SS (涼子side)制服交換
とある休日のこと。
私はいつもより早く起床し、朝から部屋の片付けをしていた。
今日は朝からお客さんが来ることになっている。
ピンポーン――
「はーい、今出ます」
玄関の戸を開けるとそこには……
「おはようございます、涼子さん! 今日はお邪魔します!」
スーツケースを携え、大輪の花のごとき笑顔を浮かべた空李ちゃんがいた。
「おはよう、空李ちゃん。さ、上がって」
「えへへ、お邪魔しまーす!」
えっちらおっちら、スーツケースを抱えて玄関を上がる空李ちゃん。
今日の空李ちゃんは黒いカーディガンに赤ベースのプリーツスカートと女子高生風コーデ。一方、足元は厚底のスニーカー、メイクはちょっと派手目と全体的にヤンチャに仕上がっていた。
「空李ちゃん、今日のメイク可愛いわね」
「えへへ、ありがとうございます♪」
「普段からそれくらいすればいいのに」
「それはさすがに……。家庭教師してもらうのにガッツリメイクは申し訳ないですよ」
ぽりぽり、と頬を掻きながら苦笑する空李ちゃん。確かに好意で家庭教師をしてもらう場で遊びに行くような着飾りは不謹慎か。
空李ちゃんは天真爛漫な性格に思えるがその辺りを弁えている辺りしっかり躾されてるのだろう。絶妙な匙加減の人懐っこさはこの子の武器だ。
「それもそうね。それに、あんまりオシャレしてると注意散漫になるからね」
「オシャレが注意散漫、ですか?」
小さな頭がコテンと横に傾く。
まぁ、その理屈は分からないだろう。私が心配しているのは空李ちゃんが注意散漫になることではない。
こんな可愛い女の子がそばにいると気が散りそうなやつが約一名。私の心配はそっちだ。
「うふふ、気にしないで。こっちの話だから。それより空李ちゃん、例のブツは持ってきてくれた?」
雑談はそこそこにして本題を切り出す。今日は空李ちゃんとある約束をしていた。
「ふふふ、もちろんですよ! 涼子さんも準備してくれてます?」
「当然! 実家のクローゼットから引き摺り出してきたわ」
「えへへ、それじゃあご開帳!」
意気軒昂にスーツケースを開き、中から取り出したるは……
「じゃーん! いつも着てる制服でーす!」
ブレザーとチェックスカートの制服だった。
「おぉ! これぞ北斉女子の憧れ、愛宕女学院制服!」
おしゃれで可愛らしい制服から私はテンションマックスになり、目が離せなかった。
愛宕女学院の制服は有名デザイナーが手がけ、『全国可愛い制服ランキング』でトップに食い込んだ実績がある。
可愛いだけでなく伝統色を取り込んだ落ち着きのある瀟洒なデザインは女子の憧れで、この制服着たさに進学する女子までいる。
いろんな服に袖を通して着こなした私だが、この制服だけは未挑戦である。今日はこの制服を借りてきさせてもらうことになっていた。
「ねぇねぇ、早速着させて!」
待ちきれずパーカーとロングスカートをポンポンと脱ぎ捨てる。下着は制服を傷つけたり汚しちゃいけないので、あらかじめ金具と装飾のないスポーツブラとショーツに着替えていた。
「もちろんです! これがブラウスで、裾はウェストにインするのが正しい着こなしです。ブレザーは第一ボタンで留めて、仕上げに襟にリボンを結んで……」
空李ちゃんが慣れた手つきで着替えを手伝ってくれる。ボタンを丁寧に留めてもらっていると貴族のお嬢様になったみたいで気分が良い。
「襟章を付けたらはい、完成! 立派な愛宕ちゃんのでき上がりです!」
「おぉ……おおおおおおおお!!!!」
姿見に映る自分を見て息を呑む。
鏡の向こうにいるのは間違いなく私。
でも今まで見たことのない、はじめましてな可愛い私。
制服によって醸される清楚で知的なオーラは母校のクソダサセーラー服とは明らかに一線を画する。
こんなに可愛い制服を着てたら道ゆく男子の視線を釘付けにすること間違いなし! 存在するだけで世界のヒロインにだってなれちゃうこと請け負いだ。
この制服着て勉強したかったなぁ。街とか歩いて、友達と映えるカフェでお茶して、他所の高校に通う彼氏と城址公園でデートできたらどれだけ楽しかったことでしょう……。
なんだろう……私の三年間が急に灰色に思えてきた。楽しい思い出もあるにはあるのに。
「はぁ……羨ましい。空李ちゃん、きっと毎日が楽しいんでしょうね……」
「あれ、喜んでもらえると思ったのにどうして哀愁漂わせてるんです?」
「あなたには分からないわ。囚人服着て青春を過ごした女の辛さは……」
「女子少年院にでもいたんです?」
「ふふ……公立高校なんてそんなもんよ」
あぁ、キラキラとは無縁な我が青春よ……。
「あ、そうだ。空李ちゃんも私の制服着てみる?」
「はい、来ます! セーラー服、一度着てみたかったんですよね!」
「そんな大それたもんじゃないけど、せっかくだしどうぞ」
今度は私が着替えを手伝う番。下着姿になった空李ちゃんにセーラー服の着方を指導しつつ着せていく。
余談だけど、空李ちゃんは上下桜色でお揃いのブラとパンツをつけていた。
「わぁ……これがセーラー服。えへへ、なかなか可愛いじゃありませんか。どうですか、似合ってます?」
くるっとスカートを翻してターンする空李ちゃん。
その時、私に衝撃が走る。
「……いい」
「涼子さん?」
「可愛い! 空李ちゃん可愛いよ、空李ちゃん!」
思わず叫んだ。シャウトせずにはいられない!
だって空李ちゃんめちゃくちゃ可愛いんだもん!
飾り気のない紺色ベースのセーラーは市内では「イモい」と嘲笑を買うのになぜか空李ちゃんが着るとドレスにさえ見える。やはり中身が愛宕ちゃんだから気品が合わさるのかな。
「めっさ可愛い! こんなに可愛い
「お、大げさですよぉ〜。私なんて全然可愛くないですってば。友達の凪音とかレベチですもん」
「ご謙遜を〜。うちの学校通ってたら学園のアイドルになってたよ! 男子皆、空李ちゃんに恋するよ! 毎日ラブレターの嵐よ! 毎日上履き盗まれるよ!」
「上履き盗まれるのはイヤですよ!?」
確かにそれはキモい。でもそれくらい空李ちゃんにセーラーは似合っていた。これだけ可愛く着こなせれば公立校でもさぞ楽しいだろうに。
「ダサいダサいって言いますけど、十分可愛いと思いますけどねぇー。涼子さんなら可愛く着こなせるでしょうし」
「ま、それなりに努力はしましたよ。でも、うちってメイク禁止だから、ね」
「あ……(察し)」
地方の公立校は校則が厳しい。スカートは膝下、化粧は禁止、飾りのあるヘアピンも御法度。だから私らは『灰かぶりの青春』と呼んでいた。
「それでも可愛い子はいましたよね?」
「いたわねぇ……。結愛とかメチャクチャ可愛かった」
思い出すのはかつての友人。そして親友の元恋人でもある女だ。
「あぁ、やっぱり結愛ってその頃から可愛かったんですね」
「まぁね。あの子の場合、校則上等でコソッとメイクしてたけど、元々素材がいいから学校一の美少女なんて言われてたのよ」
「すごっ! でもそんな学校一の美少女と金吾は付き合ってたんですね! 金吾すごいなぁー」
尊敬の眼差しは推しの青年に向く。本当に彼女の熱意には見上げるものがある。だが彼女は真実を知らない。いい機会だ、昔話でもしてやろう。
「それがね、最初結愛って全然垢抜けなかったの。土まみれの芋みたいな子だったの」
「そうなんですか!?」
「そうそう。あの子が綺麗になったのは金吾と付き合い始めてからよ。恋は女を綺麗にするのね」
ふと思い出したことがある。あいつらが付き合い始めてしばらく、結愛が必死な様子で相談しに来たのだ。
『どうしたらあなたみたいになれるの?』
あの時の結愛は乙女だった。金吾にもっと好かれたいとの熱意だけが胸にあった。
「ま、昔話はこの辺にして写真でも撮りましょ。若くて綺麗な私達を残しておかないと」
「いのち短し恋せよ
「せっかくだし金吾にでも送ってやりましょうか」
*
実家での用事を済ませた俺は木枯らしに肩を縮こまらせながらアパートへの道を歩いていた。その時、ポケットのスマホがブルブルっと震える。
「なんだ、涼子か……ってこれは!?」
LINEで送られてきた写真を見て飛び上がる。なんとそれは愛宕女学院の制服を着た涼子であった。
空李さんの制服を借りたのか?
それはともかく……可愛い!
元々美人だから何着ても似合うけどやっぱり愛宕の制服は段違いに見栄えする。
そこに続けて空李さんからも着信が。
「む、空李さんも画像を……って、え!?」
こちらは見覚えのあるセーラー服姿の空李さん。市内有数のイモさと言われた母校の女子制服だが、空李さんが着ているとアイドルの衣装もかくやに見栄えした。それこそセーラー服着た橋本環奈もかくやな輝きである。
「か……可愛い! こんな可愛い子うちにいたっけ!?」
記憶をたぐるが……うぅむ、いない!
君ほど可愛い子はいなかったよ!
だから俺的ベストセーラー賞を上げちゃいます!
ホワホワ、と胸が温かくなる。年の瀬にいいものを見たなぁ。
としみじみしていると追加のメッセージが。
『ねぇ、どっちが可愛い?』
「ななな……」
それを俺に決めろと!?
決められるわけないじゃないか!
でも何か答えなきゃいけない気がして、でも何も答えられなくて俺の思考はどんどん鈍くなる。
しかし脳死しても画像はきちんと保存するのだった。
†――――――――――――――†
皆さんはセーラ派? それともブレザー派?
よろしければ感想欄で教えてください!
†――――――――――――――†
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