第40話 (裏切者side)「『正月からパチンコ行くなんて暇なの?』とか大きなお世話だ!」

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 まずはこちらの動画をご覧ください。

 https://www.youtube.com/shorts/6OR6GsUSK38

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「ああああああああああああああああ! 十万負けたぁぁぁぁぁ!」


 都内某所パチンコ店の軒先に男の絶叫がこだました。

 男とは原田信彦のこと。彼は店から出てくるなり膝から崩れ落ち、日の暮れなずむ空に向かって慟哭した。


 時は一月一日。金吾が姿を拝むだけでご利益のありそうな美女を三人侍らせて初詣している間、信彦は朝からせっせとパチンコ屋の列に並んで玉を打っていた。


 年末も信彦は可処分所得の全てをパチンコに注ぎ込んだ。戦績は勝ったり負けたりを繰り返したがトータルでは赤字だ。なんとか挽回しようと軍資金をどうにか工面して望んだが、結果は大敗であった。


「くそぉぉぉぉ! なんで負けるんだよぉぉぉぉ! 昨夜見た初夢で大勝ちしてたのに! 誰だよ、初夢は絶対叶うとか言い出したやつは!」


 誰にでもなく当たり散らす信彦。彼が大勝負に出たのは昨夜見た夢で大勝ちし、巨万の富を築く自分の姿を見たためである。が、もちろんそれで勝てるはずはない。


 ちなみに初夢というのは一月一日の夜に見る夢のことである。そのため彼は間違ったジンクスに乗ってしまったことになる。


「誰かお金貸してぇぇぇぇ! 家賃払えないヨォぉぉぉ!」


 信彦はとうとう地面に寝そべり、駄々をこねる幼児のごとき醜態を晒した。往来はまばらだが行き交う人達は皆揃って信彦に冷笑を向けている。


「正月からパチンコ行くなんて暇なの?」


 通り過ぎた誰かが嘲笑を声にする。

 余暇をどう過ごすかは当人の自由である。が、こと信彦については大切なお金をことごとく吸い取られてしまったのだから有意義な過ごし方とは言えない。時間も金も無駄にした。


 ちなみに信彦が打っていたのは戦姫絶唱シ●フォギアの台だ。

 絶唱が来なくて絶叫している。


「くそぉ……どうしよう。バイトは休みだし、結愛は北斉に帰省しちまった。もらった食事代も溶かしちまった。家賃も払えないし、お雑煮も食べられない。理不尽過ぎる。どうして俺だけこんな目に遭うんだよ」


 ギャンブルしたからだ。


 稚拙な恨み言を空に向かって呟く。世間はお正月をお祝いしているのに自分一人だけ責苦を受けているのに納得がいかない。


「くそぉ……誰かが俺をハメてるとしか思えないぞ」


 ふと顔を横に向ける。するとパチンコ屋が設置したスタンドボードの下に何かが落ちているのに気づいた。


 怪訝に思った信彦は這いつくばって看板に近づき、それに手を伸ばす。そして目を疑った。

 財布だった。しかも高級ブランドの品でまだ真新しい。


 信彦は誰の目にも留まらないようダンゴムシみたいに身体を丸め、通行人の死角を作った。そこで中身を確認する。


「ひい、ふう、みい、よお……四万あるぞ!」


 興奮で踊り出したい衝動に駆られるが、慎重にズボンのウエストに挟み込んで隠し持った。誰かに見られて強奪されては洒落にならない。


 思わぬ幸福に信彦は胸を躍らせた。不幸の後には幸福がやってくると言うがその通りになったとホクホク顔だ。

 今日のところはこの財布をネコババして、ミニおせちを買って家で食べることにした。早速帰路に着こうとした。だがピタリと足を止める。


「これだけあればもう一勝負して負けを取り返せる。そうか、そういうことか。この財布はきっと神様が俺に勝たせたくてそこに置いてくれてたんだ」


 決して違う。


「よし、だったら勝負しないとバチ当たりだ。俺はやるぞ!」


 ネコババを正当化した信彦は意気揚々とパチンコ屋への道を戻ろうとした。


「おい、信彦」


 だが一人の男が彼の肩を掴んで引き留めた。


「あ、誰だよ!? 俺は今から勝負しなくちゃ……って、丑峰うしみねさん!?」


 腹立たしげに悪態を吐いた信彦だが、背後の男の顔を見て信彦は顔を凍り付かせた。


 坊主頭にリムフレームのメガネ、顎髭を蓄えた、どことなく俳優の山田孝之に似た強面の男の名前は丑峰うしみねかおる。信彦が上京してからお世話になっているモーモーファイナンスという街金の経営者だ。


「あけましておめでとう。元日早々悪いけど、今日利息の支払日だから払って」


「お、おめでとうございます。えっと……今日でしたっけ?」


「そうだよ。お金ある?」


「あ、はい。おいくらでしたっけ?」


「元金と利息合わせて四万円」


 信彦は例の財布をトレーナーの内側から取り出し、札を指で弾いてピタリと止まった。言われ額を渡してしまうとリベンジができなくなる。それだけは避けたいとの欲が出た。


「あの……正月は色々と物入りでして……。どうにか支払いを負けてもらえませんか?」


 結果、そんな虫の良いお願いをする始末だった。

 丑峰は信彦を感情のない目でじっと見つめた。その間、信彦はヘビに睨まれたカエルのように生きた心地がせず、怖気付いて撤回しようかと思った。


「いいよ、ジャンプさせてあげる。元金はいらないから利息の三万円だけ入れて」


 だが意外にも丑峰はその要望を飲んだ。


 ジャンプというのは元金は払わず利息だけ支払うことを指す隠語だ。債務者への温情に見えるが元金を払わないため借金は減らず、債権者は多く利息を取れる。普通に考えれば絶対にすべきでないその場しのぎの愚策だ。


 だが先のことなどお構いなしな信彦に理性的な判断はできない。それどころか丑峰の温情と思い込んで感謝する始末だ。


「本当にありがとうございます、丑峰さん。俺、丑峰さんに出会ってなかったら心折れてました」


「水臭いこと言うなよ、信彦。お互い夢見て田舎から出てきた者同士じゃん。今時大学にいかず夢見るやつはバカにされるけど、俺はむしろ応援してる。そもそも俺が金貸ししてるのはそういうやつをサポートする仕事だと思ってるからなんだ」


 丑峰は強面に微笑みを浮かべて信彦の肩に手を置いた。


 丑峰に出会ったのは上京して少し経った頃。パチンコであっぷあっぷになってる時に偶然知り合い、街金業者を営んでいると自己紹介された。

 お互い地方出身で学歴が無い。なんと丑峰は中卒だという。共通点がいくつもあったため意気投合し、しまいには丑峰から金を借りるようになった。


 信彦にとっては渡りに船だった。上京してから結愛との不仲が続き、愚痴を聞いてくれる相手もいないため丑峰のような親身になってくれる存在は心強かった。

 何より彼は金を貸してくれる。就学も就職もせず不安定な自分ではカードローンの審査は降りない。そんな自分に融資してくれる丑峰はまさに救いの神だ。

 厄介なのは利率が十日で三割トミーと高利なことだが贅沢は言えない。


「お互い頑張ろうぜ」


「はい、ありがとうございます、牛峰さん!」


 信彦は丑峰のことをすっかり兄貴分のように慕っていた。


「ところで信彦、お前、随分上等な財布持ってるんだな。そんなの持ってたか?」


「え、これすか?」


 上機嫌に会話していた信彦だがにわかに背筋が凍る。

 ネコババしたことがバレれて信頼を損ねたくない。


「これは……自分の女の財布っす!」


 そんな心理が走り必死に嘘を考えた。

 もっとも、その嘘も『自分は恋人のヒモです』と打ち明けているようなものだった。


「ふーん、彼女いるんだ。可愛い?」


「はい! これが地元じゃ評判の美人さんでして」


「へえ、美人なんだ」


 丑峰の瞳が一瞬ギラリと光る。それは血の匂いを決して逃さないサメのような獰猛で無感情な眼であった。だが信彦はそれに気づかなかった。


「そりゃ大切にしないとな。仲良くやんなよ」


「うっす! ありがとうございます!」


「それじゃあまた十日後」


 丑峰はそう言い残すと信彦の横を通り過ぎて去っていった。


「さて、と。俺ももう一稼ぎしないとな。軍資金が減っちまったけどどうしたものかなぁ……。そうだ、この財布も売っちまえばいいんだ! 結構いい財布っぽいしな」


 段取りを決めるや信彦は早速質屋へ向かった。幸いパチンコ店のすぐ近くに正月から営業している質屋があったため、そこで財布を売り払って現金を工面し、リベンジと相成った。


「うひょぉぉぉ! 大量大量! やっぱ今日は神様が俺を勝たせてくれる日なんだな!」


 その後、驚くべきことに信彦は損失を取り戻してプラス転換した。おかげでどうにか当面の生活を成り立たせるだけの金を得た。まさに九死に一生である。

 しかし取り戻したお金は家賃など必要分を除いて全て浪費してしまった。おかげで彼はまたすっからかんになった。借金の返済に充てようという殊勝な考えは当然持ち合わせない。


「はぁ、正月から勝って幸せだ。春からはリコネスのデビューがあるし、俺の人生順風満帆! やっぱ最後は勝負強いやつが勝つんだよな、世の中は」


 前途洋々な心持ちの信彦は自分の人生に何の憂いもない。他力やその場凌ぎで生きてきた男だから本気で何とかなると思っているのだ。


 ゆえにこれから歩む道に大きな落とし穴があることなど予想だにしていない。


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