第31話 空李ちゃん、バッタリ、パパラッチ!

 涼子と迎えた朝。


 俺達はホテルを出て昨日降りた終点駅と同じ駅から電車に乗った。

 通勤時間帯だが終点駅とだけあって座席には余裕がある。俺達は発車時刻をホームで待っている電車に乗り、昨夜と同じように並んで座った。


「ふわぁ……」


 涼子が特大の欠伸をかます。美人なくせにそんな気の抜けた表情を、しかもすっぴんでするので可愛いし面白い。

 大学ではクールな完璧美人で通して素の顔を出さないのを知っているだけにいいもの見た気分だ。


「眠そうだな」


「うん、昨夜全然眠れなかったの」


「え、そうなの? 眠ってるとばかり思ってた」


「あんたはぐっすりだったわね」


「おかげさまでな。もしかして涼子って枕が変わったりすると眠れないタイプ? そのせいで眠れなかったとか?」


「……誰のせいと思ってるのよ」


 じとっとした流し目で睨まれる。なんでそんな顔するんだ?

 何事か寝言のように呟いていたが、ちょうど発車アナウンスと被りよく聞き取れなかった。


「涼子、今何か言った?」


「……なんでもない! 私寝るかもだから着いたら起こして。あんたは寝ないでね」


 昨日寝たのはどっちだよ。

 ま、友人とはいえ男が横で寝てたら気が立つのも無理はないか。


 俺は苦笑混じりに承知し、走り出す電車の揺れに身を委ねた。


 やがて電車はぐんぐんスピードを上げ、俺達を市街地方面へと運んでいく。

 俺はすることもないので目だけを動かして車両の中や窓の外をぼんやり観察した。

 こうやって景色を眺めたり、人の表情や所作を見ていると歌詞が思い浮かんだりする。昔からの癖なのだ。


 ガタンゴトン、と揺れる電車。


 流れていく見知らぬ景色。

 住宅と田園が少しずつ都市的に変わっていく。


 知らない駅で降りる人、乗ってくる人。


 朝から疲れてるサラリーマン。

 幼稚園にやんちゃな子供を連れていくOLさん。

 ポカンと俺を見つめる

 参考書と睨めっこする男子高校生。

 おしゃべりに花を咲かせる女子校生。


 …………空李さん!?


 俺は夢でも見てるのか? なんでここに空李さんが?


 と、こんなことを思うあたり俺は寝ぼけてる。公共交通機関の中だから知り合いがいてもおかしくない。しかも今は平日の通勤通学時間帯。高校生がちょっと早めの登校をしても不思議じゃない頃合いだ。


 空李さんは不思議そうに俺達を見つめる。俺と涼子が朝から並んで電車に乗っているのが信じられないのだろう。

 だが目の前にいるのが家庭教師達と確信を得たのか、犬が尻尾を振るみたいな顔をして近づいてきた。


「金吾だ! 隣は涼子さんだよね!?」


「おい、涼子、起きろ。空李さんが現れた」


「ちょ、金吾!? 私のことモンスターみたいにいうのやめてよね!?」


 朝の電車でエンカウント。


「え、空李ちゃん?」


 俺に起こされ、涼子は眠そうに目を擦りながら目の前に立つ人物の顔を窺う。

 寝ぼけ眼のせいで誰なのかすぐに判別できなかったが、やがて空李さんと認めるや顔を華やがせた。


「おはようございます、涼子さん!」


「空李ちゃん、おはよう! 今から学校? 制服似合ってるわね、すごく可愛い!」


 涼子が褒めているのは愛宕女学院の制服だ。チェックのスカートとブレザー、チャームポイントのリボンは北斉市の女の子の憧れと言われ、涼子も例に漏れず羨望を抱いている。


「いいなぁ、愛宕の制服。私もそれ着たかったなぁー。私らの高校公立で、制服死ぬほどダサかったから地獄だったわー。三年間無駄にしたわー」


「えへへ、今度着てみます? 涼子さんなら絶対似合いますよ」


「うん、着せて! 写真撮りたい!」


 両手を握り合い、キャアキャアと朝から大騒ぎする。友達というかもう姉妹? 本当に仲が良いね、君達。


「今度、涼子さんの部屋に制服持っていきますね」


「うん、楽しみにしてる!」


 俺を置いてきぼりにして撮影会の約束を取り付けてしまった。

 愛宕の制服着た涼子か……。涼子は母校のイモいセーラー服でも充分可愛かったから、愛宕の制服を着たらますます可愛いんだろうな。歳は十九歳なので制服着たって変じゃないだろうし、写真見せてもらいたいな……うへへ。


「ところで、お二人は朝からどうして同じ電車に? 家、まったく別駅ですよね?」


 ハイテンションだった空李さんの声が突然座る。

 常夏の沖縄から厳冬期の八甲田山に切り替わったような寒気に襲われ、俺はようやく現状を理解した。


 そう、俺と涼子は一緒に朝帰りする途中。当人同士が友達なつもりでも客観的に見ればカップルに見間違われても不思議ではない。


「『早朝からお出かけして、今帰る』、なーんてことありませんよね? 昨夜はどこかにお泊まりですか?」


「空李ちゃん、落ち着いて? 何か誤解してるわ」


「そうですよ、空李さん? 俺達別に何かあったわけじゃありませんよ?」


 空李さんはニヤニヤとイタズラっぽい顔で尋ねてくる。それはまるでネズミを見つけた猫みたいな、なぶり殺す権利があると信じて疑わない凶悪な微笑みであった。ついでに言うと口が『ωこんな感じ』になっている。


「え〜、隠すことないじゃないですか〜。二人とも仲良いですし、今は恋人もいないんでしょう? だったら浮いた話の一つや二つ、あるんでしょう? さぁさぁ、金吾と涼子さんの熱愛報道の行方は何処いずこへ!?」


 空李さんは鼻息を荒くして詰め寄ってくる。恋バナに反応するのは女の性か。

 というかパパラッチですか、あなたは。


「熱愛なんてないわよ。昨夜、高校の頃の友達の部屋で飲んでて、皆でそのまま寝ちゃったの」


 涼子のもっともらしい作り話。大学生になると外泊が自由化されるため、友達の部屋で宴会してそのまま雑魚寝なんてよくあることだ。


 にしてもよくそんな嘘が出てくるもんだ。

 まぁ、俺も乗っからせてもらうけど。

 見たところ推しに熱愛疑惑が浮上したからといって不快になってる素振りはない。むしろ楽しんでいるご様子だ。

 だが時期が時期なだけに何が彼女の精神にショックを与えるかは気配りすべきだ。寝過ごして仕方なくラブホに泊まったなんて口が裂けても言えない。恥ずかしいし。


「むぅ、なんだ。つまんないのー」


 空李さんは唇を尖らせて不満顔。しかし存外あっさり引いてくれて助かった。


「あ、私ここで降りるわね。じゃあ、金吾、また大学で。空李ちゃんはまた週末ね」


 電車が駅に停車すると涼子は降りていった。代わりに空いた席に空李さんがスポンと収まる。


「えへへ、金吾と登校してるみたい」


「次で降りちゃいますけどね」


 俺はくすぐったい気持ちになって照れ笑いする。


 なんだか妙な気分だ。隣にいるのはお友達の空李さんだけど、いつになくドキドキしてしまう。


 もしかしてこれが制服効果か!?

 なんでも愛宕女学院の制服には女の子の可愛さを三割増にする魔法があるそうだ。


 バカバカしいが、なるほど、一理ある。

 私服の空李さんも可愛いけど、制服を着ていると清楚で知的なオーラを醸す。何より『JK』という若さと可憐さ満点なステータスが付加され、三割どころか可愛さ倍増である。


 愛宕生……かわゆす!


 だがそんな愛宕ちゃんとのひと時も束の間、俺と涼子の最寄り駅は一つしか離れてないため、あっという間に下車の時が来た。


「それじゃあ、俺はこれで。また週末に」


「うん、それじゃあまたね!」


 後ろ髪を引かれる思いだが、一緒にいても仕方がない。空李さんはこれから学校で、俺も大学がある。

 できることなら制服姿の空李さんと城址公園でもお散歩したいが、それは遠慮しよう。


「もしくは制服着てうちに……はさすがにイヤらしいか」


『制服着てうちに来てください』とかどんなプレイの注文だよ。


 バカな考えは捨てよう。俺は硬派で紳士な男なんだ。


 朝方のよく冷えた空気を吸い込んで脳をクールダウンさせ、ゆったり家路を進む。

 アパートに到着すると冷凍庫を漁り、朝食になりそうなものを物色した。


「適当に済ませて大学に行かないとな」


 ピンポーン――


 冷凍ナポリタンを温めようとしたその時、ドアベルが鳴る。


 誰だろう? 宅配便かな? でも何も注文してないけどな……。


「はーい、どちら様でしょう…………か……」


 玄関のドアを開け、来訪者に応じる。その顔を見た途端、俺は固まった。


「えへへ、来ちゃった♡」


 そこにいたのはJK空李ちゃんでした。


†――――――――――――――†

 空李ちゃん、突撃!

 今回の空李ちゃんはJKモードです。

 愛宕女学院の高校生ですが、何気に金吾とは制服での絡みがありませんでしたね。


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†――――――――――――――†

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