。


 分かってる、クサいセリフだったって。友情とか、親友とか口にすればするほど安っぽくなるって。でもさ、お前のこと本当に親友だと思ってるから言わずにいられなかったんだ。


「仮にの話だって。そんなおふざけみたいな付き合いしたくないって話だよ。俺は真剣に――」


「バッカじゃないの!? そんな仮の話しなくていいっての、この酔っ払い! これでも飲んで酔い醒ませ!」


 涼子は飲みかけの烏龍茶の缶を俺に押し付けてきた。

 確かに今日は酒が回るのが早いので酔い醒ましには丁度いいか。気にせずもらうことにしよう。


 それにしてもそんなムキになることないだろうに。


「おやおや〜。良い友人をお持ちですなぁ、涼子は」


「榛名、うるさい。これ以上揶揄ったら許さないから」


「わ、分かったってば! あんた達の友情はよーく分かったから。もう言わないわよ(成り行きを見てる方が面白そうだしね☆)」


「榛名、あんた余計なこと考えてるでしょ?」


 ジトっと細めた目で睨める涼子。珍しく取り乱した彼女はバッグを持って靴置き場の方へ歩む。


「移動するのか?」


「そうする。どっかで頭冷やしてくるわ……まったく」


 恨み節を唱える涼子になんだか申し訳ない気持ちになってきた。友達が暑苦しいせいで恥ずかしい思いをさせてしまったな。


「ストップ、涼子」


 と、あることを思い出し、靴を履きかけた涼子の手首を握った。


「ひゃ!?」と今まで聞いたことのない可愛らしい声が上がる。変な声出すなよ。皆驚いてるぞ。


「な、何よ?」


「移動するなら空李さんの所に行ってあげてよ。涼子に会いたがってるよ」


「空李ちゃんが?」


 ジトっと吊り上がった眦が緩む。それどころかどこか寂しげに細まり、視線は足元を彷徨った。


「空李さんと話してないんだろ? 向こうは引きずってないし、会ってあげてよ」


「……そうね。先輩の私が気まずい思いさせてちゃダメよね。探してくる。ありがと」


 ふっと微かに笑んだ涼子は小さくピースサインを作り、そのまま颯爽と宴会の喧騒に呑まれていった。

 相変わらずクールだなぁ。でも時々ウェットにもなる。それが神田涼子の面白みだ。


「あらあら〜。私らには通じない内緒話かしらぁん?」


 ……涼子め、ちゃっかり榛名を俺に押し付けていきおって。


「(あの二人、本当に付き合ってないのか?)」


「(付き合うの時間の問題だろ……!)」


「(小早川をコ◯せば俺にもワンチャン!)」


 宴会はまだまだ終わらない。


†――――――――――――――†

 恋仲より固い二人の友情のお話でした。

 

 次回は涼子視点のお話。いよいよ空李ちゃんとご対面!

 あんなに仲の良かった涼子と空李の間に一体何が!?

†――――――――――――――†

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