第27話 先輩とお泊まり(3)
「いやぁ、まさか泊まりのお客さんがお二人とはねぇ」
夜、民宿のご主人が帰ってきたので俺達は玄関まで行って挨拶をすることにした。俺達は客の立場だが、ご主人の弟さんの好意で紹介してもらった手前なので筋だと思ったのだ。
そのご主人だが、なんと昼食を食べた定食屋さんの店主であったので驚きだ。向こうも俺達の顔を見て目をまん丸にしていたので大層驚いたことだろう。
「しかし日帰り旅行で足止めを喰らうとは災難で」
「旅につまづきは付き物と言いますから」
ビールをお酌してもらう俺は苦笑を漏らす。
せっかくなのでとご夫妻と夕食を一緒にすることになった。本来の民宿は食堂で料理を出してもらうものだが、話が弾んでご夫妻と同席させてもらうことになった。俺達の他に客はおらず、ご夫妻と四人の食事だ。
美墨先輩は少し緊張していたが、ご夫妻のオープンな人柄に包まれて打ち解けられた。ビールに合う魚料理にご満悦なのもあるだろう。
「お若いのに分かってらっしゃる。人生予定通りに進むなんてことは滅多にない。山あり谷あり。若い人はエネルギーがあるから壁を越えようと頑張るが、立ち止まって回り道するのも良い考えですよ」
「嫌だわ、この人ったら。お客さんに偉そうに」
「つい気分が良くてな! こんなに若くて綺麗なお嬢さんにお酌してもらってるんだから仕方ない」
旦那さんも相当な酒好きらしく、かなりのハイペースでビールを飲んでいる。その度に美墨先輩のお酌を受けては飲むを繰り返すのですでに顔が赤い。
「ごめんなさいね、若い人と話せて機嫌を良くしちゃって」
「とんでもない! こんなにサービスしてもらったんですから。それに今のお話、心に沁みました。共感できるというか、思い当たる節があるというか……」
「思い当たる節、ですか?」
女将さんは不思議そうに、そして興味深げに首を傾げる。
俺はかいつまんでリコネスをクビになってからのことを話した。少しの自慢と回顧のつもりで。
リコネスをクビになってからの俺は少し音楽から離れた。涼子や空李さんのおかげでどん底からはすぐに抜け出したが、その後何をして良いのか分からなかったからだ。
音楽は好きだけど、音楽で何をすれば良いのか分からない。漠然とそんなジレンマを抱いていた。
空李さんの受験を手伝ったのにはそんなジレンマから逃れたかったのかもしれない。クビにされた自分でも誰かの役に立てると思いたかったのだ。回り道というか逃げ道だ。
しかしその回り道のおかげで俺はまたバンドを始められた。ノット・ノイズという新しいスタートを切れたのだ。回り道も悪いことばかりじゃない。
「バンドだなんて羨ましいわ。まさに青春って感じね」
「だなぁ。俺達も若い頃に戻りたいなぁ」
ご夫妻は温かい顔を見合わせていた。
この二人は若い頃からの付き合いなのだろうか?
あるいは大人になってから知り合ったのか?
こんなおしどり夫婦だから過去に戻ってもきっと恋人同士になるのだろう。
もしその願いが叶えば、一体どんな青春を過ごすのだろうか……。
俺は仲睦まじい二人を見てついそんな想像を膨らませた。
『過去に戻っても、あなたのそばにいたい』
ありきたりだけど、良いフレーズだ。いつかそんな曲を作ってみたいものだ。
「そういえば、この町に来た目的は果たせましたか? 確か『好き』を探すとか。あれはどういう意味なので?」
「バンドの曲の歌詞を考えていたんです。作詞を任せてもらったのですが、行き詰まってしまって。それで彼がこの町に連れてきてくれたのです」
「ははぁ、なるほど。ですが殺風景な町なので何も浮かばなかったのでは?」
「そんなことありませんよ。ご飯は美味しいし、海の景色が美しくて。住んでる方々も温もりがあってとても素晴らしい町です」
先輩の口に澱みはない。そしてその言葉が飾ったものでないことは表情からすぐにわかった。
昼に海を眺めて胸打たれた時と同じキラキラした瞳は作り物なんかじゃない。抑えられない気持ちはおべんちゃらで表現できるものではないはずだ。
そんな美しい表情を目の当たりにしたご夫妻は嬉しさと恥ずかしさを含んだ、くすぐったそうな微笑みを浮かべた。
「それじゃあ良い旅になったようですね」
「はい、とても」
「本当に羨ましいわ。大学に通って、バンド組んで、しかも彼氏と旅だなんて」
「か、彼氏ですか!?」
うっとりした女将さんの口から溢れた『彼氏』というワードに先輩が素っ頓狂な声を上げた。
「え、そちらの彼とお付き合いしてるんじゃないの?」
「ち、違います! 小早川君はバンド仲間で大学の後輩です……」
「なんだい、お前さん知らなかったのかい? この二人は付き合ってるわけじゃあないんだよ」
「まぁ、そうだったの。あなたは知ってたんですね」
勘違いする女将さんに旦那さんは少し呆れていた。旦那さんには昼に恋人関係じゃないことは伝えていたが、女将さんにはまだであった。特に詮索されたわけでもないので言いそびれていたのだ。
「それじゃあ同じお部屋にしたのはまずかったかしら」
「えぇ、同室にしちゃったのかい!?」
「だって仕方がないでしょ、仲良さそうだからきっとそういう関係と思って」
「まぁ、俺も最初は勘違いしちゃったからなぁ。今からでも部屋分けてお上げなさいよ」
「ダメですよ。もう一つの部屋は雨漏りしてて使えないでしょ?」
「そうだった……」
うーむ、と頭を捻らせるご夫妻。悩める二人を先輩はすかさず宥めた。
「これ以上のお気遣いは結構ですよ。私は彼と同室でも気にしませんので」
「本当によろしいんですか?」
「はい。彼とは付き合いも増えて息苦しいということもありません。安心して眠れると思います」
それは俺も同意見だ。昨年の冬からこちら、先輩とはずいぶん打ち解けたので緊張したり気まずさを感じることはなくなった。女性と同じ部屋で寝るのに遠慮はあるが、妙な気を起こさなければ良いだけのこと。先輩が不満を唱えないのなら俺から言うことは何も無い。
「そうですか。お客さんがよろしいなら」
部屋割りが確定したところで食事は終わり、俺達は部屋に戻ることにした。
食堂を去る間際、ご夫妻は何やら小さな声で会話をしていた。
「(あの二人、今夜本当に何も無いのかしら?)」
「(意識してないことはないと俺は見た。お似合いだったしな)」
「(でもうちはラブホテルじゃないのよ? ゴムとか置いてないし)」
「(兄さんの方が持ち歩いてるだろ。男子学生でバンドマンなんだから準備してるさ)」
「(それもそうね)」
きっと懐かしんで昔話に花を咲かせているのだろう。なんとも羨ましいご夫婦だ。
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あけましておめでとうございます!🌅
今年もよろしくお願いします。🙇♂️
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