第11話 黒ずくめの男達
黒ずくめの男がふたり、ヘンリーに向かって襲い掛かるのを見て護衛騎士が叫んだ。
「殿下! 逃げてください!」
「ちっ!」
ヘンリーは慌てて利き手で自分の剣の鞘を握りしめて、襲ってきた男が振り落ろす剣をはじき、利き手ではない手で持つ剣をもう一人の男に向けてつき刺す。
護衛騎士は素早く自分の目前に居る黒ずくめの男を斬って蹴り倒した後、ヘンリーの構える剣の鞘に剣を当てている男を斬り倒した。
「はあ、はあ、はあ」
なんとか3人の黒ずくめの男を倒し終わると、ヘンリーは肩で息をして剣の鞘から手を離し、剣を杖のように床に突き立てる。
護衛騎士は息を切らせているが、剣は構えたまま、警戒を続けた。
「殿下!」
騎士が一人、ヘンリーと護衛騎士の元に走って来た。
「侵入者はあらかた片付けました! もう新手の侵入は無いようです!」
その男は叫ぶように報告した。彼もかなり息が上がっている。
報告を受け、ヘンリーは少しほっとし、緊張を解いて倒れている黒ずくめの男達を眺める。
「こいつら、多分、サルドバルドの奴らだな。全く……従妹殿には忠告したと言うのに全く制する事が出来ていないらしい」
「そのようですね」
護衛騎士が息を切らせながらヘンリーの言葉に同意した。
「っつたく、一体サルドバルドで何が起きているんだ……」
「!」
突然、物陰から黒ずくめの男がひとり飛び出して来た。
最後にひとり残っていたようだ。すぐに護衛騎士が反応して、ヘンリーに襲い掛かろうとする男を斬る。
「うぐっ」
黒ずくめの男がうなり声をあげて倒れた。
もう大丈夫と油断していて動けなかったヘンリーは、冷や汗をかきながら黒ずくめの男が絶命するのを見つめた。
ヘンリーはもう息の無い男を見てホッとため息をつきながら言う。
「サルドバルトの状況についての情報を集めて報告しろ!」
「はっ!」
傍に集まって来ていた騎士達が声を揃えて返事をした。
~~*~~
ドルト共和国は女神アテラミカというユーランド大陸全土で信仰されている太陽神を祀り、信仰によって国を運営する宗教国家だ。
そして、国民は全員、アテラミカの使いとして認定された聖職者だった。
ドルトには、ユーランド大陸全土から、信仰によって世界を幸せにしたいと願う人達か聖職者になる為にこのドルトにやってくる。
しかし、特別な例外を除き、精霊力がレベル4以上でなければこの国に籍を置くことは許されない。精霊力が低い者は聖職者にはなれないのだ。
ちなみに、ユーランド大陸で聖職者を名乗れるのはドルト共和国に籍があって公式に認定されている者だけだ。
もしそれ以外の者が聖職者を名乗った場合、詐欺罪が適応され逮捕される事になる。
精霊力は、洗礼の儀式によって解放され、測られる。
レベルは7段階あり、60%の人がレベル3以下で、そのレベルだとほぼ精霊力を使って何かをすることは出来ない。
レベル4の人は全体の30%と言われており、少し精霊力を使えると言える。
レベル5の人は全体の6%で、このレベルになると精霊力を仕事に使えるエリートと言える。セイラやエイドリアンがこのレベルで、聖女や大司教にもなれる可能性もある。
レベル6の人は全体の3.999%程度で文句なしに大司教や枢機卿や聖女になれる。このレベルになると何かと優遇され、貴族並の暮らしが出来る。
そしてレベル7、ここに該当する人ほ、ほぼゼロと言って良い。該当者が存在しない時代もある。大聖女ミラや現在の教皇がこのレベルだ。
この国の住人達は、女神アテラミカの贈り物とされる精霊力を高める訓練や、精霊石の使い方を研究をしたり、学問を極めたりと、自分達が極めたいと思う事を研究して過ごしている者が大半だ。
やりたい事はそれぞれ違っていても、彼らの最終目的は共通している。
全世界の人々が幸せになれるように導く事、それだけだ。
ドルト共和国で、最も人々に期待されている分野は医療だ。
ドルトには大きな病院の様な医療機関があり、精霊力を使った治療が行われていて、その治療を受ける為、毎日大陸から多くの人がやって来る。
普通なら諦めなければならない病気やケガも、高位聖職者の力によって治してもらえるかもしれないと、すがる思いでやって来るのだ。
サルドバルドの公爵家出身のロバート=フィックスも医療と学問に興味を持ってドルトに来た者の一人だった。
学問を極めたかった彼は、洗礼を受けた後、後学のために勉強がしたいと両親を説得して、ドルトの教育期間に入学した。
不幸にも在学中に両親が事故で他界した事で、彼の足はサルドバルドから遠のき、そのままサルドバルドに帰る事なくドルトに留まり、結果的にドルトに籍を置いて聖職者となった。
元々精霊力が強かった彼は、ここで長く学んで精進を続けているうちに、気が付けば枢機卿の地位にまで上りつめていたのだった。
最近、サルドバルドで彼に影響する出来事が続いている。
その為、彼は近々一度サルドバルドに戻る必要があると考えていた。
長い間サルドバルドの重鎮とされていた祖父のアーノルド公爵が他界した事に伴い、自分が公爵位を受け継ぎ、同時に帝位継承権が第2位になった事を知ったのはついこないだの話だった。
それで、公爵位を腹違いの弟に譲る手続きをしなければと思っていた矢先、今度は皇帝が崩御されて、皇女が帝位に就くことで自分の帝位継承権が第1位に上がるという事を聞かされたのだ。
フィックス枢機卿は、公爵位を継ぐ気も、帝位につく気もないので、まとめて全ての継承権を放棄をする手続きを行う為、3か月の喪が明ける頃にサルドバルドに一時的に戻るつもりでいた。
フィックス枢機卿は、そろそろサルドバルドに行く為の準備もしなければいけない……
そんな事を事を考えながら神殿の長い廊下を歩いていた。
「こんにちは」
出会う人出会う人、彼に頭を下げて挨拶をする。フィックス枢機卿は自分に挨拶をしてくれる人ひとりひとりに、人懐っこさを感じる明るい笑顔で「こんにちは」と応える。
彼は人柄が良く、皆から慕われていた。
また、彼は若者に数学と医学を教える教師もしており、彼の講義は分かりやすいと人気で、教室はいつも沢山の若い受講者で埋まった。
今日の授業を終え、フィックス枢機卿は教育棟から神殿の執務室に戻る為、近道をしようと廊下から庭に出た。
人があまり通らない、木が立ち並んで影の多い通路に入った時、フィックスは突然殺気を感じる。
――!
突然、黒ずくめの男達が、フィックスに襲い掛かって来た。
事前に殺気を感じ取っていたフィックスはさっと、男達をかわす。
「何者ですか!?」
フィックスが叫ぶが、相手は答えることなく続けて襲い掛かって来た。
フィックスは剣を持って襲い来る黒づくめの男の1人の腕を掴み、蹴りを入れうまく剣を奪い取る。それから黒づくめの男達の方を向いて剣をかまえた。
「舐めないで下さい、これでも騎士としての訓練はずっと受けていたんですからね」
黒ずくめの男達は、剣を持ったフィックスに警戒しながら近づく。
男達を見てフィックスは、ある事に気が付き、不思議そうな顔をする。
「随分と瘴気を感じますが……魔石でも持っているのですか?」
フィックスの言葉に、黒ずくめの男達は少し顔を見合わせる。
フィックスが、目を細め苦い顔をする。
「なんて事だ、瘴気の元は君たちの体の中にあるようだな……望むなら、浄化させてあげるが?」
フィックスは、剣を構えたままで言う。
しかし、フィックスの親切心は男達には届かなかったようで、男達がフフィックスに襲いかかってきた。
「仕方ない」
フィックスはそう言うと、剣を捨て腕を前に出して掌を男達に向ける。
「浄化」
フィックスが小さな声でそう言うと、フィックスの掌から光が広がる。
光が男達を包むと男達の動きが止まり,胸の辺りに手をやって苦しみ始めた。
「ぐわぁ? あああっ!?」
しばらく苦しんだ後、男達は皆倒れ、動かなくなった。
それを見て、フィックスは腕を下ろしてため息を着く。
「やはり4人とも死んでしまいましたか…… 本人の協力なく魔だけを上手く取り除くのは難しいんですよ。貴方がたは長く魔を取り込み過ぎていた。申し訳なかったが私の力では救えないレベルだったのです」
フィックスは、そう言い祈るように、額に手を当てて目を瞑る。
それから、目を開ける。
「まあ、でも、自業自得でしたね。反省して、来世では正しい道を生きてくださいね…… はあ、死体を片付けないと…… ふう、誰に手伝ってもらいましょうかね」
フィックスは、死体を前にうんざりした顔になって呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます