第6話 「食べて……///」
「金吾、おにぎり握ったけど食べる?」
空李さんは台所から持ってきた皿をおずおずと俺に差し出した。ラップのかかった平皿には白いおにぎりが三つ載っていた。
「空李さんが作ったんですか?」
「うん。あ、手作りとか嫌な人?」
「ううん、嬉しいよ! いただきます」
他人が素手で触ったものを口に入れるのに抵抗のある人はいる。俺だって見ず知らずの他人ならさすがに抵抗がある。
だが不思議と空李さんのおにぎりには抵抗感はない。親切にしてもらったことと純朴な瞳が俺の警戒心をすっかり解いていた。
なので俺は躊躇なくおにぎりに手を伸ばしてかぶりついた。
「お、美味しい?」
「はい、美味しいです! 塩加減が絶妙で……」
「本当!? 良かったー。おにぎりなんて普段握らないから形変だけどごめんね?」
「食べちゃえば形なんか。それに俺のために作ってくれたってだけでもう十分ですよ!」
我が家の米と炊飯器で炊いたにしては随分と美味い。うどん屋さんとかで出てくる美味しいおにぎりそのものだ。
腹ペコなこともあって俺はあっという間に三つ全部を食べてしまった。
「ふー。ごちそうさまー」
「(はわわ……推しの金吾が私のおにぎりを食べてくれてる……。尊すぎる……!)」
指についた米粒に吸い付く俺の隣で空李さんは落ち着かない様子だった。手料理を気に入ってもらえるか内心不安だったのだろうか?
そんなに心配することないのにな。おにぎりなんて難しい料理じゃあるまいし、ベタに砂糖と塩を間違えでもしなければ不味くならないだろう。
第一、女の子が自分のために頑張って作ってくれたのだ。男なら誰でも喜ぶに決まってる。
「空李さん、ありがとうございます。すごく美味しかったです」
「こ、こちらこそ、食べてくれてありがとう。し、幸せすぎる……」
空李さんはとろーんと蕩けた笑顔で恍惚と呟いた。差し詰め、推しのタレントが自分の差し入れを目の前で美味しそうに食べて、お礼まで言ってくれて喜んでいるのか。俺にも応援しているアーティストがいるのでなんとなく気持ちは分かる。
「へくちっ!」
幸せを噛み締める空李さん。そんな彼女の口から可愛らしいくしゃみが飛び出す。
「空李さん、大丈夫ですか? 寒いなら暖房強くしますよ?」
「ありがとう。でもどうしよう。暖房だと乾燥するからなぁ……」
「それなら……」
俺は立ち上がり、クローゼットのハンガーにかけてあったフリースを取って空李さんに差し出した。
「これを着てください。ヒートテックなので温かいですよ」
「借りていいの?」
「もちろん! 俺の介抱させて風邪を引かせては申し訳ないので使ってください。あ、でもこれ洗ってないや。待っててください。今洗い立てのパーカーを――」
「これがいい! ヒートテックのやつがいい!」
引っ込めようとしたフリースを空李さんがひったくる。なんだろう、うさぎを狩るライオンみたいに食い気味だった。まぁ、ペラペラのパーカーよりはヒートテック素材の服の方が温かいからそっちの方が良かったのかな?
「今温かいお茶を淹れますね。少し待っててください」
「はーい(えへへ……金吾の服……金吾の匂い……)」
キッチンに足を向ける俺の後ろで空李さんが何事かを呟いている。温かい服を着て安心したのかな? 寒いと理由なく切ない気持ちになるから分かるよ。
そんな彼女に一刻も早く温かい飲み物を上げたくて、いそいそと支度をした。
電気ケトルで沸かしたお湯でティーポットを温め、いっぺんそのお湯を捨てる。それから茶葉を計って必要な分のお湯を注いで蒸らす。面倒な手順だが、美味しい紅茶を淹れるには手間が欠かせない。
お湯で温めたティーカップに注げばできあがり。
「はい、ジンジャーティーです」
「ジンジャーティー? あ、生姜の匂いがする」
空李さんは差し出された茶の香りを嗅ぎ、ふんわり柔らかな微笑みを浮かべた。
「生姜は身体を温める作用があるので」
「わぁ、ありがとう! 金吾優しい。さすが私の推し!」
「それを飲んで、今日はあったかくして休んでください。明日は月曜日ですし」
俺のせいで空李さんの活動に支障をきたしては忍びない。冷えに効くジンジャーティーを淹れたのは風邪対策の配慮だ。
「そういえば空李さんっておいくつ? 大学生?」
「ううん、高校生だよ!」
なんと! 年下でしたか。そういえば昨夜受験生と自己紹介された記憶が蘇る。
ということはご実家暮らしなのでは?
「外泊して良かったの? 親御さん心配してるんじゃない?」
「平気です。実は昨夜は友達の家でお泊まり会する予定だったんです。でもここに来ることにしたので不参加にして、相手の子には予定通り泊まってることにしてもらいました」
「えぇ……そんなことして大丈夫?」
「大丈夫ですよ。現に親から連絡はありませんし、バレてませんって」
良い子と思ったらやんちゃな子だった。
親に嘘ついて、友達に嘘の片棒担がせて。
もっとも、原因は俺にあるので責められる義理じゃないが、年長者として言うべきことは言わないと。
「空李さん、俺のためなのは嬉しいけど、もうやっちゃダメだよ? 友達も親御さんもきっと心配してる」
「えへへ、はーい。お昼には帰ることにしてるから、それまでにはお暇するね」
空李さんは素直に返事をする。内心嘘をついてしまったやましさを感じているのか、少し苦笑気味だ。
うん、やっぱりこの子は良い子なんだ。
「はぁ……美味しいなぁ」
ジンジャーティーを一口含んだ空李さんは幸せそうに呟いた。
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本日は2話一挙公開です!
次話は12時ごろに投稿します。
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