第20話 図書館はイチャイチャ禁止です!

 空李さんの家庭教師になると決めて迎えた土曜日。

 午前十時、俺は市立図書館のエントランスで空李さんを待っていた。


「金吾、おはよう! 待った?」


「いいえ、俺も今さっき着いたとこですよ」


 パタパタ、と駆け寄ってくる空李さん。

 今日の空李さんはヤンキースのキャップにオーバーサイズのパーカーというストリートスタイル。


 可愛い。すごく可愛い。パーカーが超ミニスカートみたいになってて視線が吸い寄せられちゃう。下にショートパンツとか履いてると分かっててもチラ見えしないか期待しちゃう。


 でも図書館だと浮いて見える。こんな格好してるひとは他にいない。

 それと……なんだろう、この子をライブハウスで見た記憶があるな。


「はっ!? あなたはもしや、ライブにいらしてた方ですか!?」


「今更!?」


 いけない。昔の記憶を刺激されて変なこと聞いちゃった。

 ふざけてる場合じゃないぞ。


「す、すみません! 昔の記憶がフラッシュバックをして……。とてもお似合いですよ」


「えへへ、ありがとう! 金吾とお勉強するから気合い入れてきたの!」


 空李さんはその場で一回転し、俺にくまなくファッションを見せてくれた。やっぱり可愛い。

 しかし意気込みは素晴らしいけど、気合い入れる場所が違う気がします。でも可愛いのでOKです。


「それでは中に入りましょうか」


「はーい!」


 エントランスから閲覧室へ進み、手頃な座席を確保する。


 閲覧室には勉強に勤しむ中高生の姿が目立つ。高校、大学の受験が大詰めを迎える時期なのでピリついた空気が漂っていた。

 レッスン場所に図書館を選んだのはこの空気感が刺激になると思ったからだ。


「それじゃあ、空李さん、見せて?」


「う、うん。金吾に見られるの……恥ずかしいな」


 隣に座った空李さんにお願いすると、彼女は顔を赤らめてモジモジした。


「大丈夫、見せて恥ずかしいものじゃありませんよ。恥ずかしくても最初だけです」


「分かった。わ、笑わないでね……」


 おずおずと空李さんは俺の求めに応じてくれた。


「ふーむ、なるほど……。これが空李さんの……」


「はわわ……見られてる。金吾に私のを見られてる……。恥ずかしいよぉ……」


 *


 その時、金吾の背後にいる学生達はペンを走らせる手を止めて聞き耳を立てていた。


(一体何を見せているんだ?)


(まさか、公共の場で露出プレイ!?)


(変態カップルがここにいるぞ!?)


 *


「なるほど、よく分かりました。空李さんのが」


 俺は空李さんの直近の模擬試験の成績表を見ながら呟いた。

 その瞬間、ズコーっと背後で何人かの学生がすっ転んでいる。

 どうしたんだろう?


「あうー……、やっぱり恥ずかしいなぁ……。私のことおバカって思った?」


「そんなことありません! むしろよく勉強してると思います。ただ、得意と苦手がはっきりしてるのが気になりますね」


「私、理科と国語が苦手で、共通試験の模試でお荷物になってるんだ……。二次試験も国語が足引っ張ってるの」


「逆に言えばそこが狙い目です。得意を補強するより、苦手を克服する方が効果が出るんです。九十点を百点にするのは難しいけど、四十点を七十点にするのは結構簡単なんです」


「それ、なんだか分かる!」


「理科の選択科目は生物基礎と化学基礎か。俺と同じ組み合わせだから教えられます。国語は俺の得意科目だからこれも任せて」


「えへへ、心強いなぁ」


 ほわほわと柔らかな微笑みを浮かべる空李さん。俺も力になれそうなので安堵している。


「それじゃあ、まずは前回の模試の解き直しからやってみましょう。問題用紙はありますよね?」


「うん、言われた通り持ってきた」


「じゃあ、生物基礎の大問一からやってみましょう」


「はーい。あ、そうだ、金吾。一つ、お願いしても良いかな?」


 空李さんはモジモジ指を絡ませながら打診してくる。

 お願いとは一体なんだろうか?


「えっとね、もし全問正解だったらご褒美が欲しいな?」


「ご、ご褒美? 良いけど何でしょう? お昼ご飯とか?」


 ご褒美と聞いて少し身構える。アルバイトはしているがそれほど裕福ではない。あまり高価なものだと応じかねる。

 だがそれは杞憂であった。


「そうじゃないの。いっぱい正解できたら『よくできました』って頭撫でてほしいの」


 ボキッ!


 目の前に座る男の子の手の中でシャーペンが折れた。

 どうしたのかな? 難しい問題でもあったのかな?

 気になるけど空李さんとの会話中だ。彼女に答えてあげないと。


「もちろん、それくらいはしてあげますよ」


「本当? 頑張るね!」


 気合い十分。空李さんは鼻息を荒くして問題を解き始めたのだった。


 *


 十分の制限時間の中で空李さんは解答を済ませた。いつになく鋭い眼差しから真剣さが伝わってきたのだった。

 解答を受け取り、俺は答え合わせをした。


「すごい……空李さん、満点です!」


「本当!? やった!」


 俺は素直に驚いた。一度解いた問題とはいえ苦手科目をこうもあっさり解くなんてさすがに予想外だ。


「そ、それじゃあ金吾。約束のやつ……ちょうだい?」


 空李さんはうるうるした瞳で上目遣いにお願いしてくる。

 そうだ。頑張った空李さんにはご褒美をあげないと。


「はい、それでは……。空李さん、よくできました。満点取るなんてすごいです」


 なでなで。


 俺は艶々な空李さんの髪の上から頭を撫でた。空李さんはくすぐったそうに身体をこわばらせつつ、蕩けるような笑顔でご満悦の様子だ。


「はわわ、幸せしゅぎりゅ……。勉強がこんなに楽しいなんて初めて……。受験生で良かった。こんな日々が永遠に続けば良いのに……」


「永遠に受験生するつもりですか?」


「金吾が先生ならずっと受験しゅりゅ〜。私、ずっと金吾に教えてもらうの〜」


 やっぱり空李さん、ちょっと変わった子だ。


 ボキボキボキィ!


 俺たちの周辺からペンが折れたみたいな音が無数に鳴り響く。それから何だかざわざわし始めた。


「(イチャついてんじゃねぇよ)」


「(受験じゃなくて受精してろ)」


「(落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ)」


 受験シーズン。図書館には受験生で溢れている。もしかすると空李さんが模試の過去問で満点を取ったため、ライバル達が焦りを感じているのかもしれない。


 日本の受験は戦争だ。


†――――――――――――†

 図書館ではお静かに。イチャイチャはもっと禁止です!


 次回は涼子と詩乃先輩も登場します!

†――――――――――――†

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