SS (涼子side)「ホテル行こうよ」

 バイトが終わったら付き合ってほしいと言われた。


 もちろんその付き合っては「時間を割いてほしい」という意味で、決して「交際してほしい」という意味ではない。

 本人に直接聞いてないが、そう解釈して間違いない。なぜなら相手は腐れ縁の男友達、小早川金吾だ。


 まぁ、流れ的にきっと空李ちゃんのバンド活動のことよね……。


「それで、付き合えって言ったけどどこに行くの?」


「ホテル」


「はぁ!?」


 ……と思っていた自分がいました。

 いや、だってほら、流れってあるでしょ?

 バンドしたがってる空李ちゃんと気まずい別れ方しちゃった後だから、次はこいつから誘ってくるのかなって思うでしょ?

 私はそこまで鈍くないわよ?


 それなのに……え、ホテル? なんで?


「あ、あ、あんた、なんてところに誘うのよ!?」


「え、嫌か?」


 まさかこの流れでラブホテル!?

 どういう思考回路してるのよ!?

 嫌とかそういうことじゃなくて、その思考回路が意味不明!

 三年付き合ったカップルの流れでしょ!?


「嫌とかじゃなくて、急に誘われるとびっくりするのよ! こっちにも心の準備ってものが……」


「そんな気負っていくような場所じゃないだろ。前にも行ったし」


「そ、そうだけど……一緒に行ったけど……」


 あれは野宿するかしないかの瀬戸際だったからやむをえずチェックインしたのよ?

 市街地でしれっとチェックインしようとすんな!


「大丈夫。お代は俺が持つから」


「お金の問題じゃないのよ!?」


 私のバージン宿泊代と等価なの?

 援助交際でももっと出すでしょ?

 知らんけど!


「それにほら、私、今日はこんな格好だから。……着てるものがみっともないと恥ずかしいでしょ? それに今日の下着……ゴニョゴニョ」


 今日の服はおとなしめなカジュアルコーデ。フェミニンさはあるけど色気は抑えめだ。この格好で盛場に誘われるのはなんだか安っぽい女みたいで損な気分だ。

 それに今日履いてる下着、全然可愛くないスポーツブラとショーツだ。お披露目するのは恥ずかしい。


「大丈夫だよ。今の涼子のままで十分だ」


「普段の私を楽しもうとすんな!」


 着飾ってない女友達をひん剥いて恥ずかしがってるところが見たいの!?

 せめて一番可愛い下着つけてる時に誘ってよ……。いや、誘うなし! 私らそういう関係じゃないでしょ!? 去年結局友達関係に落ち着いたでしょ? それとも一線越える気になったの?


「そ、そっか、ごめん。それじゃあ場所を変えようか」


「そうして頂戴。さすがに心の準備ってあるし、段階も……」


「段階?」


 私達、ずっと友達なんだと思ってた。去年のアクシデントで一線越えかけたけど、結局今まで通りの関係に落ち着いたわよね?

 別に金吾が嫌ってわけじゃないんだけど、色々お互いの気持ちを話し合う段階がほしいのよ、私は。


「じゃ、じゃあさ、金吾の部屋はどう? そこなら……私もリラックスできそうだし」


 いきなりホテルだと絶対金吾は期待してスる流れになってしまう。

 その時私は覚悟を決められるだろうか。

 バージンを金吾に捧げる覚悟を……。


 さすがにその自信はない。金吾が初めての相手でよいのかと未だ不安はある。やっぱり落ち着いて気持ちを確かめ合わないとね。


「移動する時間がもどかしいんだよな」


「それくらい我慢しなさいよ!?」


 家まで電車で二十分くらいでしょ!?

 どんだけがっついてんのよ!?

 性欲モンスターか!

 いや、男子大学生なんて盛りのついた猿同然だけどね!

 金吾め、ポップス歌ってそうな顔してるくせに下半身はメタル系なの!?


「ごめん我慢できない。ずっと気持ちを抑えてたから」


「ずっと!? ずっとしたかったの!?」


 だから性欲モンスターか!

「ずっと」っていつから!?

 結愛と別れてから!?

 彼女と別れて寂しいのは分かるけど「身体が女体を欲してるんだ」じゃないわよ!

 自分の性欲くらいコントロールしなさい! もう二十歳でしょ!?


「わ、分かった。そこまでいうなら近場にしましょう」


 我慢できないのならあまり待たせるのは可哀想だ。ここは一度、バーみたいなところでクールダウンさせよう。


「近場、近場……。そうだ、この近くの公園にしよう!」


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 ど変態だーーーーー!!!!!


 性欲が爆発しそうだからって公園で済ませるやつがあるかぁぁ!! 人に見られたらどうするのよ!? 最悪捕まるわ!


「こ、公園なんて一番ダメに決まってるでしょ!? 他に人が来ちゃうじゃない!?」


「大丈夫。もう夜中だし、人が来ることはないよ」


 そういう問題!?

 静謐な夜の空気を楽しみながらしっぽりふけりたいの!?


「あ、でも突然人が現れたらびっくりするな」


「極限のスリル楽しもうとすんな! 人に見られたら恥ずかしいでしょ!?」


 びっくりどころじゃないわよ!?

 マジで逮捕されるわ!


「見られるのが嫌なら、樹木の陰でこっそりする?」


「だから極限のスリル楽しもうとすんな!」


 こいつの倫理観どうなってるの!?

「陰でこっそりしっぽりやれば平気」じゃないわよ!


「それに声聞かれたらどうするの!?」


「大丈夫だよ。声のボリュームは抑えれば」


 鬼畜!?

 喘ぎ声を必死に我慢する私を責めるとかどんだけSなの!?

「我慢しないと見られちゃうぞ?」じゃないわよ!


つうかあんたは! 私を試そうとするな!」


 もはややってることアダルトビデオ。

 処女喪失の痛みを必死に堪える私を楽しもうとするな!


「ていうか初めてがそんなところは嫌よ!」


 やっぱり結愛と交際が長いから一通りのことは試したのね。

 でも私はまだバージンだからそういうアブノーマル系はちょっと……。

 初めてはせめて綺麗な思い出にしたいわ……。


「もういいわ。これじゃあ埒が明かない。最初の予定通りホテルに行きましょ」


 ホテルできちんと気持ちを話し合って、彼と愛を育めると確信したらその時は……。


「その……分からないからリードしてよね」


「もちろんだよ。俺に任せて!」


「…………うん、金吾に任せる」


 あぁ……私は今日、卒業するんだ。

 なんやかんやあって今日までバージンのままだけど、卒業のお相手が金吾とはね。

 ぽやっとしてて時々何考えてるか分かんないけど、優しくしてくれるといいな。


「涼子、大丈夫? 熱でもある?」


「今更紳士ぶるな!」


 欲しいのはそういう優しさじゃないのよ!


 *


 その後、連れて行かれたのがちょっとラグジュアリーなシティホテルのバーだったので安堵するとともに肩を落とした涼子であった。


†――――――――――――――†

 最近、こちらのチャンネルにハマってます。

 https://www.youtube.com/@koichirumu


 新作小説公開しました!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668219472961

 主人公はなんと金吾の弟です!

 二人の幼馴染みにハサまれ、ギターも弾いたりするスピンオフ小説になっております!

 本作に登場したキャラクターも出演予定なのでお楽しみに!

†――――――――――――――†

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