第47話 (挿絵あり)運命の奔流(結愛side)
原宿、竹下通り。若者が流行を追い求める街。
竹下通りにある流行りのカフェでのバイトを終えた結愛はぼんやり
もう夕方だが部屋に帰るつもりはない。夜になればガールズバーのアルバイトのシフトが待っている。それまで暇潰しに表通りを流していた。
「この服可愛いなぁ。でもちょっと高いか」
ショーウィンドウのマネキンに着せられたタイトなミニスカートに魅了されるが値札を見て肩を落とす。
美容と服飾は結愛の趣味だ。金吾と付き合い始めた頃を境に美容に目覚め、コスメや綺麗な服に目がない。
しかし東京の生活は金銭的に苦しく、この頃は新しい服を買うのは我慢していた。
だが今は別な理由で趣味への熱意も冷めていた。
「はぁ……私、何やってるんだろう?」
可愛いスカート、活気ある街並み、人生を謳歌する東京の人々。その中にあって自分が惨めに思えてならなかった。
「ねぇ、キミ、一人?」
突然やってきた軽薄そうな男のナンパをかわして足早にその場を後にする。
東京に来れば何かが変わると期待していた。高校で『学校一の美少女』と呼ばれた自分だからきっと周りがチヤホヤしてくれるものだと自信を持っていた。
その期待は半分当たりで半分はずれ。
アルバイトの方は順調だ。ガールズバーでは早くもリピーターがついて売り上げ競争の上位に食い込んだ。おかげで店長には褒められたし、ボーイからも一目置かれている。
でもそんな成果を望んでいるのではない。
自分は何しに東京に来たのか。決まっている、音楽をしに来た。
だが結果は散々だ。事務所との契約は頓挫し、それどころか大きな思い違いを理解させられるハメになった。
「私、どこで間違ったんだろう……」
そう呟く結愛だが本当は分かっていた。
しかし認めたくなかった。認めたが最後、自らの過ちで人生を棒に振ったことまでも認めてしまいそうになり、愚かさに押し潰されるだろう。
自分の未熟な心では耐えられない。
こんな時、支えになってくれるのは恋人の存在であるが、その恋人とはしばらく顔を合わせたくなかった。だから部屋から追い出した。
しかしそれはあくまでも一時的。勢いでリコネスを辞めるなどと口火を切ったが、何も本気で辞めるつもりはなかった。感情的になるのは自分の悪い癖。
目下、彼との関係、そしてリコネスの活動をどうするかが結愛の悩みだ。
と言っても自分は寂しがり屋だし、バンド活動をどう推進すれば良いかなど見当もつかない。結局信彦頼りだ。
「私、何にもできないや。何やっても中途半端なのね……」
そんな自分が心底嫌になる。もういっそ消えてしまいたい。願わくば消えてなくなったと思えるくらい変わってしまいたかった。
「ねぇ、キミ」
またナンパだ。結愛はウンザリし、振り向きもせず立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってよ」
だが今度のナンパはしつこい。声の感じからして中年っぽい。
(若い女引っ掛けようなんて気持ちが悪い)
羨望の眼差しを向けられるのは誇らしいが、性の対象にされるのはごめん被る。
「ねぇ、ってば」
「あぁ、もうしつこい!」
いい加減頭に来てキッと鋭い視線を向ける。だが、
「やっぱり結愛ちゃんだった!」
能天気に喜ぶ声。意表を突かれた結愛は吊り上げていた眦を下げてポカンと立ち尽くした。
この男性は自分を知っている。自分も彼を知っている。だが思い出せない。
「お久しぶり。覚えてるかな? トレミー・エージェンシーの本多です」
「本多さん……。あ、松平さんの隣にいた……」
「その節はどうも。いやぁ、こんな所で会うなんて奇遇だね」
本多は先日のことなど意に介さないような人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「せっかくだし、お茶でもどう? 結愛ちゃんとはいっぺんじっくり話してみたかったんだよね」
その誘いが結愛の運命を変えることになることを当人は知らない。
*
近くのカフェに入り、二人は向かい合って座った。
「それで、リコネスの方はどうよ? 利用許諾の件、進んでる?」
「えっと……それがさっぱり」
「だよね。僕の予想だけど、本当は金吾君と喧嘩別れしたんじゃない?」
図星を突かれて黙り込む。実際は喧嘩別れではない――というよりもっと酷い。真実を話せばこの場で張り倒されてもおかしくない。加えて嘘の片棒を担いだことが恥ずかしく、結愛の肩は微かに震えていた。
だが結愛の悪びれた態度を感じ取った本多は責めてこなかった。
「まぁ、よくあることだよ。でも、その分だとリコネスは厳しいよね。信彦君に曲を作る力は無いみたいだし、作れる人を見つけても松平さんのお眼鏡に叶うとは限らない。バンドなんて掃いて捨てるほどいるご時世でスカウトがまた来るとは思ってないでしょ? 実際の所、結愛ちゃんはこの先どうするの?」
「…………分かりません。私、ずっと言われた通りに演奏してきただけなので、自分が何をすべきか、何をしたいかとか分からないんです」
ふぅむ、と本多は神妙にため息をついて結愛を見つめた。彼女が無欲なのではなく主体性が無いことは大勢の人を見てきた本多にはすぐに分かった。
(こういう意欲のない子は伸びないんだよなぁ……)
プロデューサーに言われるがままで大成するほど芸能界は甘くない。早合点だったかと見切ろうとした。
その時だ。
「でも、できることならもう一度ステージに立ちたいです……。どんな形でもいいから、また……」
結愛の口から本心がこぼれ落ちた。そしてその眼差しは煌々と輝く星のように美しく、強い意志を宿していた。当然、本多の胸を打ったのだった。
「その言葉が聞けてよかったよ、結愛ちゃん。ものは相談だけど、僕と組まないかい?」
「本多さんと?」
「うん。実は今うちの事務所でプロデュースの企画が持ち上がってるんだ。そこに参加してほしいな」
ドクン、と結愛の心臓が跳ね上がる。迷子が歩いているうちに見覚えのある場所に行き着いたような唐突な希望に似ていた。
「企画ってどんな……?」
「『ルックスも推せる本格ガールズバンド』ってコンセプトで進めてる。結愛ちゃん可愛いし、経験もあるからぜひベーシストを任せたいな」
ドクドク、と心臓が早鐘を打つ。可愛いと褒められたのが嬉しいし、それを見込まれてスカウトされたのも誇らしい。何より当初の目的だった音楽活動を続けられることに大きな喜びを感じた。
だが一つ気になることがある。
「リコネスはどうすればいいですか?」
辞めると啖呵を切ったが本気で抜けたつもりはない。リコネスのベースボーカルの立場をどうするかが気がかりだった。
「あぁ……リコネスねー。僕としては企画に専念してほしいけど、そっちは好きにすればいいよ。支障が出ない範囲で掛け持ちでもいいし。松平さんには僕から断っとくから、そっちは気にしないで」
本多は消極的な思案顔でそうお墨付きを与えた。結愛としてはずっと所属してきたバンドをとりあえず続けられることになり一安心であった。しかし本多は「ただ」と続けた。
「本気で成功したいなら時には切り捨てることも大事だよ。居心地のいい場所にしがみついて、逃げ場所を確保しているようじゃ本気の奴には勝てない。芸能界はどこよりも競争が厳しい業界だ」
穏やかだった本多の口調がにわかに剣呑になる。彼もまた激戦の業界で戦い続けた猛者であることは世間知らずの結愛にも察せられた。
故に胸に刺さるものがあった。彼の言う、居心地の良い場所にしがみつく自分の胸には……。
「ま、両立は追々考えればいいさ。それで、どうする? やってみる?」
本多は器用に表情を恵比寿顔に変えて結愛の気持ちを探った。
結愛は即答できなかった。せっかくのチャンスが目の前を泳いでその気になっていたが、本多が本心を言ったために躊躇してしまっていた。
「す、少し考えさせてください……」
「そう、分かった。それじゃあ名刺渡しとくから気が向いたら電話して」
本多は愛想良く頷くと名刺をテーブルに置き、会釈をして結愛の前を辞した。
結愛は呆然とその背中を見つめ、きゅうっと胸が締め付けられる苦しさに襲われた。
本多はああ言ったが本心はやはり芽の出る見込みのないリコネスをやめて自分の企画に専念してほしいはず。
しかし結愛にとっての居場所だったリコネスを抜けることは身体一つで海原に漕ぎ出すに等しい大冒険だ。
加えて自分はまた恋人を裏切ることになる。その罪悪感に苛まれた。
その一方、本多の背中が遠ざかるにつれ、せっかく掴んだチャンスが遠のくような気がした。
「成功するには捨てなきゃダメ……。リコネスを、信彦を、弱い自分を……」
ガタッ!
椅子をひっくり返し、結愛は立ち上がる。
「本多さん!」
そして喫茶店を飛び出し、チャンスにしがみついた。
†――――――――――――――†
結愛の挿絵はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/junpei_hojo/news/16817330666503097659
結愛について色々書いているのでよろしければご一読ください。
次回、金吾と信彦の再会……
†――――――――――――――†
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