第8話 「ファンを食べたの?」

「バカ金吾!」


 甲高い怒声と共にドアが開け放たれる。その迫力、その気迫に俺は気圧され、ブワーッと居室に吹き飛ばされて床につんのめった。


 その隙に涼子が部屋に上がり、俺の目と鼻の先で仁王立ちする。吊り目がちな目が一層吊り上がり、重圧と共に見下ろしている。


「私が昨夜からどんだけ心配したか分かる? 家に着いたら連絡しろって言ったよね? 私はずっとそれを待ってたのよ。あんたにもしものことがあったらどうしようって心配しながら。それなのにあんたって奴はファンの女の子部屋に連れ込んでヨロシクやってたなんて信じらんない!」


「ご、誤解だ! 連れ込んでなんかない!」


「はぁ? ファンの子と一晩過ごしといて何をいけしゃあしゃあと」


 涼子は誤解している。この状況を見れば誰だって同じこと思うだろうが、神に誓って連れ込んでないし、イヤらしいこともしていない。


「お前と別れてから一人で公園で飲み直しながらギター弾いてたんだよ。そしたら偶然通りかかった空李さんが俺に気づいて声かけてくれたんだ」


「続けなさい」


「曲をリクエストされたから一曲引いて、終わったら調子に乗って一気して……」


「それで?」


「その先はよく覚えてないや(てへぺろ)」


「アウトだ、このバカ! 要するに酔って調子こいてファンの女子を家に連れ込んだんでしょうが!」


「違う、マジで違うんだって!」


 必死に弁明しようとするが聞く耳持たず。

 涼子は頭抱えて怒りと悲しみに満ちた声で語った。


「あんたがそんな情けないことする奴だとは思わなかった。バンドクビになって、女取られて、ショックなのは分かるけど、こんな純粋そうな子を手籠てごめにするなんて……。こんなことなら引っ張ってでもうちに連れて行けば良かったわ……」


「それ、お前が俺を連れ込んでね?」


「揚げ足とるな!」


 がるる、と犬歯を剥き出しにして威嚇する涼子。

 まずい、人の言葉が通じる段階を超えている。対話の季節が終わったというやつだ。このままでは俺の命も危ぶまれる。

 昨日から踏んだり蹴ったりではないか。


「あ、あの、落ち着いてください! 金吾が連れ込んだというのは誤解です!」


 そこに空李さんが弁護を買って出る。今まで涼子の後ろでワタワタするしかできなかったが、俺のピンチと見るや助けてくれた。


「空李ちゃん、こんな奴を庇うことないわ! 見どころある奴と思ってたけど、所詮バンドマン。女が付き合っちゃいけない3B職業の男なのよ!」


 バンドマンBand-man美容師BiyoshiバーテンダーBartender。なぜかこれらの職業は女性から警戒されている。ひどい偏見だ。世の中には良いバンドマンと悪いバンドマンがあるんだぜ。


「金吾はそんな悪いバンドマンじゃありませんよ!?」


 そうだ! もっと言ってやれ!


「まだ庇うの!? はっ!? それとも金吾に弱みでも握られてるの? イヤらしい写真撮られたとか?」


「おい! 俺がそんなことすると思ってるのか!?」


「酔った勢いでファンの前で生歌披露してイキってた奴が偉そうに」


 ぐぬぬ。悪いことしてないのに言い返せない……。イキったのは否定できない。


 それにしても今の涼子は気が動転している。もともと正義感の強い性格とういうのもあって、か弱い空李さんにすっかり肩入れしている。


「本当に誤解だよ! 一気した後、俺が一人で帰れそうにないから空李さんが部屋まで送ってくれて、朝まで介抱してくれたんだよ。その間、空李さんには何もしてない」


「さっき覚えてないって言ったじゃない。作り話でしょ?」


「お、覚えてないのは確かだけど事実だよ。ねぇ、空李さん?」


 俺は空李さんに縋った。

 実際のところ公園から家までどうやって帰ったのかは今でも謎だ。なので空李さんの証言だけが俺の無実を証明する。


「ほ、本当です! 金吾、私が嫌がるようなことは一つもしませんでした!」


 おぉ、やはり君は俺の味方か!


 空李さんがキッパリ無実を主張してくれたので俺は安堵する。


「金吾は私に優しくしてくれました。初めて入る男の人の部屋だったけどリラックスできるよう優しくお話ししてくれて、すぐ近くでキュンってするようなこと言ってくれて……」


 空李さん、どうしたのかな? 顔は真っ赤だし、もじもじしちゃって……。さっきみたいにキッパリ話していいんだよ?


「その後、私の……」


「「私の?」」


「(おにぎり)を……食べてくれました!」


 うん? 何を食べたって? 声が小さかったから聞こえなかったよ?


 食べたもの……えーと、なんだっけ?

 あ、おにぎりを食べたんだ!

 納得した!


「ふーん、金吾、食べたの?」


「うん、食べた!」


 腑に落ちてスッキリした俺はうっかりあっさり答えちゃう。

 直後、俺は会話が変な方向へ走っていることに気づいた。


「ファンを食うとかありえない! やっていいことと悪いことがあるでしょ!?」

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