第29話 涼子とラブホテル④〜夜は恋バナ〜
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賢者モード……発動!!
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「んじゃ、電気消すぞ。おやすみ」
大欠伸を吹かしながら俺は部屋の電灯のスイッチに手を伸ばす。
「え、もう寝るの!?」
「うん、激ねむだから」
就寝態勢の俺になぜか驚きを隠せない様子の涼子。
「よ、夜はこれからよ!? 寝たら損じゃない!」
「修学旅行かよ」
なんでこの人こんなにテンション高いの?
涼子は元気が有り余ってるようだが、あいにくと俺の身体はクタクタですぐにでも眠りたい。
疲労の理由はもちろん労働が主だが、それに加えて浴室で性欲を処理して体力を消耗したせいでもある。涼子のためにちゃんとヌいてきたのだ。
そこまで俺が気を配る理由は涼子は大事な友達だからだ。緊急事態とはいえラブホテルにチェックインしたのは俺を友達と見込んだためである。それを裏切って毒牙にかけるような真似をして傷つかない女性はいるだろうか、いやいない(反語)。
親しき仲にも礼儀あり。
そのためにきっちり性欲を処理してスッキリした。おかげで俺も涼子も安心して眠れるというわけだ。
うん、万事抜かりない! 俺ってできる男だ!
ま、そういうわけでこれ以上起きているとせっかく処理した性欲が再び湧いてきかねない。とっとと寝るのが吉だ。
灯りを消し、俺は涼子の隣に失礼する。安いモーテルだがベッドの質は良い。マットレスが若干硬いが、掛け布団は軽くて温かい。もしかして羽毛か?
なんにせよぐっすり眠れそうだ。
だが……
「せ、せっかく一晩一緒にいるわけだし、寝るのはもったいないわ!」
なぜかテンションの高い涼子さん。涼子って夜中になると元気になるタイプなのかな?
まぁ、夜更かししてると逆に頭が冴えて詞や曲を書きたくなったりするので気持ちは分かるよ。
「何か話でもしましょうよ!」
「話? まぁ、いいけど。何か話したいことある?」
暗闇の中で寝そべったまま向かい合う。
本当はすぐに眠りたいけど、こいつと寝物語する機会なんてもうこの先ないだろう。思い出作りと思って付き合ってやるか。
「えっと……恋バナ!」
「だから修学旅行かって」
恋バナは修学旅行の夜の鉄板。俺も高校生の頃、友達から結愛とのことをあれこれ聞かれたっけ。それで期待に応えて色々話してやったら「自慢してんじゃねぇ!」とキレられたのは未だに納得がいってない。
「なんで恋バナなんだよ」
「いや……だって、ほら、鉄板でしょ!?」
「鉄板だけど俺が失恋中って忘れてない?」
結愛に裏切られたのがほんのひと月前。しかもただ浮気されたのではなく打ち込んだバンドからも追い出された。
薄々勘づいていたが俺をクビにしたのは二人が乳繰り合うためだったのだろう。二人がねんごろになったので俺が邪魔になったのだ。
そう考えると辛すぎる。だから努めて意識の外側へ追いやっていた。
「何よ、まだ引きずってるわけ? 結愛なんて忘れて次の恋に漕ぎ出せばいいのに」
「そう簡単に切り替えられるかよ」
俺の頭はそこまで便利にできてない。
結愛は生まれて初めてできた恋人で、ずっと一緒にいたいと本気で思えるくらい愛おしい存在だった。
もっとも、そんな結愛をよそにして愛想を尽かされたのだから自業自得と言えなくもない。
結愛も信彦も許せないが、一番許せないのは自分だ。
一番大事なものを疎かにしていた、自分が。
「失恋は新しい恋で癒すと良いって昔から言うでしょ?」
「新しい恋?」
「そうそう! 下ばっか向いてないで周りを見てごらんなさい! 可愛くて、あんたに好意のある女の子がいるじゃない」
どこか興奮気味に涼子は熱弁する。
なるほど、いつまでもへこんでる俺を励まそうと必死になってくれているのか!
くぅ、俺は良い友達を持ったぜ!
しかし俺の周りで好意を持ってくれている女性……うーん、一体誰だろう? 賢者タイムで冴えた頭でもすぐに答えは出ない。
だがふとある人物の顔が浮かぶ。
俺の近くにいて、好意を持ってくれている女の子。それは……
「空李さん」
「………………………………はい?」
真っ先に浮かんだのは俺を推してやまない追っかけの女子高生だ。なんせあの子は俺達のバンドがリコネスと銘打つ前から応援してくれたらしい。その熱烈ぶりは好意と取れなくもない。
「うーむ、空李さんかぁ」
「ちょ、ちょっと!? なんでそこで空李ちゃんが――」
「確かに、空李さん可愛いし、素直だし、面白いし、ちっちゃいし、可愛いからなぁ〜。空李さんみたいな彼女なら自慢できるなぁ〜。毎日楽しいだろうな〜」
「こら! 空李ちゃんに手を出したら許さないわよ!?」
なんで怒るんだよ。お前が周りに目を向けろっていったんだろ?
「分かってる。空李さんに変な気を起こしたりはしないよ。空李さんは今受験で頭がいっぱいだろうから水を差したりしない。だいたい空李さんは俺のファンだから恋愛どうこうって相手じゃないぞ」
「そ、そう。分かってるならいいわ。それじゃあ他の女を――」
「そもそも俺も空李さんの受験で頭がいっぱいで恋愛って気分じゃないしな」
涼子が何か言いかけていたが俺は遮って本音を口にする。
「今は空李さんの受験に精一杯協力したい。自分の恋も、音楽活動もどうだっていい。今はあの子が夢を掴むのを応援したい」
格好つけたこと言ってるが揺るぎない本心だ。
あの子が自分で決めた目標を達成するためなら俺の時間はいくらでもあげるつもりだ。逆にあの子の夢を差し置いて自分の人生が上手くいってもちっとも嬉しくない気がする。
隣から涼子の心底呆れたため息がした。それから不思議そうに尋ねてきた。
「前から思ってたけど、どうしてそこまで空李ちゃんに肩入れするわけ? あの子のこと好きなの?」
「そんなんじゃないって」
「怒らないから言ってごらん? 空李ちゃんのこと可愛いって思ってるんでしょ?」
「思ってるけど、それとこれとは話が別だよ」
「どう違うのよ? 受験に協力して、頼れるところ見せたいんじゃないの?」
涼子はどこかムキな口調で詰め寄ってくる。狸寝入りで誤魔化してやろうかと邪険に思うが、それで許してもらえそうにない。
少し恥ずかしいけど、まぁ、涼子ならいいか。
「上手くいえないけど、俺は空李さんのヒーローだから」
「はぁぁぁ?」
風船から空気が抜けるような声。「何言ってんのお前」みたいなリアクションやめて! 恥ずかしいけど俺は頑張って続けるから最後まで聞いてね。
「空李さんの中で俺はまだロックスターで、勇気をくれるヒーローなんだそうだ。正直、荷が重いし、くすぐったいけど、そこまで言われたら何かしてやりたいだろ?」
本当はステージの上から声援を送ってあげられたら格好良いけど、あいにくと今の俺はバンドマンでもなんでもない、ただの大学生だ。
そんな俺にできることといえば家庭教師くらい。
「なんであれ、今の自分にできることで応援してあげたいんだ」
あるいは意地になってるのかもしれない。
信彦に楽曲の利用を許したのは自分の存在を世間にアピールしたいという野心が少なからずあった。
それと同じで、少女の心の中ではヒーローでありたいという幼稚な願望が俺にあるのだろうか。
「あんたさぁ、失恋中とか言ってるけど、元気じゃん」
涼子はまた呆れた声で指摘し、モゾモゾと布団の中で寝返りを打つ。こちらに背中を向けて寝る準備を始めたようだ。
「ま、あんたらしいけどね。でも、春になったらどうするの? 空李ちゃんが合格して、家庭教師もお役御免になったら」
「そんな先のこと考えてないよ。まぁ、その時やりたいことやるんじゃない?」
「行き当たりばったり」
ふふ、と小さく吹き出した涼子。
「春が来るのが楽しみね」
彼女のその言葉を最後に俺達は一言も話さず、どちらからともなく眠りに落ち、朝を迎えたのだった。
†――――――――――――――†
いや、結局何もないんかーーい!!(゚Д゚)クワッ!
二人の距離はまだまだお友達。
でも簡単にくっついたらつまんないですよね?😊
どうせならもっと甘々な展開の末に……なんて!🍯
これから縮まる機会はやってくるのか、乞うご期待!
次回は皆様お待ちかねの裏切り者パートです。
金吾と涼子が焦ったい夜を過ごす間、彼らは……
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