第18話 (詩乃side)Not Noiseらしい歌詞

 内緒でノノイの作詞を引き受けてしまいました。

 我ながら大胆なお願いをしたと思います。


 今までは自分の心の中に留めるだけの詩を書いてきました。

 それを今度は空李ちゃんに歌ってもらうため、ひいては大勢の人に聴いてもらうための詞を書くのです。

 私にとっては人生で一番大きな仕事と言って良いでしょう。

 これは責任重大です。


 さて、大胆お願いをして重大な役目をもらったは良いものの……


「全然詞が浮かばない……」


 私の頭は真っ白け。


 ベッドに横たわり、ぼんやり天井を仰いでいます。


 歌詞を書いてみようとしたは良いですが、いざ考えると何も浮かびません。


 バンドの個性、メンバーの個性、世の中の流行り。そういうものを一通り考えてはみたもののピンとこないのです。

 バンドはまだ結成したばかりで個性と言えるほど色が出てない気がします。メンバーの個性を全面に押し出してみようとしましたが、これもダメです。

 ここに至って初めて気づきましたが、実は彼らのことを私は何も知らないのです。


 バンド経験者の後輩、小早川金吾君。

 元気いっぱいでバンドの発起人の校倉空李ちゃん。

 クールビューティな小早川君の友達の神田涼子さん。


 彼らとは半年近く時を共にして仲良くなりました。ですが知っていることは表面的なことで、個性と言える部分を言葉にするほど彼らを知らないのです。


 そうだ……人を理解するところから始めてみましょう。


 特にキーマンはボーカルの空李ちゃんです。空李ちゃんに歌ってもらう歌詞だから、あの子にピッタリの詞にしたいです。

 となると彼女を知る人に尋ねてみると良いでしょう。私は部屋を出てリビングへ向かいます。


 そこでは例によって姉さんが酒盛りをしていました。今日のお酒は日本酒。あてはホッケの干物。おじさんみたい……。


「姉さん、少し良いかしら?」


「あら、もう降りてきたの?」


 姉の晩酌を用意した私は酒を断り部屋に篭りました。それを寂しがっていたが、戻ってきたのが嬉しいようです。


「姉さんから見て空李ちゃんってどんな女の子?」


「何、急に改まって。校倉さんと喧嘩でもしたの?」


「そうじゃないけど、もっと彼女のことを知りたいと思って」


 空李ちゃんは中高一貫の愛宕女学院のOGです。そんな空李ちゃんの担任を姉は入学から卒業までずっと務めていたのでよく知っているでしょう。


「そうねぇ……。校倉さんは」


「うんうん」


「元気な子ね!」


 知ってます。


「他には?」


「他は……そうねぇ。元気だけどちょっとそそっかしいところがあるわね。明るくて友達も多かったわ。根は真面目で頑張り屋さんだった」


 うーん、それくらいの情報だと私でも知ってるなぁ。


「もっと深い所についても教えてもらえる? 過去とか、家庭環境とか、友達と喧嘩した時どう乗り越えたとか」


 そういったなかなか表に出てこない顔を知れれば歌詞に繋げられるのではないか。

 その一心で聞き出そうとします。


 すると姉は怪訝そうに眉をひそめました。


「詩乃、どうしてそんなこと聞くの?」


「そ、それは……もっと空李ちゃんのことを知りたいと思って」


 空李ちゃんに歌ってもらう詞を書くため、とは恥ずかしくて誤魔化してしまいました。


 そんな私に姉は何も言いません。口をまっすぐに引き結び、どこか寂しそうな目でお猪口の中をしっとり見つめるのでした。


「人のことを知ろうとするのは良いことよ、詩乃。そういう心境の変化を迎えてくれて嬉しいわ。でもね、お友達のことを知ろうとするなら本人と向き合わないと意味がないんじゃないかしら?」


「……確かに」


 人のことを知るにはまずコミュニケーション。そんなの当たり前のこと。


 でもその当たり前が私は苦手。だから今まで逃げてきた。なるべく人と関わらないで良いよう一人の世界に……本の世界に。


 しかし今だけは逃げてはいけない。


 空李ちゃんに歌ってもらう、空李ちゃんらしい歌詞を書くには私の目でもっとよく空李ちゃんを見つめないと。


 そんな簡単なことに気づけなかったなんて、自分が情けない。でも気づけてよかった。


「ありがとう、姉さん。まさか酔っ払ってる姉さんに正論を言われるだなんて。さすが教師ね」


「しーのー? 今夜はとことん飲み明かしましょうねー?」


†――――――――――――――†

 次回も詩乃Side。詩乃の探求が続きます。


 金吾の弟が主人公の兄弟作『藍田姉妹はハサみたい❤️』もよろしくお願いします!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668219472961

†――――――――――――――†

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