第13話 ジェームスの災難
剣を持った騎士達と、魔獣が睨み合っていた。
魔獣の方も警戒しているのか、双方今は動かずにお互いの様子を見ているようだ。
「あまり見ない魔獣だが…… 強いのか?」
ヘンリーが騎士に聞く。
「中級の上位レベルですね。結構難儀な相手です」
「警戒心があるってことはそれなりに知能もあるんだろうな」
エイドリアンが魔獣から目を逸らすことなく言う。
「ヘンリー! こんな時こそ炎じゃないかしら?」
ララが言う。
「ここにはほかに燃えるような物はないわよ!」
ララに言われてヘンリーが周りを見る。
確かにここは乾燥地域で植物もほとんどない、最悪丸太小屋が被害にあう程度だ。
「おお、そうだな!」
ヘンリーはそう言うといきなり手を前に出した。
「燃やしてやる!」
そう言った途端、魔獣達の体に生えている毛に火がついた。
きゅ?
一瞬不思議そうに声を上げた魔獣だったがすぐに慌てて叫び声を上げながら火を消そうと両手で全身をたたき始める
ぎゅぎゃぁぁぁ
セイラが前に出た。そして手を前に出してぐるりんと大きく回すと、風がおきて魔獣に向かって行く。
風にあおられた火は勢いづき、魔獣達は熱さで益々暴れ出す。
今度はエイドリアンとシークが前に出た。
魔獣は炎を消すことに集中していて、チャンスだった。
エイドリアンが先頭の魔獣に向け指さすと、そこにエネルギーが集まるように光った。次の瞬間、皆には魔獣に雷が落ちたように見えた。
”ぎやああ”という声を上げて魔獣が倒れる。
シークが手を上げると、一匹の魔獣の上空がキラキラと光り出す。そしてするどく尖った氷が魔獣に降り注ぎ、魔獣を貫いた。
「みんなすごい」
ララが感嘆の声を出す。
「私は、この一匹が限界です」
肩で息をしながらシークが言う。
「俺も、これ以上は無理だぞ」
ヘンリーも燃えて暴れている魔獣達を見ながら言った。
「俺はせいぜいあと2,3匹だ…… 隙をみて逃げるしかないな」
最後にエイドリアンが逃げることを提案する。
そこにジェームスが黒ずくめの男達を引き連れてやってきた。
「なんなんだ! お前ら!」
「畜生! もう来やがった!」
ヘンリーが吐き捨てるように言う。
「うわぁ、魔獣があんなにいます、ジェームス様!」
黒ずくめの男達も魔獣を見て怯んでいる。
「魔獣ぐらいで怯むな! ララだけ確保しろ! 他の者は放っておけ!」
ジェームスは男達を見て怒り、指示する。
それを聞いたララは魔獣の近くに立つエイドリアンの元に走った。
「あなたに捕まるぐらいなら魔獣に食べられる方がましだわ!」
ララはエイドリアンとヘンリーの陰に隠れるようにして叫ぶ。
「行け! ララを捕まえろ!」
ジェームスに指示され、黒ずくめの男達は顔を見合わせ、最終的に覚悟を決めたようだ。
「うおぉ!」と声を上げ、剣をかまえながらとびかかって来る。
クロード伯爵家の騎士達が、前に出て第一陣を迎え撃つ。
第二陣が間を抜けて来たので、エイドリアン、トム、シークが剣で止めた。
「ララ様! この場を離れましょう!」
セイラは魔獣の動きを気にしながらララに言う。
「ヘンリー殿下も逃げてください!」
ララを守るように魔獣側と対峙しているヘンリーにクロードが言う。
「逃げ出したいのはやまやまだけどな!」
そう言いながら襲い掛かろうとする魔獣の腕を剣で切り落とした。
「危ない、トム!」
ララが叫んだ。トムの真後ろに魔獣が迫っているのを見たのだ。
ララの声ではっとしたトムは魔獣を避けるため、黒ずくめの男と位置を入れ替わるように動く。
魔獣が声を上げながら襲ってきた。
「ぎゃぁぁお!」
「う、うわぁ!」
驚いて黒ずくめの男は魔獣の攻撃を何とか避けた。
そこからはもう何が何か分からない状況になった。
皆、魔獣に襲われているのか、敵と戦っているのか、考える余裕もなく、ただ生き残るために剣を振るっているという状態だ。
「くそお」
イライラしたジェームスも剣を握ると参戦してきた。
「下等な魔獣風情が、魔族の王の加護を受けている俺の邪魔をするとは!」
そう言い、魔獣に向かって斬りこんでいく。
そして一匹の魔獣を切り倒した後、振り返ってララとヘンリーの方を見た。
ララとヘンリー達はジェームスの姿を見てぞっとする。
鬼のような形相とはこういう顔なのだろう、ジェームスの目は血走り別人のように険しい顔つきになっている。
「どいつもこいつも俺の思う通りに動かない!」
ジェームスはそう叫ぶといきなり剣をかまえてヘンリーの元に走った。
「お前は一番邪魔なんだよ!」
叫びながらジェームスはヘンリーに勢いよく剣を振り下ろした。
「きゃぁぁぁ!」
ララが悲鳴をあげると、皆がララの方を見る。
気が付けばヘンリーは土の上に転がっていて痛そうな表情で唸る。
「うっ…… ?」
すぐにヘンリーは自分がどこも切られていないことに気付き、何が起きたのか確認するために元居た場所を見た。
「クロード伯爵!?」
そこには肩のあたりから血を流しているクロードが立っていた。
クロードがジェームスが剣を振り下ろす寸前にヘンリーを押して庇い、自分が代わりに斬られたのだ。
ほんの何秒間か、ジェームスに剣を向けて立っていたクロードだったが、斬られた痛みに耐えられず、剣を落として膝をつく。
「クロード!」
慌ててヘンリーとララがクロードの元に走り寄った。
セイラは3人とジェームスの間に立ち、3人を守るようにジェームスに剣を向ける。
「私は、だ、大丈夫です。殿下…… それより殿下は?」
「ばかやろう、俺の心配している場合か!」
ヘンリーは心配のあまり怒鳴る。
伯爵家の騎士達も傍に走り寄って来た。
「クロード様!」
「っつくそお、じゃましやがって!!」
ジェームスの怒りは頂点に達しているようだ。
「ジェ、ジェームスの体から黒いモヤが!」
ララが驚いたように声を上げる。ジェームスの胸の辺りから禍々しい黒いモヤのようなものが出てきているのが、ララの目には見えた。
「お前ら、全員、殺してやる。皆、邪魔しやがって、全員死ねばいいんだ」
ジェームスはぶつぶつと言いながら、剣をかまえる。
ヘンリーとセイラが慌ててララとクロードを庇うように立って剣をかまえ、他の騎士達も二人を護る為に取り囲むようにして剣をかまえる。
エイドリアン達も敵を倒しつつ、ララ達の方に向かった。
「ヘンリーもララも邪魔なんだよ、俺の邪魔しかしない奴は皆、殺してやる、全員殺してやるんだ」
ヘンリーから嫌な匂いのする風が吹いて来る。腐ったような匂いだ。
セイラが匂いに顔を歪め、すぐに風をおこしてヘンリーから流れて来る匂いを風で向こう側に流し返した。
セイラが起こした風にのってヘンリーから発せられる嫌な匂いが魔獣達の方に漂い魔獣達を刺激した。魔獣達は鼻をひくひくさせはじめる。
「ちっ、下賤な女の風使いのくせに」
ジェームスがセイラを一瞥する。
それからジェームスはまた興奮した様子で剣を振り上げた。
「みんな俺が殺してや……!!」
突然ジェームスの体が宙に浮いた。
「な、なんだ!?」
ジェームスはいつの間にか傍に来ていた大きな体の魔獣に体を掴まれ持ち上げられたのだ。
ジェームスが驚いて周りをキョロキョロしながら逃れようと動く。
「は、放せ、この無礼者めが!」
「ジェームス様!」
驚いた黒ずくめの男達がジェームスを助けようと魔獣の前に並ぶ。
「こいつ、ジェームス様を放せ!」
「うわぁぁぁ」
魔獣がジェームスを掴む手に力を込めたようで、ジェームスが苦しそうに声を上げる。
「こいつ!」
黒ずくめの男達がジェームスを救おうと魔獣に斬りかかるが、魔獣はそれをよけ、ジェームスを上に高く放り投げた。
「う、うわあ」
ジェームスが声を上げる。
魔獣は、またそれをキャッチし、黒ずくめの男達の前に見せるような仕草をした。
「あ、遊んでやがる……」
ヘンリーが顔を歪めて言う。
見ていられないと顔を背けたララの腕を誰かが掴んだ。
ララは驚いて体をビクンとさせたが、すぐに掴んだ相手がエイドリアンだと気付いた。
「今のうちに行こう、馬がある」
ララ達一行は全員、エイドリアンの後について動いた。
気付かれないよう注意しながらその場を足早に離脱する。
幸い、ジェームスの匂いのせいか分からないが、魔獣達は皆ジェームスに注目しているし、黒ずくめの男達はジェームスを助けようと必死で、誰もララ達の動きには気が付いてなかった。
すぐ近くにエイドリアン達が乗って来た馬がいた。ヘンリーの馬も連れて来ていたので、馬は5頭だ。
クロード伯爵と騎士5人が増えているので、二人乗りしても全員乗れないと一瞬心配したが、丸太小屋の横に駐在者用の馬が3頭繋がれていたので、なんとか全員馬に乗ることが出来た。
ララはいつも通りエイドリアンの馬にのせてもらい、怪我をしたクロードは騎士のひとりが一緒の馬に乗せた。
そして余った騎士の一人はセイラと相乗りし、もう一人は騎士通しで相乗りをした。
「放せ! 放さないか! うわぁぁ、放せ!!」
ジェームスの悲壮な叫び声が響く中、ララ達は8頭の馬でその場から慌てて離脱した。
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