第1話 歓迎会

 春。それは出会いと別れの季節。

 春。それは桜が見頃を迎える季節。


 桜の花が満開を迎える季節に一年の節目が設定された日本において四月というのはことさら特別な意味を持つ。


 咲いたと思った桜が散っていくのを眺める。

 お世話になった人を見送ったと思えば休む間もなく初めましてな人をお迎えする。


 つまりは花見しながら歓迎会する季節だ!


 ここは城址公園の三ノ丸広場。江戸時代、殿様が住んでいた頃は文字通り三ノ丸だったここは現代にあっては芝生の広場となり、昼の間は市民がキャッチボールなど運動に興ずる光景がお馴染みだ。

 特に春になると広場の外枠に沿って植えられた桜が満開になるため花見客で賑わう。

 日が暮れると街灯と街明かりでライトアップされて見事な夜桜が咲き誇り、デートスポットとしても評判高い。もちろんお花見のスポットとしても目白押しである。

 ちなみに城址公園は管理事務所に申し込みをしてお金を払うと団体の宴会をさせてもらえることになっている。


 そんな夜桜の並木の側にブルーシートを敷き詰めて騒ぐ一団がいる。というか俺達だ。

 集まっているのは北斉大学の学生達。四月になって新入生を迎えたため歓迎会が開かれたのだ。


 ブルーシートがいくつも敷かれ、その上に膝がくっつくほどにひしめき合っている。


「えー、皆様、お手元に飲み物は届きましたか? 二十歳未満の人はアルコールは飲まないように!」


 幹事の一人が声掛けして回る。もうすぐ宴が始まるのだ。


「わー、人がいっぱいだね! 皆北斉大の人なんだよね!?」


 開宴の気配を察し、胸を弾ませるのは俺の隣に正座している女の子。

 赤のインナーカラーを忍ばせた艶々の黒髪、大ぶりなフレームピアスと派手な身なり。一方小顔小柄なおかげで幼く見え、一見すると大学生には見えない。といってもつい二週間ほど前まで高校生だったのだが。


 彼女は校倉空李さん。この前まで高校生だったがこの春から同じ大学に通う女子大生。つまり俺の後輩だ。


「公園でスペース貸し切って夜桜を肴にするだなんて……。大学生って大人だぁ!」


「空李さんはまだお酒飲んじゃダメですよ?」


 とっぷり陽の沈んだ夜空に映えるライトアップされた桜。

 開宴を今か今かと待つ集団の喧騒。


 非日常的な空気に空李さんは落ち着きがない。


 無理もない。高校生を縛る社会のしがらみ、受験のストレスから解放された直後に催された宴会だ。好奇心をくすぐるかっこうのイベントであろう。

 これからここでどんちゃん騒ぎするなんて、俺だってワクワクして仕方がない。


 もっともハメを外しすぎるのは考えものだ。この時期は大学生の酒のトラブルが多いので目を光らせておかねば。

 特に今日は知り合いの少ないよそのサークルだ。新入生の女の子に良からぬ輩が寄ってこないようにせねば。


「皆さーん、注目してくださーい!」


 すくりと立ち上がった男子学生に注目が集まる。


「今日は”シルクロード”の歓迎会に参加してくれてありがとうございます! 代表のコウイチです」


 コウイチさんが挨拶をすると周りから一斉に拍手が湧き起こる。その陰で女子学生達が「やば、イケメン!」と色めきだって囁き合っていた。うん、確かにイケメンだ。


「乾杯の前に”シルクロード”というサークルの名前の由来についてお話しさせてもらいます。ご存知の通り、シルクロードというのはヨーロッパと中国を結んだ交易路のことです。古代から中世にかけて経済や文化交流の大動脈として活躍しました」


 おっと、いきなり真面目な話か。ここはもっと和気藹々としたウェーイな飲みサーと思ってたけど……。

 皆俺と同じように訝しんでいるのか、心なしか背筋を伸ばしているような……。


 コウイチさんも微妙な空気を感じ取ったのか、やや言葉を濁らせて苦笑を浮かべる。


「あー、なんだろうこの空気。『文化人類学の講義ですか?』みたいな感じ。でもごめんなさい、これ毎年言う決まりになってるのでもう少しだけ付き合ってくださいね」


 漣が寄せたような小さな笑いが一面から湧く。

 コウイチさんのジョークのおかげで皆の肩の力が抜けていくようだった。

 空気が和んだところで挨拶が続く。


「うちは旅行サークルで年に一、二回旅行します。要するに『皆でいろんなところ旅して美味しいもの食べようね』な感じの名前で”シルクロード”なんだそうです」


 適当だなぁ。

 皆同じことを思ったのか、今度はせせら笑いが周りから聞こえてくる。


「皆でワイワイ騒いで、美味しいもの食べて、たくさん交流する。一期一会を大切にして思い出に残る学生生活を送りたいとの思いを初代会長は名前に託したそうです。今日ここに初めて来た人も、昨年からのメンバーも、初代さんの思いを受け継いで楽しいキャンパスライフを送りましょう!」


 コウイチさんが満面の笑みで缶ビールを掲げる。

 それに呼応するように皆が一斉に飲み物を掲げた。缶ビール、酎ハイ、ジュースなどなど……。

 そしてコウイチさんの一言を息を呑んで待っていた。


「それでは――乾杯!」


「「乾杯!!!」」


 堰を切ったようにその二文字がそこかしこで吹き上がる。近くにいる人なら誰彼構わず缶をぶつけ合い、「これからよろしく!」と満面の笑顔を送り合っていた。


「金吾、乾杯!」


 隣から赤いコーラの缶が飛び出してきた。すぐそばには相合を崩した空李さんが。


 昨年の秋からずっと一緒にいるような間柄の空李さん。しかし環境が変わっただけなのにまるで別世界で初めて会ったような新鮮さに呑まれ、俺は一瞬呆然としてしまった。


「はい、乾杯です!」


 でも、これは嬉しい変化だ。


 大学生と高校生で、勉強を見てあげる関係だった俺達は、この春からは同じ大学に通う先輩後輩になった。


 もっとも、関係の変化は先輩後輩に留まらないのだが……


 ともあれ、そんな後輩と乾杯をする。コツンと持ってた缶ビールを触れ合わせた。


「ねぇねぇ、校倉さんって他にサークル入ってたりするの?」


 宴会が始まり、同じシートの仲間同士で自己紹介を終わらせるやそわそわした男子が唐突に尋ねてきた。足元にはひしゃげた缶ビールが転がっており、早くも二本目を握っている。さては一気飲みしたな。


「紅茶同好会に参加してます」


「運動系のサークル興味ない? 良かったらうちのテニスサークルおいでよ!」


 質問の目的は勧誘だった。この時期は勧誘合戦だから交流の場ではお約束だ。サークル活動はゆるいところが多いので掛け持ちは普通だし。

 しかも容姿に優れた女子部員はどこに行っても歓迎される。皆本音では可愛い女の子と触れ合いたいのだ。その逆もまた然り。


「誘ってくれてありがとうございます。でも他にやることもう決めてるので」


「え、何するの? 他のサークル?」


「サークルじゃないんです」


 空李さんの視線がこちらを向く。そして俺にしか分からない笑顔を浮かべたのだった。


 不意なことだったので驚いてしまった。


 そう、関係の変化はもう一つある。


 校倉空李さんはロックバンドをやっていた俺のファン。

 ステージに立つギタリストと、それを応援するオーディエンスであった。

 だがこの春からはそうではなくなった。


 その関係性に思いを馳せると心臓が激しく脈打ち、胸が熱くなる。


「私、彼とバンド組むんです!」


†――――――――――――――†

 お久しぶりです!

 そしてお待たせしました! お待たせしすぎたかもしれません!

 第2章開幕です!


 第1章はプライベート空間での描写が多かったので、第2章は家の外に飛び出して青春する予定です!


 自由闊達な大学の雰囲気をお楽しみください!

†――――――――――――――†

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