第6話 トップシークレット
気温が下がり、寒くなったのでセイラが火をおこした。
周りの空気がじんわり暖かくなってくる。
馬車からアンナが降りてきた。
「ララ様は?」
リタの問いかけにアンナは「よく眠っているわ」と答える。
「馬車の中を暖めるよう精霊石を置いたので、きっと朝まで起きないわ」
そう言いながら、火を囲むように座る。
離れた場所でも火をおこしていて、見張り担当の男があくびをしたのが見えた。
「まあ、怪しいとは思っていたさ」
手に掴んだ小枝を火の中に軽く投げ入れ、セイラが言う。
「ええ、私も不穏な動きをしていると気づいていました。でもまさか……ララ様を利用して陛下を暗殺しようとするなんて……そこまでするとは思いませんでした」
アンナは少し怒っているような顔で言う。
リタはその横で顔を青くしていた。
アンナから聞かされた話は衝撃的だった。
あの日、皇帝が倒れたのは過労などではなく、毒のせいだったと言うのだ。
幸いすぐに気付き、回復術を使える者の手で素早く毒抜きを行った為、事なきを得たが、少しでも処置が遅れていれば危険な状況だったのだ。
そしてそれを陛下がトップシークレットとして、完全に隠したのには理由があった。
毒は、ララ達が運んだあのはちみつ紅茶に仕込まれていたからだ。
もし一瞬でも皇帝の対応が遅れていたら、ララやアンナは危機的な状況に陥っていただろう。
もしかしたら敵は皇帝と皇女の仲たがいも狙ったのかもしれないが、皇帝はララやアンナを微塵も疑う事もなく、即座にララやアンナを守るための対策を打ったのだ。
「わ、私が迂闊だったのです。あのお茶を準備したのは私でしたから」
リタがお茶を準備した時の事を思い出し、涙目で震えながら言った。
「リタのせいではないわ」
アンナはリタを見て優しく言う。
「我々が気を付けていても、毒を仕込む事なんて、敵には簡単な事なのよ」
アンナはリタを落ちつかせようと、リタの手を優しく自分の手で覆う。
「リタ、そんなんでは皇女に気付かれてしまう。何もなかったように振る舞わないと……皇女を守ろうとする陛下の意志が無駄になるぞ」
セイラが少し厳しめに言う。
「は、はい……でも、悔しい!」
リタが悔しさに涙を流す。
「陛下へのララ様の愛情を利用して、薬を盛るなんて!」
「まったくだ。卑怯な奴らめ」
セイラも怒っている。
「とにかく、いつ敵がララ様に濡れ衣を着せて排除しようとするか分からない。なにより、もしララ様が自分の持って行った飲み物に毒が入っていたと言う事実を知ったら……だから、私たちは絶対に気付かれないようにするのよ。そして陛下のご命令通り、サルドバルドが安全になるまでララ様にはエルドランドに留まって頂き、私達でお守りしましょう」
アンナの顔は真剣だ。セイラとリタは大きく頷いた。
「今回のことで、家族に会う時間もとれず、エルドランドからいつ戻れるか分からない状況になってしまって……ごめんなさい」
アンナは小さな声で言う。
「大丈夫、家族は分かってくれる。皇女の護衛騎士に選ばれてから、私にとってはララ様も大事な家族だからな。……信頼してもらえて光栄だよ」
セイラは微笑みながら言った。
「私も同じです。それに私は子爵家の妾の娘。家族はいないも同然。なので何の問題もありません。それより伯爵令嬢のアンナさんのほうが…」
リタは、逆にアンナの事を、気遣う。
「私は大丈夫。父と母はいつも一緒に世界中を飛び回っていて留守が多いし、世界中を飛び回っているという事は、どこにいても会いに来てくださる人たちだから」
アンナはそう言うと、少しほほを緩めた。
~~*~~
「この川を渡ればエルドランドですよ」
窓から顔を出すララに騎士のひとりが笑顔で伝えた。
「そうなの?ここが国境なのね!」
「川を渡る前に、食事をとりましょう。馬を休ませてください」
アンナがそう言うと、皆頷いた。
ララが騎士にサポートされて馬車を降りる。そして思いっきり体を伸ばした。
「後どのぐらいで着くのかしら?」
ララは笑顔で傍にいる護衛騎士に聞く。
「王都までは、あと一日かかりますね。お疲れでしょうが、もう一泊ご辛抱ください」
騎士団の団長を勤めるジュードがララに笑顔で言う。
「精霊石のおかげで快適だもの、大丈夫よ」
ララも笑顔で応えた。
~~*~~
食事の後、アンナ、セイラ、リタの3人は、川と反対の方向を向いて立ってぼーっとしていた。
暫くして、その姿を見たララが声をかける。
「どうしたの、3人とも」
3人はララの声でララの方を振り向く。
「そろそろ出発みたいよ」
ララはそう言い、出発の準備をしている騎士たちの方を見た。
「さあ、行きましょう、エルドランド王国へ!」
ララがそう言うと、3人は顔を見合わせ、そして明るい笑顔になる。
「はい、ララ様!」
3人は元気よく返事をした。
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