第12話 急襲 黒いモヤ?
馬車の中で、うつらうつらしていたララだが、目が覚めて外を見た。
月が高く昇っているが、半分以上雲がかかっていて明るくない。
前の席を見るとアンナが眠っていた。
そして、アンナの膝の上にアーロンの頭が乗っていた。
アーロンの顔色は少しだけ良くなっているようだ。
アーロンの上で命を繋いでくれているチョビとユニのおかげだろう。
ララが横に視線を移すと、隣に座っているリタの寝顔も見えた。
馬車は休まずにずっと走り続けていた。
ララは、みんな疲れているのではないかと心配になり、もう一度外の様子を見た。
ララの視界にエイドリアンの姿が入る。
エイドリアンは疲れた様子もなく、変わらず美しい姿勢で馬に乗っていた。
ララはため息をついてエイドリアンから視線を外し、曇がかかっていてほとんど見えない月を見上げてから、流れていく木々を見つめた。
そうやって、ぼんやりと窓の外から景色を見ていると、茂みの中で何かが光ったのが見えた。
なんだろう?と、一瞬考えた後、直観的にハッとする。
「敵よ!」
ララが叫んだ。
皆がハッとして周りを警戒する。
眠たさでぼんやりしていた騎士達の目もララの声で完全に覚めた。
気付かれた事を悟った黒ずくめの男達が、わぁっと一斉に襲いかかって来た。前方を塞がれ馬達の足が止まると、こちら側の騎士も何人かが馬から飛び降り、勇敢に敵を迎え撃つ。
森の中に剣と剣が交わる金属音が激しく響いた。
連続する金属音と共に、男達の鼓舞するような声や、呻き声などがあちらこちらで聞こえて来て騒がしい中、ララが馬車の窓を開けた。
そしてララはチョビの方を見る。
「チョビ! お願い!」
”……ったく、仕方ないなぁ!”
文句を言いながらもチョビはアーロンから離れて浮き上がる。
そしてララの方にふわふわと浮いて行った。
「お願い、皆を助けてあげてね」
そう言い、ララがチョビの頭を撫ぜると、チョビはちょっと嬉しそうな顔をしてから、すっと窓から外に飛び出た。
チョビは円を描くように騎士たちのあいだをぬうように飛び、黒ずくめの男達に向かって口から炎を吐いた。
「う、うわぁ」
黒ずくめの男達が、驚いて怯む。
”ふふん、普通のヒトの子の分際で、神に愛されし大聖女の娘を襲うなんて、身の程知らずだぞ”
そう言うとチョビは体をひと回りだけ大きくした。
黒ずくめの男たちはチョビの方に剣を向けるが腰は完全に引けている。
チョビは、セイラの肩の上にフワッと移動した。
セイラがチョビを見る。
”風使いのお姉さん、われの炎を風で飛ばすが良いぞ”
そう言うと、炎を吐いた。
セイラは片手を上にあげ、風をおこす。
ごおおぉぉぉぉ
炎が勢いよく渦を巻いて、黒ずくめの男たちの方へ向かっていった。
「ひっ、ひい」
男達は剣を捨て、自分の服に着いた火を消そうと必死になる。
チョビとセイラはまるで火炎放射器でも放つかのように、四方に居る敵に向かって炎を向けた。
それでも半数程の黒ずくめの男達は怯まず、身体に火がつこうが狂ったように声を上げながら向かってくる。
エイドリアンやジュード、そしてトムとエルドランドの騎士たちが、そんな男達を馬車に向かわぬように切り倒していく。
「何なんだ、こいつら」
身体が燃えているのに向かって来る敵を見て、ジュードが気味が悪いと言う様に呟く。
火が着いても怯まず襲ってくる者達をほとんど片付け、残りは、身体に着いた炎を必死に消そうとしてる者達や怯えている者達だけになる。
「あ、熱い、た、たすけて」
火が体についた男達は転がり、仲間達が男の身体を叩いて火を消そうと必死だ。
「チョビ! もういいわ、火を消してあげて! そして、騎士たちは彼らを捕まえなさい!」
馬車の中から戦況を見ていたララが指示を出した。
~~*~~
「一体、誰の指示だ!」
エルドランドの騎士団長のゴルバスが拘束した黒づくめの男の1人に剣を向け威嚇しながら質問する。
「……」
男達は、ゴルバスや騎士達を睨み、いっこうに口を割りそうになかった。
ララは気になって馬車から降りた。
傍にふわふわ飛んできたチョビを腕に抱くと、チョビを撫ぜながら尋問の様子を見た。
馬車の中からは、アンナとリタが不安そうな顔で様子を覗いている。
「お前たちは、一体誰を狙ったんだ?」
そう質問したのはエイドリアンだった。
ゴンバスに剣を向けられている男がぷいっと顔を背ける。質問には答えないと言う意思表示だろう。
エイドリアンは、自分の剣を腰から抜く。
「すまないが、ララを馬車に」
「え?」
エイドリアンの言葉にララが驚く。
「ここからは、陛下の目には毒ですので」
エイドリアンは男の瞳の近くに剣の先を向けながら言う。
「ひっ」
男が小さく悲鳴を上げた。
「お前、何も言わなくていいぞ、嫌、言わなくて良いようにしてやろう」
エイドリアンは男を見て言う。
黒ずくめの男はエイドリアンを見て怯えた顔になった。
「ララ様、早く馬車にお戻りください」
エイドリアンがララに言う。
「な、何をするつもりですか?」
ララが不安そうに聞く。
エイドリアンは、捕まえた数人の黒ずくめの男達を眺めながら答える。
「陛下が……気になさる事ではありません」
「まさか、殺したりしない?」
「……幸い、何人か居ますので……問題ないかと」
エイドリアンが冷たい声でそう言うと、黒ずくめの男達は震え出した。
ララは黙ってエイドリアンの顔を見つめた後、ふっと視線を外す。
「いいわ、声はあげさせないでね」
そう言いながら、ララはチョビを抱いたままくるりと身を翻した。
「ま、まって!」
声を上げたのは黒ずくめの男達だ。
「ララ皇女を、ララ皇女を狙った!マルタン公爵の命令でだ!」
彼らは皆、一斉に口を開き出した。
「今日この時間、ララ皇女と、コタールのヘンリー王子、そしてドルト共和国のフィックス枢機卿を同時に襲う命令を受けた!」
「なんですって!」
男達の告白を聞いて、ララが悲鳴に似た声を上げる。
「お前たち、枢機卿を狙ったのか? ありえないぞ、なんて罰当たりなやつらだ!」
そしてトムが青くなって言う。トムは信仰心が強いようだ。
「3人同時に死ねば、どんな順で死んだか誤魔化せて、帝位に公爵がつくことになる……から……」
男の言葉を聞き、呆れると同時に怒りが込み上げて来る。
狂っている!
そんなにしてまで、帝位に着きたいの!?
ララは悔しくなって心の中で叫ぶ。
エイドリアンがララの肩に触れた。
「大丈夫だ、ヘンリーの奴はそんな簡単にくたばらない。多分返り討ちにしているはずだ」
ミドルバもララの方を向いて言う。
「フィックス枢機卿も多分大丈夫です。彼の剣は私が師事したのですが、かなり戦闘能力は高い。それに枢機卿になれるほどの精霊力の持ち主ですからね……」
2人の言葉を聞き、ララは深呼吸して、自分を落ち着かせるように胸に抱くチョビを撫ぜた。
「何故、このような無謀なことを?」
ララは出来るだけ感情を抑えた声で聞く。
この質問に、男達は顔を見合わせた。
そしてひとりの男が膝を折って言う。
「我々は、元々は近衛の騎士です。しかし、マルタン皇子が公爵に封じられた時、下賜される形で公爵家の家来となりました。なので、今ここに居る者は皆、長く公爵家で務めている者ばかりです……」
「つまり、公爵に忠誠を誓っているからと、そう言うわけか?」
ジュードが蔑むような口調で言う。
「……公爵閣下は、自分から魅了の能力を持っている事を打ち明けてくださいました。その上で、もしそれが気になるのならば、去って良いと言われました。近衛に戻れるように手配するからと。そんな閣下に感銘を受け、我々は残りました」
ララは、騎士の話を聞きながら、自分も無垢に叔父を信じていた時があったという事を思い出した。それもほんの少し前まで。
ああ……この人たちは、わたしと同じね
ララはそう思った。
「いつしか、我々の目標は、閣下をいつか帝位につけること……と、そう思うようになっていました。そして、その為には何でも出来る、そう思うようになったのです」
ララ達は黙って話を聞く。
「……でも、こうしてララ様と話していると、何故ここまでの気持ちを持っていたのか…… 分からなくなります。さっきまで必死だったあの感情が…… 今は、全く湧き出てこない」
エイドリアンが溜息を着く。
「ララの潜在能力が高いせいだろうな。ここ1ヶ月でララの力が上がっている。洗礼も受けてないのに変化があるのは、聖獣のおかげかもしれない」
エイドリアンの言葉を聞き、黒ずくめの男達はララを見つめた。
ララに、抱かれているチョビは、褒められた気分になったのか、どや顔で嬉しそうに尻尾を振っている。
「実は…… 明確に意識が変わった瞬間があるのです」
ひとりの男が言った。
皆がその男の方を見る。
「私の記憶では、2度」
「どういう事ですか?」
ララが尋ねる。
「1度目は、先々王が亡くなる前後」
「おじい様の?」
「あ、はい。私が見習いから正騎士に上がってすぐだったので気のせいかとも思ったのですが、公爵様と公爵令息の力が増したように感じました。そして、2度目は皇后ミラ様がお亡くなりになる前後です」
男の話を聞いてララ達は首傾げる。
ドルトで修行する高位の聖職者でもない限り、洗礼後にそんな風に精霊力が上がるなんて話は聞いた事がないからだ。
”精霊力については、ユニが詳しいよ”
チョビが突然そう言った。
「そうなの?」
ララは胸に抱くチョビを見下ろすように見る。
”ユニは、神経質なやつだからさ、ちょ~っと待ってて”
神経質なやつだから?
言っている意味はイマイチ分からなかったが、チョビはフワッと浮いてララから離れて馬車の中に入っていった。
そして少しして代わりにユニが宙を蹴って走って来る。
しかし突然、ユニは、うっ、と言う小さな声を上げ、隠れるようにララの背中にまわる。
”なんなのだ、この
ユニの言葉の念が皆の頭の中に響いた。
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