SS 練習とアー写

 土曜日の午前中はNot Noise――略してノノイ――の合同練習をすることになった。

 場所は北斉大学のスタジオで学生会所有のドラムやアンプなどを借りられたので思い切り音を出せる。

 と言ってもメンバーの腕前はまだ合奏するには至らないので、初日は個人練習でつまづいた所をヒアリングしてアドバイスし、実践してもらうに留まるだろう。


 練習が始まると俺は真っ先に先輩をドラムに座らせる。


「先輩、どうですか。本物のドラムの感想は」


 ドラムセットの前に座った先輩に尋ねる。


「ちょっと緊張します。うっかり破いてしまわないか」


「案外頑丈に作られてるので力強く叩いても平気ですよ」


 今日のためにスティックを買った先輩はおっかなびっくりという様子で叩くのを躊躇っていた。打楽器ってどれくらいの強さで叩いていいか最初分からないのでその気持ちはよく分かりますよ。


 背中を押され、適当にスティックを振るう。フロアタム、スネア、トムと順番に叩き、音を響かせた。


「音が全部違うんですね」


「一番大きなバスドラムは足元のペダルで鳴らすんです。踏んでみてください」


 言われた通りペダルを踏み込むと迫力のある重低音が響く。鼓膜を通して足の爪先まで震わせるような力強い音だった。


「バンドのドラムは拍を作る、いわば心臓のような存在です。早い遅い、強い弱い。曲にメリハリをつけて緩急を作る役割もあります」


「じゅ、重要なパートということですか?」


「はい。バンドには指揮者がいませんから皆先輩の音を聞いてテンポをあわせるんです」


「うぅ……。私に務まるでしょうか」


 ドラムの難しさを知り先輩は眉間に皺を寄せた。

 ドラムはギターやピアノと違って音階やコードを意識しなくていいが、それは別のポイントがある。

 どんな役割にもそれぞれの悩みがあるというわけである。


「先輩ならできると思いますよ。一番後ろで正確に指揮をする、そんな役目はぴったりかと」


「そんな器用な真似した覚えありませんが……」


 そうだろうか。家庭教師の時も指導の方針を話し合う時に率先して意見を出してくれたので大助かりだった。その自覚は本人にはないらしい。


「大丈夫です。先輩ならきっとできます」


 俺は微塵も疑ってなかった。


 *


「午後はノノイのアー写を撮ります!」


 時間いっぱいスタジオを使って練習を終えた俺達は大学の広場の一角のベンチでお弁当を食べた。食べ終わると空李さんは高らかに宣言した。


 アー写。つまりアーティスト写真はバンドらしさを一枚で表すコンテンツで、ノノイを知った人が最初に見る写真である。


「ロケーションはキャンパスにしようと思います」


 空李さんの提案に異議を唱える者はいない。


「で、場所なんですがスタジオか学食か校門の前にしようと思いますが、どこが良いですか?」


 この質問に答える人もいない。というか三人とも言葉を失ってる。


 なぜそのチョイスなの?


「空李さん、他のもっと映えそうな場所にしてはどうでしょう?」


 先陣を切る俺。先日の名前会議では空李さんのプライドを傷つけてしまったので今日はソフトに行こう。


「せっかく大学で取るなら、もっと大学っぽいクラシカルなインテリアとか、構造物の大きさが分かるようなロケーションにしてはどうでしょう?」


「そうですね。北斉大学の建物は大きいし自然も豊かなのでキャンパスの個性を取り入れたいですね」


 それに先輩が合わせてくる。


「スタジオは没個性的だし、食堂は懇親会の記念撮影みたい。校門は……卒業式っぽいわね」


 と、涼子の容赦のないダメ出し。もう少しソフトに言おうね。そうじゃないと……。


「もういい! 私、愛宕女学院に帰る!」


「「「逃亡!?」」」


 ほら、また拗ねちゃった。そして例によって美墨先輩に慰められ、ボフッと頭をバストに埋めている。うーん、羨ましい。

 空李さん、張り切ってるけどこの前からちょっと空回り気味。そしてやっぱり変わった人。


「ここはまた全員でロケーションを考えましょう。俺達の方が先輩ですから大学のことはよく分かってますし。ね、美墨先輩?」


「そうですね! 皆で考えればきっと良い場所が見つかりますよ!」


 そんなわけでブレインストーミング。俺達はここはという場所を片っ端から挙げていく。


「校舎をバックに撮るのはどうだろう?」


「それだと大学のパンフレットみたいになるわね」


 指でフレームを作った涼子が枠を覗きながら呟く。ちょうど俺の背後に大学の建物があった。

 想像してみるが確かに高校生向けのパンフレットみたいでバンドらしくないな。


「ビオトープはどうでしょう。キャンパスの緑を感じられるロケーションですよ」


「写真映えしますけど、環境保護団体みたいになりません?」


 確かに。バンドの方向性に合うならそれも良いが、Not Noiseらしいかと言えば違う気がする。

 なんとなくだが、森の静寂っぽくはないような……。


「ビオトープは候補として残すとして、涼子は良い案ないのか?」


「そうね、大学っぽさだと実験室とか?」


 ふーむ、確かに大学ならではな施設だ。工学部のメカっぽさとエレキギターは相性も良いだろう。しかし問題がある。


「俺達全員文系だから場違いすぎない?」


「私も同じこと思ったわ……」


 映えのためだけに無関係なロケーションを選ぶなんてバカ丸出しだ。


「大学っぽいユニークな空間。教授の部屋とかどうだ?」


「面白いわね、それ! 独特な世界観が表現できるかも。でも貸してくれる先生いるかしら」


 うーん、絶対貸してもらえなさそう。大学の先生達は学生のバンドに付き合うほど暇じゃない。


「それでは図書館はどうでしょう? 学舎まなびやらしい空間ですし、大きな書架を背景にすれば写真映えすると思いますが」


 美墨先輩の意見に皆が膝を打った。


「確かに、大学らしい個性とスケールのある空間ですからね。それに静寂がマナーの空間に出現したロックバンド。『俺達の音楽はノイズじゃないぜ』という意図があるんですよね、先輩!」


「いえ、そこまでの意図は……」


 先輩、ナイスアイデアだ!


「空李さん、どうでしょう? 図書館で撮りましょうよ!」


「ぐすん……。私も図書館で良いと思う。でも撮影させてもらえるかな?」


「司書さんにお願いしてみましょう。迷惑にならないようできるだけ静かに撮影するならOKしてもらえるかもしれないので」


 北斉大の図書館は土曜日は短縮開館されている。俺達は早速窓口へ行き、撮影させてもらえないかお願いした。

 するとあっさりとOKをもらえた。今日は土曜日で利用者が少ないので、できるだけ静かにという条件付きだ。


 かくしてノノイのアー写の撮影は無事終了した。大学生のバンドらしい理知的でクールな仕上がりに空李さんも満足したご様子であった。


†――――――――――――――†

 次回から詩乃ルート突入します。

†――――――――――――――†

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