第30話 目指すもの(1)

「りょ、涼子!? なぜここに!?」


 口角を吊り上げた笑顔は完璧な造形であった。ただ美しさだけを追求した作り物のよう。そんな笑顔を作るのは、その下の素顔を拡散とするためなのだとなぜか生存本能が警告していた。


「べ、つ、に? 藻屑町のこと調べてたら電車の運休と臨時バス運行のニュースが目に入ったなんてことなかったわ」


 いや、絶対それ見て来ただろ!


「えっと……涼子、もしかして怒ってる?」


「あら、怒ってるように見える? 長旅で疲れたあんたにこーんなに可愛らしい笑顔を振り撒いてるのに」


 お前そんなキャラじゃないだろ!?


「りょりょりょ涼子! 聞いてくれ! 決していかがわしい目的で先輩を連れ出したわけじゃないんだぞ!? これは歴としたバンド活動であってだな」


「はいはい、分かってるわよ。曲作りに行き詰まったからインスピレーションを探しに行ったのよね? 昔からやってるってこと、知ってるわよ」


 涼子は張り付けていた笑顔をふっと緩めてため息をついた。

 どうやら怒ったり責めたりといった気持ちはないらしい。脅かして揶揄ってるつもりなようだ。


「そ、そうそう! さすが涼子! 俺のこと分かってるな」


「だからって先輩と一緒の部屋に泊まるのは理解しかねるけどね」


「あ、いや……それは仕方なくだよ。取れた民宿が一部屋しか使えなくてだな……」


「やっぱり相部屋だったのね」


「あ、汚ねぇぞ! 鎌かけたな!?」


 隠し通すつもりだったのに! いや、やましいことはないので隠さなくてもいいのだが。むしろ隠す方が怪しい。


「それで涼子、なんでわざわざ迎えにきたんだよ。そんなこと確かめる暇あったら練習してろよ」


「バカねぇ、強制送還された犯人を確保する刑事みたいな真似するわけないでしょ?」


 誰が高跳びした犯罪者だ。


 涼子は視線を俺の背後に泳がすアイコンタクトを送ってきた。後ろを見ろと言っている。命じられるまま俺と先輩は振り返る。

 するとバス停の柱にもたれかかり、不敵な微笑みを浮かべる人物が。


「金吾、詩乃さん、聞いたよ。歌詞を作るために旅に出たって」


「空李さん!?」


 なぜかクールな顔で出番を待っていた。


「金吾、作詞に迷って旅なんてロックだね! でもそれなら私のこと誘ってくれればいいのに! 私も金吾の作詞旅行についていって新曲が生まれる瞬間に立ち会いたかったよお!」


 早くもいつもの調子に戻った空李さんはぴょこぴょこ跳ねて機会を逸した悔しさを表現している。


 だが話が食い違っているぞ。俺の作詞のために旅に出たと勘違いしてる。


 俺は先輩とアイコンタクトを取った。まだ先輩が作詞するのは内緒なので打ち明ける許可を取りたかった。

 先輩はこくんと頷き、口を開いた。


「空李ちゃん、誤解があります」


「誤解?」


「はい、作詞をしているのは私なんです」


「ほへっ!? 詩乃さんが作詞ってどういうこと!?」


 *


 場所は変わって駅近のファストフード店。


「それで、どうして詩乃さんがノノイの作詞をしてるの?」


 テーブル席で向かい合う空李さんがハラハラした怪訝顔で尋ねてきた。


「私は金吾に作詞をお願いしたんだよ? それなのにどうして?」


「黙っててすみません、空李さん。実は先輩たっての希望で作詞に挑戦してもらっていたんです」


「詩乃さん、作詞したかったの?」


「実は昔から趣味で詩を書いてまして……。今まで誰にも読ませたことないのですが、この機会に自分で書いたものを大勢に届けたいと思ったんです」


 先輩の瞳に光り輝く星が宿っていた。今まで部屋でひっそり詩を書いていた乙女が一人の作詞家に羽化した瞬間であった。


 その輝かしい瞬間に空李さんは


「詩乃さんの新しいことに挑戦したいって気持ち、よく分かるよ。だって、私もバンドをしたいって気持ちが胸の中にあったから」


「それでは――」


「でもごめんなさい! 私、どうしても金吾が作った楽曲がいいの!」


 空李さんは肩を縮めながらもまっすぐな瞳で先輩を見つめ返した。その瞳には先輩同様煌めく星が――意志という星が宿っていた。


†――――――――――――――†

 次回に続きます。

†――――――――――――――†

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